自動車は走れば何でもいい。そう考える人は多いし、間違いでもない。しかし、自動車の個性が薄くなり、EVやカーシェアリングが普及する「今」だからこそ、クルマに「遊び」や「冒険」を求めたい。伊達軍曹が贈る攻めの自動車選び。第13回はプリミティブなフィールが心を揺さぶる、ポルシェ911(930型)を届けしよう。
プリミティブなフィールが“現代人の何か”を揺さぶる
神話になれなかった男。アレッサンドロ・デ・トマソ──イタリアを巡る物語 VOL.02
郊外や地方都市に住まうのであれば話は別だ。しかし東京あるいはそれに準ずる都市に住まう者にとって、「実用」を主たる目的にクルマを所有する意味はさほどない。
そんな状況下で「それでもあえて自家用車を所有する」というのであれば、何らかのアート作品を購入するのに近いスピリットで臨むべきだろう。
すなわち明確な実益だけをそこに求めるのではなく、「己の精神に何らかの良き影響を与える」という薄ぼんやりとした、しかし重要な便益こそを主眼に、都会人の自家用車選びはなされるべきなのだ。
そう考えた場合におすすめしたい選択肢のひとつが、1974年あるいは1978年から1989年まで製造販売されたドイツ産のスポーツカー、930型ポルシェ911である。
あまりにも有名なクルマゆえ、過剰なご説明は不要だろう。1964年にデビューした初代ポルシェ911(901型)の発展型であり、初代同様に空冷式の水平対向6気筒エンジンをリアに搭載。そして初代同様のフロッグアイ(カエルの目のようなヘッドランプ)を採用している。
まずは1974年に930型の911ターボが登場したわけだが、自然吸気モデルは901型のままでありつつも「ビッグバンパー」と呼ばれる大型バンパーを装着する改変を行ったことで、この年式から微妙に930と呼ばれるようになる。そして1978年モデルからは自然吸気版のほうも930型に移行した──というのが、930型のかなり大まかなヒストリーだ。
その930型911に2020年の今、乗ってみようじゃないですか。なぜならば、それはとってもココロに効くからです──というのが本稿の主旨である。
そしてなぜ930型ポルシェ911が人間の心に良き影響を与えるのかといえば、一般的な水冷式とは異なる空冷式エンジンならではのビートと音、そしていわゆる電子制御的なモノが皆無であるゆえのプリミティブなドライブフィールが、現代人の奥底にある貴重な何かを静かに、あるいは激しく揺さぶるからである。
……以上をもって、早くもこの原稿を終えたい気分ではあるのだが、そうもいくまい。なぜならば、上記の文章からは必然的に以下の問いが導き出されてしまうからだ。
初代や964型ではダメなのか?
「930型じゃなくてその1コ前のやつ、つまり初代911ではダメなのか? あるいは1世代後の964型と呼ばれるアレではダメなのか? 」
以降の文章は、この2つの問いに答える形で進めていきたい。まずは最初の「初代911じゃダメなのか? 」についてである。
今にして思えばかなり細身なボディであったことから「ナローポルシェ」とも呼ばれる初代ポルシェ911。間違いなく名車である。そして名車であるがゆえに、買ってダメなはずがない。もしもお買い求めになりたいのであれば、どんどんお買いになればよろしい。
porsche-911-type-930-1.jpgだがナローポルシェを手に入れるには、今やかなりの金子が必要だ。
10年か15年ほど前までは、ちょっと気の利いたナローであっても300万円か500万円ぐらいの予算があれば入手することも可能だった。
しかしその後、ヤングタイマー(ちょっと古いクルマ)ブームの影響をモロに受けた初代911の相場は高騰。現在は、まぁ「ASK(価格応談)」ばかりで今ひとつ明確ではないのだが、取材によれば、コンディション良好な個体は「1200万から2000万円ぐらい」といったニュアンスであるようだ。
これをポンと支払えるお大尽はお買い求めになれば良いと思うが、一般論としてはなかなか難しいはず。そういった意味で、初代911は残念ながら検討対象から外れるのである。
では930型ポルシェ911から見て1コ後のやつ、すなわち964型と呼ばれる1989~1993年の空冷モデルでは「ダメ」なのか?
