決勝
イングランド vs ドイツ
マクラーレン540C vs ポルシェ911GTS因縁の決戦?
この地におけるこの両国の戦いといえば、イングランドが当時の西ドイツを地元で迎え撃ち、延長の末に降したサッカーワールドカップの1966年大会と同じシチュエーションだ。
今回は16のスポーツカー産出国の頂点を決めるべく、2台の代表がイングランドの道で火花を散らす。
この舞台に、この2ヶ国が進出したのはある意味で正しい結果だといえるが、それを導いたのはそれぞれ異なるアプローチだった。
ドイツはアウディやBMW、メルセデス・ベンツといった本流のプレミアムブランドがここまで勝ち抜き、大将はポルシェが務める。
対するイングランドは、ケータハム、ロータス、アストン マーティンといったスポーツカーのスペシャリストたちが戦い続け、マクラーレンが最後のステージに上がったが、いずれもドイツのメーカーに比べればはるかに小規模のブランドばかりだ。
決勝は2台で争われるが、われわれの基準に照らせば、540Cと911GTSはどちらも最高のスポーツカーに違いない。もう少し待てば、より強力な911GT3をこの場に連れだせたかもしれない。
となれば、570Sをぶつけるべきだと思うだろう。しかし、現実的な状況下での両者の速さは、そう言っても信じてもらえないであろうほど変わらない。
しかも、車両価格こそ価格上限にギリギリ収まる570Sだが、購入金額はまず間違いなく£150,000(2,121万円)に設定したリミットをオーバーする。それゆえ、相手が変わっても、イングランド代表は540Cのままとしたに違いない。
そう、車種別の対戦というスタイルは取るものの、本質的には国別対抗である。われわれは、最も優れたスポーツカーを産出する国がどこであるのかを知ることが最終目的であり、どのクルマがベストであるかは、この際、問題ではないのだ。
540C、軽視されがちだが「美味しい」モデル
マクラーレンに並外れたデバイスであることを求めるひとびとからは、540Cは軽視されがちだ。登場した当時、マクラーレンは先行き不透明で、今ほどの地位を確立していなかった。
これは911ターボに対抗すべく設計されたモデルで、上位モデルと同等のメカニズムを用いながら、購入価格は570Sを£20,000(283万円)ほど下回る。
造り手にしてみれば利幅の小さいモデルで、それゆえに高性能版やスパイダーなどのバリエーションは用意されなかった。今後も登場する見込みは薄い。
要は、540Cはバーゲン価格のモデルなのだ。上位の570Sとの最大の違いは30ps低い馬力だが、それを体感できるのはトップエンドまで回し切った時くらいだ。それとて、2台を並べて乗り比べる機会でもなければ、その差をハッキリと指摘することはできないだろう。
もちろん、われわれはまさにそういう試乗を行ったが、30psの差はなかなか興味深いものがある。500ps台半ばのクルマであっても、その違いは間違いなく感じ取れた。
ただし、しょっちゅうレッドゾーンまで回すような乗り方をするのでなければ、つまり、現実的な走りをしている限り、540Cで不満はないという結論に行き着いたのもまた事実だ。
そして、911GTSに対しては90ps近いアドバンテージがあり、カテゴリー違いのパフォーマンスをみせる。たとえば0-100km/h加速は、MTを積む今回の911GTSでは4.1秒だが、パドルシフト付のPDK仕様なら3.7秒と、540Cの3.5秒に近い数字を謳う。
しかし実際のところは、540Cの方がはるかに速く感じられる。
感情をゆさぶるのはどっち?
ターボラグは911より大きいが、低いギアでスロットルペダルを踏み込めば、平常心を失うほど猛烈な加速が味わえる。
それこそ、図抜けて速いといわれるクルマに共通する特徴だ。911も速いが、そういうフィーリングは持ちあわせていない。
ただし、それはエモーショナルな問題で、客観的に速さを論じる際には必ずしも必要な要素ではない。気の確かなドライバーがこの2台で走っている限り、GTSは540Cに大きく引き離されることはないのだ。
サーキットでの全開走行ならば、このマクラーレンはポルシェの追随を許さないだろうが、荒野を縫って続く公道では、どちらも余力を残した走りしかできない。マクラーレンの方がポテンシャルは大きいが、それを示す機会はなかった。
2気筒多いマクラーレンのエンジンの主観的な優位性も、ここでは感じ取れない。その点で勝っているのは、エンジンがどんな速度域でもよりよいサウンドを発し、2ペダルだけでなく3ペダルも選択できるポルシェの方だ。
やはり、マニュアルの楽しさは大きい。マクラーレンの変速はアップでもダウンでも実に速く、途切れることのない疾走感をもたらしてくれる。しかし、左足と左手を使ってのシフトチェンジは、運転をより楽しむには欠かせない工程だ。
しかも、このポルシェより操作感のいいシフトレバーは、そうそう見つかるものではない。スポーツカーやピュアなドライビングマシンにとって、これは重要な要素だ。
掌にスポーツカーを感じさせるのはシフトレバーだけではない。
スポーツカーに必要な「華」はある?
