不思議と愛着がわいてくる、ロンドンの「TUBE」
ロンドンの地下鉄のホームは、筒状にくり抜かれていました。そんなホームに立っていると、その形状に合わせた形をした地下鉄の車両がゴオオオと音を立てて入ってきます。長い長い時間がそこに流れているような気がして、少しばかり不便でも、日本と違うルールに驚いたりしても、わたし(筆者:伊藤英里)はロンドンの地下鉄が好きなのです。
わたしがここまで数多くロンドンの地下鉄に乗ったのは、2023年のことです。MotoGPの取材のために、2023年の約6カ月間、ロンドンに滞在していたからです。今は慣れてきたロンドンの地下鉄文化も、思い返してみれば最初は驚いてばかりだったような気がします。
例えば、駅のホームに電車が入ってきて、まだ停止しきらないうちにドアが開くことがあります。そして、乗客はそれが当然と言わんばかりに、まだ少し進んでいる車両からひょいとホームに降りていくのです。
最初のころは何かのミスかと思ったのですが、何度も地下鉄を利用するうちに「異常なことでもなんでもない」と知りました。おまけに停止もスムーズとは言い難いものだったり、座席のクッションがすっかりへたっていたりするので(車両自体、古いものが多いようです)、座っていて腰が痛くなること、多々。そんなちょっとした不便も、何度か乗るうちに慣れてしまうのですけど。
ロンドンの地下鉄は「Tube(チューブ)」とも呼ばれています。「その名の由来になっている通り、チューブのようなトンネルの形状の中を走っているから」だそうですが、そうと知らずとも地下鉄のホームに降り立って「チューブ」と呼ばれる理由がすぐにわかるほど、筒状です。
チューブの中を走るように、車両も前から見ると上部が丸みを帯びています。そして、車両の幅がかなり狭く、天井も低め。向かい合わせに設置された座席と座席の間に、人が立てるスペースは、ほとんどありません。イギリス人は日本人より大柄な人が多いのですが、窮屈ではないのだろうか、とチューブを利用するたびに思っていました。
ロンドンの地下鉄の歴史はかなり古くて、世界で最初の地下鉄は1863年に開業したのだそうです。車両もホームも駅も、歴史を感じさせるものが多いです。古い歴史を持つチューブでは、ある程度の不便は仕方ないのかもしれません。
利用するうちに、わたしもそんな古くてガタガタと音を立てるチューブに、「こうじゃなきゃ」という不思議な愛着が湧いていました。ただ、2022年に開通したエリザベス・ラインの駅やホームは広くてきれいです。当然ながら、車内も広めでした。
そして、車社会と言われるイギリスでも、ロンドンの朝は地下鉄のラッシュがあります。車両の狭さが理由のひとつなのか。それとも時間を守るという感覚が日本人とは違うのか。このとき日本とは違う光景に出くわすことになりました。
スペインGP取材のために、ロンドン近郊の駅からガトウィック空港へ向かった朝のこと。重たいスーツケースを引きずってホームステイ先から最寄りの地下鉄の駅に行くと、ホームでたくさんの人が電車を待っていました。
ロンドンの地下鉄には時刻表という親切なものはありません(あったのかもしれませんが、見たことはありませんでした)。ホームの液晶に表示されるのも、「行先」と「あと〇分で電車が来る」という表示だけです。
ようやくホームに到着した車両は、ラッシュの時間らしくたくさんの乗客を乗せていました。大きなスーツケースを引きずるわたしは心配になりながら乗り込もうとしたのですが、ある程度の人数が乗り込むと、それ以上は誰も乗らないのです。
日本ならぎゅうぎゅう詰めでも乗ろうとするところ、ある程度の余裕がある状態で、ホームにいる人たちはぴたりと止まり、その電車を見送っているのでした。
そんな状況に、苛立つ人は誰もいません。駆け込み乗車をする人もいません。「なるほど」と、わたしは思いました。「時間の感覚が違うのだなあ」。わたしは2本ばかり見送って、ようやく乗り込むことができました。
ただ、終電や終バスはかなり深夜まで運行していて、「都心ではどの国も同じようなものなのだな」と、感じたものです。
スーパーマーケットも、ホームステイ先周辺では22時頃まで営業していました。ただ、日曜日やバンクホリデー(日本で言う祝日)は別です。
自炊するためによく行ったスーパーマーケットも、18時くらいで閉まってしまいます。フリーランスゆえか曜日感覚が希薄なわたしは、これに慣れるのはなかなか難しかったです。日曜日であることを忘れていて買い物に行きそびれたり、日曜日に外出から帰ってきてスーパーマーケットがどこも閉まっていたり、といったことがよくありました。
と言っても、以前は日曜日はクローズだったそうで、次第に便利になっているのだと、ホームステイ先のファミリーが言っていました。
イギリスの地下鉄は、日本のそれとは違う状況ばかりでした。不思議なことに、それらを感じることが楽しいのです。日本の電車はとても快適なのに、「またロンドンのチューブに乗りたいなあ」と思っているのですから、不思議なものです。
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