アストンマーティンのふたり乗りクーペ「ヴァンテージ」に追加された「F1エディション」に小川フミオが試乗した。
専用装備の数々
アストンマーティンが、F1レースに復帰したのを受けて開発された「ヴァンテージF1エディション」が2021年3月に発表され、ついに10月、日本に入ってきた。ベースモデルに対して、出力アップのみならず、サスペンションもタイヤも、と、あらゆるところが特別製。すばらしく速い、という印象のモデルだ。
現在のヴァンテージは、2017年11月に登場した。全長4465mmの比較的コンパクトなボディを持ち、フロントに4.0リッターV型8気筒ガソリンツインターボ・エンジンを搭載して後輪を駆動する。DBシリーズ(DB11やDBS)とことなり、完全なふたり乗りだ。
アストンマーティンはこのヴァンテージを、ル・マン24時間を含めてさまざまなレースで走らせてきた。今回の「F1エディション」は、「フォーミュラ 1のオフィシャルセーフティカーとしての重責を担うため、(標準モデルより)さらにパワフルで俊敏、さらにレスポンシブでエキサイティングなクルマにする必要が」あるというトビアス・ムアーズ新CEOの肝煎りで作りあげられたモデルである。
メルセデスAMGから供給される4.0リッターV型8気筒ガソリンツインターボ・エンジンは、ベースモデルから25馬力あがった535馬力の最高出力と、685Nmの最大トルク(従来と同じ)を発生。8段オートマチック変速機が組み合わされている。「シフトアップ時のトルク損失が最適化され、シフト時間が短縮され、ダイレクト感と正確性が向上」したことが謳われる。
ステアリングフィールとレスポンスを向上させるのも、開発チームのタスクのひとつだったそう。シャシー強化、サスペンションシステムにおけるスプリングとダンパーの見直し、ピレリと専用タイヤの共同開発と範囲は広い。
くわえて、車体の空力も改善。フロントスプリッター、フロントダイブプレーン、アンダーボディ・ターニングベーン、新しいリアウィングなどからなる専用のエアロキットのおかげで、最高速度におけるダウンフォースでは、標準仕様のヴァンテッジよりも全体で 200kg多いそうだ。
「ベーングリル」と呼ぶ専用フロントグリルやボディ各所の2バイ2 ツイル・カーボンファイバー・エクステリアディテール、反射防止のためボンネットに張られたマットブラックのデカールなどの専用グラフィック、 4 本出しエグゾーストパイプ、さらに、新デザインのサテンブラックの 21インチ軽合金ホイール、といったぐあいだ。
大型化したフロントスポイラーと大径タイヤからしても、このクルマの居場所として設定されているのは、公道でなくサーキットと知れる。車体色にしても、試乗したモデルは、アストンマーティン・コグニザント・フォーミュラ 1チームの F1 マシンおよびフォーミュラ 1オフィシャル・セーフティカーカラーを模したもの。「アストンマーティン・レーシンググリーン」と呼ばれる。
0-100km/h、3.6秒!
F1イメージが色濃く打ち出されているのは、スポーツカー好きにはうれしい。今回乗ったのはクーペモデルだ(ロードスターの設定もある)。じっさいに、加速性はすばらしい。
静止状態から100km/hまで3.6秒しかかからないのだから、ふさわしい場所で、かつドライバ−がその気になれば、ロケットのような加速が味わえるはず。試乗のときには雨の一般道という悪条件だったため、片鱗がちら見えしただけだったのが、なんとも残念だ。
独特の四角型のステアリング・ホイールはグリップ部分が滑りにくい人工スウェード巻き。親指で操作するドライブコントロールで、「スポーツ」「スポーツプラス」それにサーキットを意味する「トラック」が選択できる。はっきりいって、市街地でも自動車専用道でもスポーツで充分。
1000回転からもりもりと力を出すエンジンは、車内に響き渡る中音域を強調したサウンドとともに、加速性で心がとろけるような感覚を味わわせてくれる。100km/hまでを3.6秒で加速できるから、瞬発力を求められる場面はもちろん、それ以外でも、運転を楽しめる。
ステアリング・ホイール背後の、上下に長く操作しやすいパドルを使ってマニュアルシフトするのが楽しい。2000回転、3000回転、4000回転……と、エンジン回転を上げていくときの加速感は、アストンマーティンじしんの言葉によれば「シフトアップ時のトルク損失が最適化」されているおかげで、まさにシームレスだ。
トルクが途切れて一瞬でも力不足を感じるというような場面は訪れないし、シフトアップにともなるショックはない。法定速度内での加速でも、自分の足とエンジンが直結しているかのようなみごとな感覚は、じゅうぶんに楽しめると思う。
タイトなインテリア
リアサスペンションは、スプリングレートと横方向の剛性を強化したという。鋭いターンインの実現と、バンプを乗り超えるときのトラクションの確保がめざされている、と、説明される。
たしかに、そのとおりの印象だ。足まわりはさすがに硬めであるものの、多少の荒れぐらいでは路面からタイヤが離れることはなく、追従性をしっかり確保して、強力な駆動力が発揮できるように感じた。いっぽう、長い距離のツーリングでも疲労感はさほどでもなさそうだ。
ステアリングへの入力に対するレスポンスと、ステアリングフィールの改善も、重要な課題だったという。とくに、路面からのフィードバックに心を砕いたと説明される。そこでは前が255/35、後ろが295/30という21インチのピレリPゼロタイヤの貢献も“大”だそう。「グリップの詳細な状況をドライバーが感じることができるようになっています」と、アストンマーティン。
インテリアはあえてタイトに。私はアストンマーティンのスポーツカーに乗ると、いつも、わざとタイトに仕立てるメンズ・スーツを連想する。F1エディションも同様で、“着ている”という表現がよく似合うつくりだ。スイッチ類はやや煩雑。とはいえ、使い勝手は慣れの問題だろう。
ヴァンテージF1エディションには、新しく「オブシディアン・ブラックレザー」と「ファントム・グレー」のアルカンターラ張りのトリムが設定された。くわえて、ライムグリーン、オブシディアン・ブラック、ウルフ・グレー、スパイシー・レッドといったコントラスト・ストライプとステッチングを選択できる。
価格は、クーペが2346万円、ロードスターが2451万円。クーペで2300万円超になるものの、手がくわえられた箇所を考えれば納得のプライスだ。
文・小川フミオ 写真・安井宏充(Weekend.)
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