「人馬一体」。人とクルマが一体となったような走る歓びを、マツダはドライバーのみならず、乗る人すべてに感じてもらえるようなクルマづくりを追求している。マツダ初の量産EVとして国内投入されたMX-30 EVモデルには、より多くの人が自分で運転する喜びを感じられる「セルフエンパワーメント ドライビング ビークル」(自操車)なるモデルを現在開発中だという。その開発試験車両を試す機会を得た。はたしてその実態とはいかなるものなのか?
MX-30 EVモデルで2021年秋以降の市販に向け開発中なのが、足が不自由な車いすドライバーのための手動運転装置付き車だ。
フリースタイルドアやEVである利点
車いすのドライバーが運転席に移乗したあと、自力で車いすをクルマに積載する場合、一般的な車両の手順は次のとおり。まず、背もたれを後ろに倒してステアリングとの間にスペースを作り、折り畳んだ車いすを引き上げ、自分の体にワンクッション載せて後席や助手席に積み込む。車いすのタイヤで衣服が汚れるのを防ぐには、体に敷物状のものを掛けるひと手間も必要だ。
その点、観音開きでピラーレスのフリースタイルドアなら、車いすを地面から後席へダイレクトに積み込める。引き上げ動作に従来ほど力は必要とせず、衣服が汚れる心配もない。
さらに、EVなら自宅で充電が可能だ。昨今はセルフ式のガソリンスタンドが増えているが、車いすでの給油はかなりハードルの高い作業になる。
操作方法は欧米で一般的なリング式
車いすドライバーにとって、MX-30 EVモデルは打ってつけのベース車なのである。
「MX-30セルフエンパワーメント ドライビング ビークル」の特徴は、それだけではない。マツダは福祉車両にロードスターの手動運転装置付き車をラインアップするが、それとはアクセル/ブレーキのレイアウトや操作が異なる方式を採用している。
ロードスターは、アクセル/ブレーキを左手のシングルレバーで操作するコントロールグリップを採用。ステアリングには片手で操作できる旋回ノブをオプションで付けられる。コントロールグリップはAPレバー式と呼ばれる、日本で普及している方式。後方に引いてアクセル、前方に押してブレーキだ。
「セルフエンパワーメント~」は欧米でスタンダードなリング式を採用している。アクセルはステアリング内周のリングで、左手のレバーはブレーキのみ。ブレーキ操作以外は左手が解放されるので、通常のクルマと同じように両手でステアリングを操作できる。上肢を健常者と同じように動かせるドライバーなら、上半身の姿勢を保持しやすい点と相まってステアリングの操作性が向上する。ほかにも、一時的に片手を放してドリンクを摂ったり、サンバイザーを操作したりできるなど、メリットは多い。
世界初!? 手動運転と一般的な運転方法に対応
この開発中の試験車に、マツダR&Dセンター横浜の敷地内でちょっとだけ体験試乗できた。
ブレーキレバーは左手で押し込んだ状態でロック可能。この状態でエンジンスタートスイッチ(EVモデルでもこれがマツダの呼称)を押すと、システムが起動する。ちなみに、レバーではなくブレーキペダルを踏んでスイッチを押せば、アクセルペダルの操作が可能になる。この手動運転操作と一般運転操作を簡単に切り換えられる機能は、世界初だ。
ブレーキをリリースすると、EVモデルと同じようにクリープで動き出す。
アクセルリングは前方に押してオン。親指や母指球でジワッと押し込む。ステアリングといっしょでは操作しづらいのでは?と思う人がいるかもしれないが、ステアリングは親指を除く4本の指を主体に握るのが基本。親指や母指球にアクセル操作を分担しても、ステアリング操作の妨げにはならない。
親和性の高い操作方法で運転しやすい
実際、これが走りやすい。試したのは低速域のみだが、自分でも初めてとは思えないなじみやすさで敷地内をスイスイと走れる。ステアリングを通常のクルマとほぼ同じ感覚で握れるうえ、アクセルリングもブレーキレバーも操作がペダルの踏み込みと同じ方向だからだろう。今回は使う機会がなかったが、ブレーキレバーのノブには回生ブレーキの減速度を調整できるシフトアップ/ダウンスイッチも付いているのだ。
ただ、ステアリングを大きく回す場合、両腕がクロスするとアクセルを操作しづらくなる。コツはこまめに握り替える送りハンドル。これが素早くできれば大きな舵角とスムーズなアクセル操作を両立できる。ステアリングとリングの距離は、もちろんどこを持っても一定。定速維持と加速それぞれの押し込み量がわかりやすいよう、リングの反力にはゼロGポイントで段差が設けてある。こういった造り込みも「人間中心」のマツダらしい。
後退は操作がちょっと複雑になる!?
一つだけ、難しいと言うか操作がギクシャクしてしまったのは、バックの駐車。左手のブレーキでクリープを調整する必要があるため、ステアリングは右手だけで回さなければならない。この場合はステアリングの旋回ノブか、クリープを出さない(アクセルの)ワンペダル制御のほうが乗りやすいと感じた。こうした点は開発陣も思案を重ねているだろう。
MX-30の開発コンセプトが
もっとも生きるモデルかもしれない
「人馬一体による走る歓び」を追求し続けるマツダ。そして、「わたしらしく生きる」「人もクルマももっと自由でありたい」という願いで開発されたMX-30。セルフエンパワーメント ドライビング ビークルは、そうした価値を車いすドライバーに対してこれまで以上に提供できる、MX-30のコンセプトをもっとも鮮やかに体現したモデルかもしれない。
不慮の出来事で脊髄を損傷し、下肢の自由が効かなくなった古い友人がいる。退院して自立した暮らしが送れるよう、懸命に車いすの特訓をしているという。もし、また自分の手でクルマを運転できるなら、きっと目を輝かすに違いない。そんな光景がまぶたに浮かんだ。
〈文=戸田治宏 写真=佐藤正巳〉
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みんなのコメント
「こんなに高くて遠いシート、乗り移りできませんよ」と。