Webモーターマガジンが注目してきた映画「フェラーリ」が、2024年7月5日から公開されました。さっそく観てきた編集部スタッフの印象は「これはちょっと想定外」というもの。単なる偉人伝でも成功談でもレースバトルでもありません。エンツォ・フェラーリというひとりの男の生きざまは、さまざまな意味で「手に汗握る」物語なのでした。
58年ぶり10回目の勝利。アニバーサリーイヤーの公開は偶然?
2023年6月、新型ハイブリッド・エレクトリックハイパーカー「フェラーリ499P」は、世界で長い歴史と伝統を誇るル・マン 24時間レースの100周年記念で見事な勝利を収めました。この勝利はフェラーリにとって、1965年以来実に58年ぶりとなる通算10回目の総合優勝でした。
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続く2024年大会において、フェラーリは激戦の末に見事に連覇を果たします。跳ね馬のレーシングヒストリーにおいて新たなメモリアルが刻まれたこのタイミングで、映画「フェラーリ」が公開されたのは(全米では2023年12月に公開済み)果たして、偶然だったのでしょうか。
監督を務めたマイケル・マンが構想を得たのは30年も前に遡るといいます。原作は1991年に発表されたブロック・イェイツ著のドキュメンタリー「エンツォ・フェラーリ 跳ね馬の肖像」(集英社文庫)。原題は「The Man,the Cars,the Races.the Machine.」・・・なかなかに意味深なタイトルと言えるでしょう。
ところで「フェラーリとル・マン」と言えば、日本では2020年に公開された映画「フォードvsフェラーリ」が印象に残っています。マイケル・マンは製作総指揮として、この作品にも関わっていました。
フォード目線(というか実際は、キャロル・シェルビー&ケン・マイルズ目線なのですが)で王者フェラーリに挑む物語は、圧倒的なスピード感で描かれたレースシーンと、ハリウッド映画らしいわかりやすいドラマ性とがあいまって、日本でも人気を博したようです。
実際のところフェラーリにとってル・マンは、やはり特別です。イタリア北部の小さな都市モデナで、エンツォ・フェラーリが小さなスポーツカーメーカーを創業したのが1947年のこと。それが1949年に開催された戦後初のル・マン自動車レースで優勝したことで一躍、世界的な名声を高めることになったのですから。
そして今回、映画「フェラーリ」においてクライマックスとなる1957年の「Mille Miglia(ミッレミリア)」は、ル・マンとはまた別の意味でフェラーリにとって文字どおり「忘れられない物語」の舞台となりました。
Topic:国民的人気を誇った「Mille Miglia」とは(映画「フェラーリ」公式リリースより)
「Mille Miglia(ミッレミリア)」とはイタリア語で「1000マイル(約1600km)」の意味。北イタリア・ロンバルディア州ブレシアをスタート/ゴール地点とし、一般公道のみで約1600kmを本気のレーシングスピードで走破する、伝説の都市間レースだ。貧しさゆえに常設サーキットの少なかったイタリアでは、ミッレミリアは国民的人気イベントであり、その戦果は、スポーツカーメーカーの命運をも左右していたと言われている。1927年にスタートしたミッレミリアだが、本作で描かれた1957年のレースをもって幕を閉じることとなる。(現在、同名レースはクラシックカー・レースとして開催されており、劇中当時とは異なるレースである)
そこでなにが起きたのか・・・自動車やレースのことはあまり詳しくないけれど、ちょっと観てみようかな、と思っている方は、あえてその詳細を知らないままで観ることをお勧めします。
夫婦の危機は会社の危機。もうひとつの家族が癒しに
もっとも、ル・マンであれミッレミリアであれ、エンツォにとってレースは人生を賭けて「勝利すべき」舞台だった・・・ということは、予備知識として持っておいたほうがいいでしょう。そうでないと映画の冒頭から、彼の言動が少し理解しにくいかもしれません。
当時の「フェラーリ社」は、レースで勝つことで名声を高め、ロードモデルの販売につなげ、そこで得た資金をさらにレースにつぎ込むという循環で事業を回していました。ですからまずは「勝つ」ことにエンツォが腐心していたことは、経営者として当たり前と言えばしごく当たり前なことでした。
それでも普通の感覚で観ていると、エンツォの執念は時に狂気を伴っているように思えます。作中での印象としては、クールな偏屈オヤジといったところでしょうか。しかも、事業をともに立ち上げた「パートナー」である妻に隠れて愛人をつくり、子供までできているとなると・・・なかなか感情移入はしにくいかもしれません。
主人公エンツォ・フェラーリを演じたのは、アダム・ドライバー。「スターウォーズ エピソード7~9」のカイロ・レンを演じたころからとても注目してきた俳優さんです。実生活ではまだ30代なのに、還暦目前を迎えて悩ましい男の生きざまを、リアルなメイクと合わせて生々しく演じています。
共同経営者であり正妻でもあるラウラ役を演じたペネロペ・クルスが、また凄い。おそらくはかつて熱狂的に愛し合った男を、公私ともに時に淡々と、時に感情的になりながら追い詰めていきます。表情はもちろん言動が、エンツォとはまた別の意味で迫力満点です。
