見た目に対しては「好意的」な意見の多いJPN TAXIだが……
東京都心部を歩いていると、トヨタが新たに投入した“JPN TAXI(ジャパン・タクシー)”を結構な頻度で見かけるようになった。周囲の“クルマ通”に聞いてみると、「思っていた以上に街の風景に溶け込んでいる」と好意的な意見も多い。
【ドラマのような場面も】じつは多いタクシーで東京-名古屋などの長距離客
ただJPN TAXIが正式デビューする前、実際にステアリングを握るタクシー乗務員の間には「トヨタがロンドンタクシーみたいな専用車両を発表する」という情報が流れていたそう。だが実車が正式デビューすると、タクシー乗務員の一部からは「話が違う」という声が聞かれたという。
筆者がロンドンタクシーの新型の実車を見たのは、2017年9月に開催されたフランクフルトショー会場でのこと。現在ロンドンタクシーを製造するLTC(ロンドン・タクシー・カンパニー)は、中国・吉利(ジーリー)汽車やボルボ(乗用車)を傘下に持つ、吉利ホールディングス傘下となっており、吉利ホールディングスグループになって初めて世に送り出す新型ロンドンタクシー車両となる。
“TX5”と呼ばれる次期型ロンドンタクシー(以下TX5)のパワーユニットは、4気筒ガソリンエンジンを発電用として搭載するレンジエクステンダーEVとなる。そして基本的にはEV走行となる。
JPN TAXIはLPガスハイブリッドユニットを搭載する。これは長年タクシー車両の燃料としてLPガスを使用してきており、大手タクシー会社などでもLPガススタンドを経営していることなどもあってか、タクシー業界サイドからの強い要望があったとも聞いている。
技術的にレンジエクステンダーEVやピュアEV化ができなかったわけではないのだろうが、やはりスペックを単純比較すると、先進性ではTX5に軍配があがりそうだ。
JPN TAXI同様にバリアフリーを強く意識しているTX5だが、スライドドアのJPN TAXIに対し、逆ヒンジタイプのスイングドアを採用している。TX4は通常ヒンジタイプのスイングドアだったものを、逆ヒンジにすることで乗降性を改善させているようだ。
欧米ではスライドドアといえば、一部ミニバンや日本で言うところの“ライトバン”のような商用車に限られることもあり馴染みが薄い、というかある種“特別な存在”という認識も目立つ。ロンドンに限らず五ツ星などの高級ホテルのエントランスに乗り付ければ、たいていはドアボーイがドアを開けてくれる。ガラガラとは音が出ないものの横スライドするドアから降りるよりは、高級セダンと同じヒンジドアをドアボーイが開け、そこから降りるほうが“さま”になると思うのは、筆者だけでもないだろう。
JPN TAXIに関しては早速日本を訪れるインバウンド(訪日外国人客)の間でも噂になっているようである。「日本らしいユニークなタクシーが走っている」などという好意的な意見が多いようだが、「日本はライトバンをタクシーに使うのか(日産のNVタクシーも含めてのことかもしれない)」といった意見もあると聞いている。“フシギの国ニッポン”を楽しみにくる旅行者にはJPN TAXIのウケは間違いなく良いものとなるだろう。
イギリスやドイツは乗務員主体のタクシーとなっている
ここで前述した一部の乗務員から実車を見て「話が違う」という意見が出た背景を考えてみた。そこで感じたのは、実際にステアリングを握るタクシー乗務員への作り手側のリスペクトの気持ちがJPN TAXIからはあまり伝わってこないところにあるようだ。
今まで日本のタクシー車両のメインは、“コンフォート”などのペットネームはつくものの、“クラウン”や、数年前に生産中止となったが“セドリック”といった日本を代表する高級セダンの流れを汲むものであった。
セドリックはともかくとして、クラウンはほぼ国内専売モデルとして長年ラインアップしてきたものの、“日本の高級車”として海外でもその知名度が高かったモデル。当然ステアリングを握るタクシー乗務員のなかには“クラウン(セドリック)を運転している”ということを特別視するひともいるだろうし、そのような車両を供給するだけで、十分にメーカーサイドのプロドライバーたるタクシー乗務員へのリスペクトというものは伝わったはずである。
となれば、まったく新しい車名でボディスタイルも異なるJPN TAXIは、タクシー乗務員へのリスペクトというものを今まで以上に丁寧に盛り込んでいく必要があったのではないかと思うのだが、今のところ筆者にはその部分を強く感じることができないでいる。
