もくじ
ー V10エンジン 次々と終焉むかえる
ー 状況、理性では理解できるけれど…
ー V10 一筋縄ではなかったツラい歴史
ー V10に乾杯 「ありがとう」と伝えたい
ー 番外編 V10搭載のロードカー ベスト5
V10エンジン 次々と終焉むかえる
10気筒エンジンはユニークな存在だ。これまで、1から2、3、4、5、6、8、12、16まで、様々な気筒数を持つエンジンを搭載した自動車が作られてきたが(フォルクスワーゲンは一度W18気筒も試している)、V10は、クルマを最もエキサイティングにしてくれたエンジンだと思う。
V12エンジンは数多くの高級車に搭載されてきた。16気筒のエンジンは3台のロードカーに搭載されたが、純粋に性能面を追求しているのはブガッティのみだ。
一方、V10エンジンは搭載されるモデルを問わず、常に髪の毛が逆立つような、刺激的な存在だった。30年前にわたしが初めてV10エンジンのサウンドを聞いたときは、心が奪われたものだ。
意外にも、それはアルファ・ロメオ164に搭載されていた。164に見えるクルマ、といったほうが正確かもしれない。
それはアルファ・ロメオのプロカーで、バーニー・エクレストンがF1のサポートレースとして、シルエット・フォーミュラを提案する目的で制作したクルマだった。
ミドに搭載された3.5ℓV10は、639psを13500rpmで発生させ、その力強さと同じくらい、発するサウンドも猛烈なものだった。
それから30年が経過した今、V10を搭載したモデルは終わりに近い。
まだどのメーカーもV10エンジンの終焉を明確に示してはいないが、既にカウントダウンは始まっているのだ。かなり以前にBMWは使用を止めてしまったし、レクサスもLFAで一度作ったが、それっきり。ポルシェも同様だ。
アウディは高性能サルーンとエステートにはV10を搭載しなくなった。そしてV10を搭載し続けてきたダッジ・バイパーも、生産が終了した。
現状で、唯一V10を搭載しているのはアウディR8と、モデル違いのランボルギーニ・ウラカンだけだ。野生馬のように、貴重なエンジンなのだ。
状況、理性では理解できるけれど…
なぜこのような状況なのか、理解はしている。
コンパクトなツインターボV8エンジンの方が、より大きい自然吸気V10エンジンよりもパッケージングで有利だ。
ターボと比べるとトルクも細いので、同じ出力を得るために回転数を上げる必要もある。現代社会に通用する経済性と環境性能を持たせることは、簡単ではないこともわかる。
そしてV12の存在がある以上、頂点に位置することもできない。より安価で優れた選択肢があったとしても、ボンネットの中で動く12本のシリンダーのために、高い金額をあえて支払うひとが少なくないことを、ベントレーやメルセデス・ベンツが示している。
ただ、このクルマに乗った後のわたしには、頭で理解していても、心で納得することが難しい。ランボルギーニのV10の雄叫びが耳に残る状況でこの原稿を書いているから、なおのこと難しい。
まだ、耳鳴りが残っている。しかし、この経験が記憶へと置き換わってしまうまで、エンジンの存在も背中のすぐ後ろに残っている感じがして、嫌いではない。
これまで騒がしいエンジンノイズを沢山聞いているが、このV10のものほど美しくメロディアスで、興味深いサウンドではなかった。
退屈な技術的な話はしたくないが、5の倍数のシリンダー数を持つエンジンは、本質的にアンバランスとなる。
ピストンの上下運動と、クランクシャフトの回転数とで、異なる振動が発生するため、正確に割り出したバランサーシャフトなどを用いて、振動を打ち消す必要が生じる。
その結果、メインストリームとは異なる、独特の和音をもつサウンドが生まれる。
加えて、V10がロードカーに搭載されたのが、V12よりも70年も遅くなった理由は、燃料供給の難しさにもあった。
V10 一筋縄ではなかったツラい歴史
片バンクに5本という、奇数のシリンダーへ燃料を均等に供給する方法はふたつある。ひとつ目は、シングルキャブレターを用いる方法だが、酷く効率が悪い。
ふたつ目は、キャブレターを5つ付ける方法だが、調整が非常に困難だった。燃料噴射が一般的になることで、ようやくこの問題が解決し、1976年にアウディ100へ直列5気筒エンジンが搭載された。
5気筒のガソリンエンジンの技術が確立すれば、気筒数を倍の10にするのも難しくはない。
V10エンジンは市販車へ搭載される以前に、F1への参戦を目的として、ホンダとルノーの2社が開発する。