無論、これまたダメであるはずがない。
素晴らしいスポーツカーであり、実用車でもある。そして高騰していた相場も最近は若干だが落ち着きを見せ、一般的なカレラ2のティプトロニック(AT)であれば500万円台から、人気の5MTであっても600万円台からなんとか探せる。高いは高いが、イケるといえばイケる金額であろう。
それゆえ964型ポルシェ911は、空冷世代の911を求める人には確実に推せる選択肢だ。さらにいえば相場が手頃(?)なだけではなく、964型からはステアリングにパワーアシスト機能が付き、空調はクーラーから「エアコン」へと進化。さらには前述のティプトロニックという4速ATも用意された。そのため964型は、それまでの911と比べれば格段に乗りやすいクルマへと変貌したのだ。
もしも貴殿がポルシェ911というクルマを頻繁に、それこそ週末の買い物やお出かけなどは当然として、平日も通勤などに使うのであれば、おそらくは964型またはその次の993型911こそが、空冷ポルシェ911としてはベストな選択肢だろう。なにせ普通に乗りやすく、しっかり整備しておけばそう簡単には壊れず、それでいてクラシカルでプリミティブなフィールも味わえるのだから。
だが「乗りやすい」というのは、実用ではなく趣味の活動として見る場合には諸刃の剣となる。
つまり「扱いやすいのは結構だが、扱いやす過ぎて若干物足りない」と思ってしまう可能性もある、ということだ。
しかし930型であれば、その恐れはほとんどない。
930型は「程よいぐらいのハードモード」
もちろん930型ポルシェ911はさほど気難しい類のクルマではない。だがそれでもノンパワーアシストのステアリングを回すのは、なまった身体にはけっこう難儀であり、吹け上がりと回転落ちの双方がやたらとシャープなエンジンを、クラッチ操作と連動させながらスムーズに美しく操るには、それなりの練度が必要となる。
つまり930型は、男として(いやもちろん女性でも構わないのだが)挑戦しがいのあるクルマであり、ややハードモードであるがゆえに、ひとたび征服できたあかつきの歓びは、イージーモードな何かと比べればはるかにデカい──ということになるのだ。
無論、ハードモードすぎるクルマに毎日乗るのは、ある種のマニアックな人を除けば、基本的には苦痛なことである。
だがあいにく930型ポルシェ911はそこまでのハードモードではなく、「程よいぐらいのハードモード」といったニュアンスである。それゆえ、そこについての心配はさほどいらない。
また930型ポルシェ911に「毎日乗る」という人もかなりの少数派であろう。「たまに乗る」というのが、多くの人にとっての930型911との付き合い方であるはずなのだ。
であるならば、多少ハードモードであっても良いではないか。否、むしろ多少はハードモードであったほうが、より楽しいではないか。
そうであるがゆえに今、930型ポルシェ911をあえて推したいのだ。
現在の相場は──もちろん個体に応じて千差万別であり、高いやつは果てしなく高いのだが──500万円台スタートといったところ。
安くはないが、イケないこともないという、まるで挑戦状のようなプライスである。
文・伊達軍曹 編集・iconic
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みんなのコメント
信用出来る記事になっています。
全てが丁度いい。
クラッシク度・壊れない・普段使いできる(クーラーも自分で直せる簡単さ、直せば余程暑くなければ耐えられる)ダイレクトだけどしなやかトーションバー・踏力によって調整出来るブレーキ。
やっぱり何と言っても自在にオーバー(タックイン)を持ち込めるRRの特性(諸刃の剣ですが)
下手にリアの荷重が抜けると対応できず、スピンなんて事もありますが。
こんな車で何とか手が届くのは930くらいだと思います。