発売前、そして発売後も大きな話題となったアルピーヌのA110。SUVの新型ラッシュが続く中、昔ながらの「軽さ」「速さ」「楽しさ」を追求する姿勢に、自動車好きは多くの期待を寄せた。限定車を発売したのちに通常のピュア、そして高性能バージョンのSを追加したA110。その実力を検証したい。
変更点はマニアックのオンパレード
29歳、フェラーリを買う──Vol.47 愛車にしばらく乗りません!
車両引き渡しの待ち合わせ場所でブルーメタリックのA110Sを見て、担当者に思わず聞いてしまった。「これって本当に“S”なの? 」
一般的に高性能バージョンといえば、大型スポイラーや大径ホイールなどを装着するのが定石だ。しかし、このクルマにはそうしたわかりやすい差別化がなされてない。車体をぐるっと1周まわって見渡してみても、どこにもSの文字が見当たらない。
これはベース車ではないかと疑心暗鬼になってスマホで調べてみた。なるほど、フロントフェンダー上にあるAの文字のエンブレムがメッキ仕様からブラックへと変更されている。Cピラーにあるバッジはトリコロールカラーから、オレンジとカーボン柄の組み合わせに。そしてエクステリアで最大の違いはルーフがカーボン製になっていること。これによって1.9kgの軽量化を実現しているという。
さらによく見れば、ブレンボ製のブレーキキャリパーはオレンジ色に塗装されている。ホイールはA110ピュアと同デザイン同サイズながら、色をグレーのチタンカラーへと変更し、さらにタイヤ幅をフロントは205から215へ、リアは235から245へと、それぞれ10mmワイドになっている。そして、タイヤは専用設計のミシュランパイロットスポーツ4を履く。なんともマニアックな変更点のオンパレードだ。
疑い晴れてようやく室内へと乗り込む。サベルト製のバケットシートは、表皮のデザインがA110ピュアとは異なるシンプルなものになり、またステッチの色がブルーからオレンジになっている。ステアリングのセンターにもオレンジのアクセントが配されており、Sのイメージカラーはオレンジなのだとようやく気づいた。
通常はグローブボックスとなる助手席前方にカードキー用のスロットがある。そこに鍵をさしこんでスターターボタンを押すとエンジンが始動する。ベース車より少々野太い音がする。1.8リッター4気筒ターボエンジンは、より高回転型へとチューニングされており最高出力が40ps増しの292psとなっている。といっても300ps以下で今どきのスポーツカーとしては驚くような数字でもない。最大トルクは320Nm でこちらはベースと同じ。トランスミッションは7速DCTでギア比も含めてこちらも変更はない。
サスペンションは、スプリング、ダンパー、アンチロールバーの剛性をそれぞれ50%増しにしたシャシースポールを採用する。車高はベース車比で4mmローダウンし、軽量化されたカーボン製ルーフともあわせて重心を最適化し、高速安定性やハンドリングに貢献する。
絶妙なさじ加減で街乗りでも楽しめる
初めてベース車を試乗したとき、スタイリングもハンドリングも素晴らしいと思ったけれど、エンジンにはどこか物足りなさを感じていた。低速からトルクも出ているし、出力の問題というよりは、音やレスポンスや感覚的なものだったが、このSでは明らかにそれが改善されている。ドラマチックさを増したエンジンは、吹け上がりもシャープになり、どんどんアクセルペダルを踏みたくなる。
ステアリングに備わるSPORTボタンをおせば、ノーマル、スポーツ、トラックモードの3つを選択できる。スポーツモードにすれば、さらにレスポンスが高まり、今回は試していないがトラックモードでは、ESC(横滑り防止装置)をオフにすることも可能だ。
シャシースポールの効果もあって、ベース車に比べてロール量が少ない。軽快感はベース車のほうが高いが、Sは安定感が増した印象だ。車両重量はベース車から1kgも増えておらず、車名の110にかけてこだわったのか、カタログ値も車検証も同じ1110kg。前後重量配分は前軸重が480kg、後軸重が630kgで、43:57とまさにミドシップカーならではのバランスだ。しっかりとブレーキを踏んで前に荷重を移動し、ステアリングを切り込んだときの手応えのよさは、なんとも形容しがたい。
A110Sはもっとサーキット志向のチューニングが施されているのかと思ったが、シャシースポールは硬すぎるということはなく、ちゃんと街乗りでも楽しめる。こういう絶妙なさじ加減はルノースポール譲りのものだろう。きっとサーキットを走りたい人に向けては、シャシーカップの開発が進められているに違いない。
ちなみに同じミドシップのポルシェ ケイマンSの車両重量は1460kg。出力は350psが必要になる。一方でA110Sは約350kgも軽い。だから300psに及ばずともこれほどまでに楽しめるのだ。燃費もよくなるし、軽いことはまさに正義。いまどきの言葉でいえばサステイナビリティを持ち合わせたスポーツカーというわけだ。
文・藤野太一 写真・柳田由人 編集・iconic
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