Sクラスの電気自動車(EV)版となる「EQS」を4月15日に発表したメルセデス・ベンツ。ついにEVのフラッグシップが誕生したわけだが、EQシリーズでEV化を進めているベンツのEV戦略はどのようなものなのか?
そして、ガソリン車を発明した世界を代表する高級車メーカーのベンツは、EVでも世界をリードする存在になるのか? モータージャーナリストの御堀直嗣氏は次にように考察する。
最悪エンジンが壊れる場合も!? 超重要部品「タイミングベルト」 本当の寿命と復活の訳
文/御堀直嗣 写真/Daimler AG、ベストカー編集部
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■本丸ともいえるSクラス級のEVがEQS!
とうとう発表されたメルセデス・ベンツ EQS。高級4ドアセダンであるSクラスのEV版といった位置づけだ
メルセデス・ベンツのSクラスは、世界でもっとも販売台数の多い高級4ドアセダンだろう。その電気自動車(EV)版といえるEQSが発表になった。
これまでメルセデス・ベンツは、SUV(スポーツ多目的車)のEQCとEQAを市場導入してきたが、いよいよ本丸ともいえるSクラス級のEVの登場だ。
公表されている仕様によれば、最高出力は後輪駆動(RWD)の450+で、最高出力が235kW(キロ・ワット)、最大トルクは568Nm(ニュートン・メーター)だ。車載のリチウムイオンバッテリーの容量は107.8kWh(キロ・ワット・アワー)であり、ここから一充電走行距離はWLTPで770kmであるという。
そして0~100km/hの加速は、6.2秒とある。4輪駆動(AWD)も同時に発表となり、こちらは前後にモーターが付くので、最高出力は285kW、最大トルクは855Nmになるとのことだ。その結果、0~100km/hの加速は4.3秒に速まる。
Sクラスは、少し前にフルモデルチェンジを終えている。日本に導入されているのは現状AWDのみで、車体が標準とロングの2通りである。EQS450+の車体寸法は、新型Sクラスの標準車とほぼ同じだ。
直列6気筒のガソリンターボエンジンの性能は、最高出力が320kWで、最大トルクが520Nmとなっている。ディーゼルターボエンジンは、最高出力が243kWで、最大トルクは700Nmだ。
慣れ親しんだエンジン車との性能比較では、同じAWD同士で最高出力はややEQSが下回るが、最大トルクではEQSのほうが上回る。
車両重量は、107.8kWhものリチウムイオンバッテリーを搭載するため、約500kg重くなるが、EVのトルク特性によれば余分の重さは意識させないのではないか。0~100km/hでの加速性能でも示されているといえるだろう。
■欧米を中心に進む完全脱炭素化
ひと足先に導入されたEQA。この先EQEやEQBも予定されているようだ
世界の自動車メーカーは、脱炭素社会へ向けて相次いでEVを発表している。多くはSUVであり、メルセデス・ベンツも先にEQCとEQAを導入し、この先にはEQEやEQBも予定されているようだ。
また、英国のジャガーや米国のゼネラル・モーターズ(GM)、あるいはスウェーデンのボルボなどは、将来EVメーカーになることを正式に表明している。
これに対し、メルセデス・ベンツは電動化を推進する道筋は示しているが、将来EVメーカーとなるかどうかについて明確な表明はない。また現状、エンジン車の新型SクラスとEVのEQSを併売することになる。
しかし、EQSを発表する際に、工場の屋根への太陽光発電の導入と、それにともない工場内での電力の直流化や、車載バッテリーの再利用で定置型蓄電池としての利用、バッテリー製造時の脱炭素化などを実施し、2039年までに製造段階での脱炭素化を実現するとしている。
くわえて電動化という言葉遣いについては、EVとプラグインハイブリッド車(PHEV)であることを明言する。つまり、外部からの充電を前提とし、モーター走行を合理的にできるクルマを電動車と位置付けたのである。
したがってハイブリッド車(HV)やマイルドハイブリッド車は含まないということだ。これは、脱炭素に直結する定義づけである。
HVやマイルドハイブリッドは、二酸化炭素(CO2)や大気汚染物質の排出を減らしはするが、ゼロではない。このことは、30年前に米国カリフォルニア州で法制化がはじまったZEV(ゼロ・エミッション・ヴィークル)の概念に通じる。
日本は、HVで先鞭をつけたことで、これら電動車が普及することが環境解決につながるとしてきたが、もはやCO2減らすだけでは不充分な時代に足を踏み入れている。それが菅義偉首相による脱炭素宣言だ。
