ホンダはHondaJetを事業化し、次には空飛ぶクルマと呼ばれるeVTOLを実用化に向けて開発中。2025年にはその試験機が空を飛ぶ予定だ。
そんなeVTOLのハイブリッド・パワーユニット(PU)には、F1で培われた技術が満載。プロジェクトを率いる開発者にも、F1に携わった経験を持つ人物が多い。
■ホンダのeVTOLには、F1由来の技術が満載! 地上最速のマシンで培われた技術が空を飛ぶ
そんな中でeVTOLのPU開発を率いるのは、津吉智明LPL(ラージ・プロジェクト・リーダー/開発責任者)だ。津吉は2021年までF1のPU開発に従事し、最終盤はイギリスのミルトンキーンズに駐在。バッテリーやインバータを内包するESSパックの開発などを担当した。ただホンダは2021年限りでF1を撤退。津吉LPLは帰国すると、今のeVTOLの開発に転属となった。
その津吉は、F1の開発をやりたくて、ホンダに入社したのだという。
「実は、もっと格好良い世界なんだろうなと思っていました」
そう津吉は語る。
「F1をやりたくてホンダに来て、最初は量産工場でエンジンの組み立てなどをやっていました。その後、2006年くらいにF1のプロジェクトに移るチャンスが来たんですが、入ってみると、『こんなに泥臭い世界なのか!』と思いましたね。世界のトップと言われる技術は、こんなに泥臭いモノなのかというのを知ることができたのは、よかったです。すごく勉強になりました」
泥臭いとは、一体どういうことなのか?
「とにかく作って試すという感じなんです。ある程度確立された技術ならば計算できると思いますが、初めてやることに対する計算っていうのは、あんまり当たらないんですよ。その計算を成立させるために色々なモノを作るんですが、それを試してデータを取って、計算屋さんに渡す……とにかく計算のためのデータ集めという感じでした」
津吉LPLが今携わるeVTOLの開発も、まさに初めてのことだらけだという。そして失敗も多いが、失敗を繰り返さなければダメだと、津吉LPLは言う。
「量産でもそうですし、今やっているeVTOLも新しいことですから、とにかく分からないことは怖がらずに試すということの大切さは、F1時代から通じる部分があると思います」
「もちろんF1に比べて予算が制限されているということもありますが、私個人の感想を言うと、失敗したくないからどうしても小さくなってしまう……一歩踏み出せない人が多いように思います。それを盛大に踏み出すために、みんなのモチベーションを高めているつもりです」
「色々なモノを試して、その先に答えが見つかるんだということ、それは浅木(泰昭/当時HRC四輪レース開発部部長)さんが言う”成功体験”への第一歩だと言えると思います」
浅木氏がF1のプロジェクトを率いるようになったのは、2017年のこと。当時のホンダはマクラーレンと組んでF1に参戦していたが、このパートナーシップはうまくいかず。ホンダとしても苦しい時期を迎えており、マクラーレンとの契約が早期に終了したことで供給先のチームがなくなりそう……強制的にF1撤退となる寸前だった。しかしなんとかそれを回避し、トロロッソ(現RB)へのPU供給へと繋げ、レッドブルとタッグを組むことでチャンピオンに辿り着くことになった。
浅木氏はF1を退職する際、「F1で技術者が負けたまま撤退するという状況を避けられた」と語っていたが、そのためにも失敗を重ねることが重要だったと、津吉LPLは言うのだ。そしてそれはeVTOLを開発する今にも繋がるし、津吉の根底にあったモノとも繋がるという。
「正直に言って、今なぜこんなことをやれているんだろうなと思っています。F1の時も、憧れていた仕事をやっていることが不思議だったんです。eVTOLも、次の世代の乗り物だということで、世界中で開発が進んでいる……そのPUをなぜ自分がやっているのかというのは不思議です」
「しかも、こういうことを言うと怒られるかもしれませんが、気付いたらやらせてもらっているので、不思議な気持ちになることが多いです。うまく言えないですが」
「ただ新しいことにチャレンジしてみたいというのは、昔からありました。分からないことをとにかくやって試して、何かが分かるというのが好きなんですね。やってみて、成功したら嬉しいですが、失敗しても楽しいんです。何が起きても成功への一歩だと思えるのがすごく楽しい。みんなは、失敗すれば大体落ち込みますけどね」
「そういう意味でも、eVTOLはすごくやりがいがあります。それに携われているのは、すごく良いことですね」
F1に憧れ、ホンダに入社した津吉LPL。今はもうF1には携わっていないが、F1に対する未練はないという。
「未練はないです! 怒られるかもしれませんが、ないんです」
「eVTOLに携わることができているから、F1に未練がないと言う方が正しいかもしれないです。これが他の仕事だったら、どうかはわかりませんけどね」
eVTOLは、レースのように競走し、その開発の結果が順位で表されるというようなモノではない。しかし未来を切り開いていく可能性のある技術開発であり、それだけチャレンジし甲斐のある分野なのだろう。
「ホンダという会社には、感謝しています。やりたいことをやらせてくれるんですからね」
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こればっかりはないがしろにすれば宗一郎のおやっさんのレンチが飛んでくる。