911は格別で、とりわけこのGTSの最軽量スペックはそれがより引き立っている。
ステアリングは極めてシャープで、ダンピングも非の打ち所がない。自信をもってクイックにドライビングできる速いクルマが欲しいのであれば、これ以上の選択肢はないかもしれない。
対して、まるでスーパーヒーローになったような気分を味わいたいなら、必要なのはマクラーレンだ。ハンドリングは、別格というほどではないが上々で、これはこれで素晴らしい。
ポルシェは油圧アシストのステアリングを捨て、マクラーレンは電動アシストを導入するこの世で最後のメーカーになるであろうことを堂々と宣言している。アンジュレーションのきつい道で540Cをドライブすると、その理由がよくわかるはずだ。
ポルシェにエレガンスを求めることが間違い?
マクラーレンは、ステアリングフィールも、リムから伝わる路面の感触も、911から乗り換えると、まるで分厚い手袋を脱いだかのようにクリアに感じられるのである。
911のそれは、意のままに操れるのは確かだが、コミュニケーションのレベルは540Cと比べると明らかに低い。また、剛性がずば抜けて高いカーボンのシャシーは、精巧なチューニングが施されたサスペンションの能力を完璧に引き出してくれる。
また、スポーツカーの分野であっても重要な要素がもうひとつある。スペシャル感とでもいうものだ。ポルシェにはないそれが、マクラーレンには確かにある。
ロー&ワイドなスタンス、スタイリング、一部が顔を覗かせているカーボンモノコック、低く寝そべるようなドライビングポジション、エレガントでありながら未来的なデザインのインテリア、などなど。
全てが高級感と満足度、911とは比べ物にならないほどの忘れられない思い出になる可能性などにつながっているのだ。
そう、われわれはこの第2世代の991系を、911の歴史における傑作のひとつだと考えている。しかし、その特別さという点ではマクラーレンに水を空けられている。
絶望的に大きな差ではないものの、センターロックのホイールやアルカンターラのトリム、GTSのバッジを足した程度では埋まらない。
もっと大きな差は、別の部分に見出せる。
さらに浮き彫りになる両者の「溝」
レーシングカーではなくロードカーとして作られたものである以上、スポーツカーは実用性も備えていなければならない。
540Cには、大きな荷室や優れた視認性とエルゴノミクスが備わっており、使いにくいナビゲーションシステムを除けば、マクラーレンの仕事ぶりは評価に値する。
とはいえ、911の視認性はさらに上を行く。また、低い地上高には不便を強いられ、911のように段差を気にせず走ることはできない。さらに、乗り込むのは多少つらく、降りるのはさらに困難で、もちろんリアシートはない。
ミッドシップ・スーパーカーとしては、マクラーレンのスポーツシリーズ、すなわち540/570系の実用性はおそらくベストだろう。ただし、911と比較すれば話は別だ。
通常の比較テストであれば、この実用性の問題と価格差を考慮して、そのマージンは小さいものの、911の勝ちとするところだ。それどころか、このGTSは最近乗った中でもとりわけ気に入ったクルマで、これに変わるものはちょっと見つけられない。
しかし、今回はクルマ単体での比較ではない。この2台は、それぞれの出身国の代表としてこの場にいるのだ。この2台は、両国における「最高のクルマ造り」の象徴なのである。
考えなければならないのは、どちらの国がスポーツカー・ワールドカップの勝者にふさわしいかということだ。
勝者はどっち?
このポルシェは、大量生産モデルである911のバリエーションで、ポルシェは今や年産25万台に手が届こうというメーカーになった。もちろん、アウディやBMW、メルセデス・ベンツの規模には到底及ばないが。
反対にマクラーレンは、世界中見回してもたいがいのものより高価で、より長く歴史に名を残す最もピュアなスポーツカーを造る文化と、それを創りたいという欲求の、この上ない表現だ。
英国にはもうひとつ、古くはトライアンフやMG、オースチン・ヒーリーに代表されるような軽量スポーツカーの伝統もあるが、そちらはアリエルやモーガン、ラディカルなどが現在も引き継いでいる。
その分野でも、速さも、純粋さも、エキサイティングさも、スポーツカーの理想への忠実さにおいても、他国の追随を許さない。
それゆえに、スポーツカー・ワールドカップの意義に則るならば、勝者はイングランドこそがふさわしい。540Cは、世界最高のスポーツカーではなく、それに限りなく近いものに留まるかもしれない。
だが、これはイングランドの本気のクルマ造りの実例として決勝の舞台に上がったのだ。その背景には、この国がスポーツカーの分野で積み上げてきた比類ない経歴がある。
それを破って次のステージに進み、あまつさえ優勝を飾れる国などあろうはずがない。
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