そもそも30年前のZEV法が、減らすのではなく無くすことを定義づけている。それをメルセデス・ベンツは実行に移したのであり、EVメーカーを宣言した自動車メーカーも同様の決断を下したのである。
国内では、急な脱炭素は雇用に影響を及ぼすとの声も出ているが、30年前にその方向性は示されてきた。それにもかかわらず、減らせば済むと解釈したのが間違いである。環境問題に対する経営判断の甘さを露呈するばかりだ。他人の責任ではなく、経営者の見識不足が招いたことである。
ドイツにもそれはあった。HVの代わりにディーゼルターボエンジンで対処しようとした。しかし、ディーゼル排ガス偽装問題で、目が覚めたといえる。
■自動車界をリードしてきたメーカーとしての矜恃
1997年に発売された初代Aクラス。二重の床構造を採用し、床下にバッテリーや燃料電池を置くことをこの時期から想定していたのだ
高級4ドアセダンをEVとする構想は、英国のジャガーが先に公表したが、結果的には一時中断となっている。それに対し、メルセデス・ベンツが、EQS市販に力を注いだ背景には、メルセデス・ベンツが背負う、自動車を発明したメーカーとしての自負と責任があるからだろう。
メルセデス・ベンツの哲学は「最善か無か」であり、目指す製品は「究極の実用車」である。
永年にわたり世界の高級車として各国の元首や富裕層に愛用されてきたメルセデス・ベンツが実用車といわれると、腑に落ちない気がするかもしれない。
しかし、昔からメルセデス・ベンツはどの大きさの車種でも運転しやすく、車両感覚をつかみやすく、大柄なSクラスでも小回りが利いて自在に操れると感じるクルマ作りを続けてきた。
高級車であっても、便利で実用的であることから外れたことはない。それは、SLやGTなどスポーツ車でも同じだ。つまり、究極の実用車なのである。
同時にまた、最善であることを目指すため、原理原則にしたがった開発が行われる。
例えば、初代Aクラスは、2代目まで二重の床構造を採用していた。将来のEVや燃料電池車(FCV)のあるべき姿を模索するためだ。その床構造部に、バッテリーや燃料電池スタックを車載することを考えた。エンジン車でもこの二重の床構造を利用し、市販した。
3代目からこの構造を止めたが、25年近く前からEV時代の本質の模索を行っていたのである。それは、米国カリフォルニア州でのZEV規制が発端であったかもしれない。
■EV時代に直6エンジンを新開発する意義
ベンツ直列6気筒エンジン。ターボと電動スーパーチャージャーに加え、モーター兼発電機が装着される
前型のSクラスで2014年に直列6気筒エンジンを新開発し、搭載した。現行Sクラスでも継続使用されている。衝突安全性能を向上させるため、V型6気筒エンジンを採用してきたメルセデス・ベンツが、なぜ改めて直列6気筒エンジンを新開発したのか?
モーター機能付き発電機(ISG)と、電動スーパーチャージャー、さらにターボチャージャーまで搭載したこの新直列6気筒ガソリンエンジン。
モーター機能による低速トルクの補助と、電動スーパーチャージャーによるアクセル操作への素早い応答、そして回転が上がってからのターボチャージャーによる伸びやかな加速を利用したエンジン特性をつくることで、あたかもモーター駆動であるかのような乗り味を実現した。
当然ながら、直列6気筒であれば振動は極めて少ない。一方の衝突安全については、エンジン前端に通常ある補器のためのベルト駆動部分をなくし、全長を短くして前面衝突時の衝撃吸収構造を損なわないようにした。
EV時代を見据え、EVをエンジン車に似せて違和感をなくすのではなく、エンジン車をEVに近づけ、来るべきEV時代に違和感なく消費者を導こうとしているのがメルセデス・ベンツだ。その逆を考えるのが、日本の自動車メーカーだ。例えば、マツダMX‐30のEVが象徴する。
Sクラスは、2009年にBMWと同じ機構を利用したハイブリッドを導入し、2014年にはPHEVも車種に加えるなどしながら、多くの人が購入するエンジン車でモーター駆動の運転感覚を経験させ、EQSの導入を迎えたと私は見ている。
周到な地固めはメルセデス・ベンツが得意とするところであり、同時にまた、長期的に未来を見据えて基礎を積み上げ、自ら描いた未来像を確かめるしたたかな戦略でもある。
改良していけばよいクルマができるとし、将来の具体像を描かないクルマづくりに比べ、自動車を発明した自負と責任が、メルセデス・ベンツには体現されているのである。
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みんなのコメント
モーター駆動に違和感なく消費者を導いたてきたのがHEVとも考えられないのが偏向的な御堀さんの限界。