ドイツのタクシーといえば、メルセデスベンツEクラスセダン。最近はステーションワゴンだけでなく、Eクラス以外の車種も目立ってきたが、2017年9月に開催されたフランクフルトショー会場内に展示してあったEクラスセダンのタクシーのスペックボードには“DAS TAXI(英語でTHE TAXIとなるドイツ語)”と書いてあった。
ドイツの空港に降り立ち、Eクラスのタクシーに乗るとアウトバーンを200km/h近い速度を出して目的地まで向かってくれる。世界的に有名な高級車をタクシーに使っているだけでも驚くのに、道路インフラも含めてその性能をこれでもかと見せ付けてくる。“タクシーはその国の顔”などとも言うひとがいるが、Eクラスタクシーはまさしくそれを体現させてくれる。
一方TX5には、おもに使われるロンドンでのタクシー乗務員の社会的地位が極めて高いこともあり(乗務員になるための資格試験がかなり厳しかったりもする)、TX5にはタクシー乗務員へのリスペクトを強く感じる部分が多く見受けられた。そのひとつがインパネである。計器盤には大型のカラーディスプレイが採用され、スピードメーターなどが擬似表示されている。
これはメルセデス・ベンツやBMWなどの高級車ブランドで積極的に採用されているもの(日本車にはほとんどない)。インパネセンター部には、タブレット端末ぐらいの大型ディスプレイが設置されている。さらにシフトレバーは電子制御式が採用されている。
JPN TAXIもスピードメーターはデジタル式を採用している。ただ実用面では問題はないのだろうが、色味も少なく計器盤スペースが狭いので「それぐらいの情報表示で運転に支障がないのかな」と素朴な疑問を覚えてしまった。軽自動車のダイハツ・ミライースのほうが計器盤レイアウトは華やかと感じた。
また、インパネセンター部にはカーナビや料金メーターをレイアウトさせるため、空調コントロールを運転席に座って右側に配置しているが、シフトレバーは通常のセレクター方式でセンター部に鎮座している。“業務用なのでこれで十分”といったもののほうを強く感じてしまった。
乗客と乗務員との関係性の違いも……
筆者はタクシー乗務員でもないし、実際にJPN TAXIのステアリングを握ったわけではないので、今現在では見た目などで判断せざるをえないが、そこから伝わる両車の“似て非なるもの”を強く感じた。
タクシーやバス業界や、そこに近いひとたちの間では、差別的表現とまではいかないが“運転手”という表現を見下したものと認識する傾向が強い。そのため“運転士”もしくは“乗務員”という表現を意識して業界では使っている。運転手と運転士や乗務員との間に明確な使い分けがあるわけではない。企業の役員車の運転を行う場合は、そこの社員ならば当然上下関係が成立するし、専門業者を頼んでいれば発注元(企業の役員)と請け負い業者(運転するひと)という上下関係が成立する。
業界ではこのように上下関係が発生するようなケースに対し“運転手”という表現を使うことが多いというのだ。それに反し、運賃(バス)やメーター料金(タクシー)を払う乗客は“神様”なのかもしれないが、不特定多数のひとたちを輸送する公共輸送機関としてのタクシーやバスの乗務員との間には、当然雇用関係なども存在しないので、乗客との明確な“上下関係”というものは本来存在しない。テレビなどの報道によれば、日本全国でタクシー乗務員への暴行が絶えないのは、日本では広くタクシー乗務員を意識するかしないかは別として、意味もなく見下す風潮が蔓延していると見ることもできる。
タクシーやバス、トラックなどの営業車両の開発などでは、「誰がお客さまなのか?」という主眼の置き方が難しいとも言われている。お金を払って車両を購入するのはタクシー会社などの事業者となるが、それを決裁する事業者の幹部は実際にタクシーを運転して商売をすることはない。実際にステアリングを握るのはタクシー乗務員、そして料金を払って利用するのはわれわれ乗客となる。この3者が一様に満足する車両が理想的となる。
そのなかでステアリングを握るひとに対する目線が、TX5は“運転士(乗務員)”であることを強く感じるが、JPN TAXIは“タクシー運転手”となっているのではないかとうことを強く感じてしまうところが、“日本版ロンドンタクシー”としてJPN TAXIを手放しで筆者が受け入れられない、そしてTX5と比べて足りない部分ではないかと考える。
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