1989年シーズンからターボが禁止されると、3.5ℓの排気量規制に最適な気筒数は、10だということを、この2社とアルファ・ロメオは考えた。
これは、2006年のレギュレーション変更まで、V10エンジンのマシンが優勝を重ね、コンストラクターズ・タイトルも獲得してきた経緯を振り返ると、的を得ていた。
そのため、1992年にダッジ・バイパーがV10をフロントに搭載して以降、V10エンジン搭載車がリリースされてきた理由は、マーケティングによるものだった。
ステアリングのパドルシフトのように、F1マシンに搭載されているものは、強力なセールスポイントになったのだ。
しかしながら、モータースポーツからの動機付けは、今のクルマでは少なくなってしまった。モータースポーツとの結びつきは、ごく一般のひとにも通じるアピールポイントだると思うので、残念なことだと思う。
V10に乾杯 「ありがとう」と伝えたい
さて、ウラカンのスパルタンな味付けのインテリアに包まれながら、攻めた走りを楽しむというより、血が騒ぐような、エンジンノイズを聞きたい、と感じていることに気づいた。
V10エンジンは、このランボルギーニに新しい次元の楽しみを加えている。
V8を積むフェラーリ488GTBやマクラーレン720Sは、どちらも優れたクルマだが、トンネルの度に窓を開けて、ギアを落とし、響き渡るエンジン音を楽しむだろうか?
したとしても、耳鳴りに残るような叫びとは異なる体験だろう。
V10にこだわったランボルギーニの、実際にはアウディの、方針を高く評価したい。同じ意味で、油圧パワーステアリングを引続き採用したマクラーレンも、高く評価できる。
おかげで、よりダイレクトなドライブを楽しむことができるし、それは最も優先されるべき要素だと思う。そもそも、データ上でのCO2排出量が少ないという理由で、ランボルギーニではなく、フェラーリやマクラーレンを購入するひとなどいないだろう。
アウディR8が、いずれターボエンジンを積むことはわかっている。フォルクスワーゲン・グループは、顧客が未だ知らないような、高機能でコストカット可能な手段を探し続けている。
V10エンジンの生産ラインは、間もなく別のものに置き換わるはずだ。収益ばかりに気にかけているドイツ・ヴォルフスブルクの経営者の中では、既にV10エンジンはお役御免の存在で、それは避けられないことだろう。
そうだとしても、ウラカンから降りて原稿を書いている今、V10のサウンドが頭のなかでこだましている。V10が存在した時代にいて、本当に幸せだと思った。
番外編 V10搭載のロードカー ベスト5
1992年 ダッジ・バイパー
搭載するアルミニウム製のエンジンは、もともとピックアップ・トラック用の重たいエンジンを、ランボルギーニが改良したもの。
排気量は8.0ℓで、これまで運転したどんなモデルより、最高のパフォーマンスをバイパーは披露した。ロードカーにV10を搭載した初めてのモデルとして、25年間、その存在感を示し続けた。
2002年 フォルクスワーゲン・トゥアレグ 5.0 TDI
世界で唯一のV10を搭載したSUV。317psという最高出力は控えめだが、その素晴らしさは疑いようがない。
ボアとストロークは、70psを発生する4気筒ディーゼルエンジンと共有している。ディーゼルならではのトルクで、一軒家も牽引できるかもしれない。
2004年 ポルシェ・カレラGT
上流階級のためのV10。5.5ℓから611psを発生させるエンジンは、ルマンで勝利するために設計された。
レギュレーションが変更され、このエンジン開発のプロジェクトをどうするか悩んだポルシェの回答が、このクルマだ。唯一のV10エンジンを搭載したポルシェは、極上の仕上がりだった。
2005年 BMW M5(E60)
当時F1に参戦していたBMWは、この機会を有効利用しようと考えた。その結果、M5に搭載された5.0ℓのV10は、8200rpmを許容し、507psをリアタイヤに伝える。快音を響かせるモンスター・エンジンだ。
2010年 レクサスLFA
V10に限らず、これまで生産されたスーパーカーの中で最高のエンジンにノミネートできる。
4.8ℓから559psを発生させ、9000rpmを超える回転数から放たれるサウンドは、間違いなくベスト。その素晴らしいサウンドトラックは、V10のフィナーレとして聞くのに相応しいものだろう。
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