ふたりの確執の背景には、前年に起こった愛息ディーノの死、という悲劇があります。それでもこの夫婦関係は、痛すぎる。だからこそ「別宅」に待つ愛人リナ・ラルディ(シャイリーン・ウッドリー)と、認知されえされていないエンツォの息子ピエロ・ラルディ(ジュゼッペ・フェスティネーゼ)とのやりとりに、心癒されます。
エンツォが、不器用な優しさを見せるシーンなど彼女たちと過ごす時間は、少なくとも表面上は穏やかに過ぎていきます。終始、緊張感をはらんでいる感のある作品の中では一服の清涼剤と言えるでしょう。だからこそ、彼らが本当の幸せをつかむことができるのか・・・という目線でなら、感情移入も容易になりそうです。
ラウラをめぐる離婚と倒産というふたつの危機がみごとに「シンクロ」して、リアとピエロの人生を脅かしかねない事態へと進んでいくあたりは、下手なミステリーよりも深みのある不安感と焦燥感を煽ってくれたのでした。
圧倒的速さとドラムブレーキの危険なコラボ。レースシーンは本気で「緊張」
さて、そんな重厚かつとげとげした家族関係とともに、この映画のもうひとつの見どころと言えるのが、往年の名車たちが疾走するレースシーンでしょう。
予告編ムービーでもその醍醐味はしっかり感じとってもらえるとは思いますが、先に言っておきます。クルマを運転したことがない人が観ても、この映画のクルマの走行シーンはとても美しく抒情的です。そしてそれ以上に実は、緊張感がみなぎっています。
ミッレミリアを始め、作中で描かれる当時のイタリアのモータースポーツシーンはとてもリアルで、ちょっとしたタイムスリップ的な観光気分が楽しめます。田園風景の中を疾走するシーンは、シンプルに心躍るもの。カメラワークの関係でしょうか。走行シーンに、とっても没入感があるような気がしました。
だからこそ、サーキットでのタイムアタックや本気でライバルとしのぎを削るバトルシーンは、圧倒的な臨場感とともに想像以上の緊張感を伴います。
なにしろ、現代の基準ではずいぶんと細身なタイヤを履いた屋根のないクルマで、ベルトすらまともに締めているのか判然としない状態のまま頼りがいのなさそうなお椀のようなヘルメットをかぶり、お世辞にも路面がばっちり整備されている言えそうにない「サーキット?」を全開で走るのです。
Topic:ミッレミリアを戦った「フェラーリ335S」とは
1957年のミッレミリアでデビューを果たした、フェラーリのニューマシン「335S」は、4023ccの60度V型12気筒DOHC24バルブエンジンを搭載。最高出力は390psを発生していました。スチール製チューブラーフレームのボディを採用した2シータースパイダーの車両重量はわずか880kg。最高速度は300km/hを謳っています。装着されたタイヤサイズは前6.00×16/後7.00×16、幅としてはおよそ170mm(現在のタイヤサイズで言えば165/50R16程度)でした。フロントサスペンションこそダブルウィッシュボーン×コイルスプリングですが、リアはド・ディオンアクセルにリーフスプリングで、しかもブレーキは4輪ドラムということで、現代のイメージからすると明らかにパワーが突出している印象です。
感覚的には、初心者の運転で助手席に座って高速道路をかっとばしている時にもちょっと似ているかも。おかげさまで冒頭の走行シーンから、しっかり手には冷や汗をかいていました。本当に曲がるのか?ちゃんと減速できるのか??もしもなにかあったら大丈夫なのか???お約束のようにさまざまな「フラグ」が立つ中、不安は見事に的中してしまうのでした。
名ドライバーが多数出演。それぞれに強い存在感を放つ
「レーサーというものは、誰もが自分は死なないと信じている。」そんなセリフが物語るとおり、自らもドライバーとして鳴らしたエンツォにとっては不慮の事故もまた「レーサー」という職業を選んだ人間が背負うべき業であり、運命として受け入れるべきものなのでしょうか? そんな漠然とした疑問を抱いたまま、物語は「その瞬間」を迎えることになります。
実話をもとにしている本作では、アルフォンソ・デ・ポルターゴ(ガブリエル・レオーネ)やピエロ・タルッフィ(パトリック・デンプシー)のほか、数人の実在したレーシングドライバーが登場します。そして不思議なほどに、ひとりひとりのキャラクターが、強く印象に残りました。
時間的にはほんのわずかしか登場しなくても、ちゃんと恋人や奥さんなど大切な人がいるという背景が感じとれるからこそ、彼らの命がけの挑戦にあらためて「重み」が生まれます。そして彼らの過酷な運命のその先に、エンツォが手にする「幸せの一片」の大切さが実感されるのでした。(文:神原 久 Webモーターマガジン編集部)
映画「フェラーリ」 7月5日(金)より、TOHOシネマズ 日比谷ほか全国ロードショー
監督:マイケル・マン(『ヒート』)
脚本:トロイ・ケネディ・マーティン
原作:ブロック・イェイツ著「エンツォ・フェラーリ 跳ね馬の肖像」
出演:アダム・ドライバー、ペネロペ・クルス、シャイリーン・ウッドリー、パトリック・デンプシー
2023 年|アメリカ|英語・イタリア語|カラー・モノクロ|スコープサイズ|原題:FERRARI|字幕翻訳:松崎広幸|PG12
www.ferrari-movie.jp
© 2023 MOTO PICTURES, LLC. STX FINANCING, LLC. ALLRIGHTS RESERVED.
[ アルバム : 映画「フェラーリ」最終解禁シーン はオリジナルサイトでご覧ください ]
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