「やたら車高が低く、乗り降りがしにくい」という意見
開発開始からわずか8カ月という猛スピードで、試作1号車の完成にこぎ着けたTOYOTA 2000GT開発プロジェクト。1965年秋の第12回「東京モーターショー」で試作車が一般公開され、大きな反響を呼んだ。
シートに座ったまま路面でタバコの火が消せる! トヨタ2000GT、苦心のドライビングポジション【TOYOTA 2000GT物語Vol.14】
続いて、1966年5月の第3回日本グランプリ3位入賞、スピードトライアル、そして映画『007は二度死ぬ』のボンドカー製作とTOYOTA 2000GTの話題は絶えることなく、ついにデザイナー野崎喩の描いたデザインが、ほぼそのまま市販化されることになった。しかし、そういった華やかな話題の裏に、デザイン変更を余儀なくされる問題が生じていた。
1965年の第12回「東京モーターショー」に展示されたTOYOTA 2000GTの試作車。フロントピラーが明らかに下の写真の生産試作車より後ろにあり、フロントウインドウがサイドまで回り込んでいるのがわかる。 TOYOTA 2000GTは、第12回「東京モーターショー」に展示された試作車と翌1966年の第13回「東京モーターショー」に展示された市販間近の試作車、そして実際の市販車の間に外観上の差がいくつか存在する。
リトラクタブルヘッドライトの形状変更、フロントグリルとフォグランプ枠のデザイン変更など細部のブラッシュアップを経てそのまま市販化されたように見えるが、実は1965年の試作1号車と、それ以降のクルマの間ではフロントピラーの位置が変更されていたのだ。
開発過程でのデザイン作業が進み、線図から木型の1/1モックアップが出来上がった時点で、トヨタのトップによる審査が行われた。外形は木枠を組んだ格子状のグリッド・モックアップだったので、スタイルの評価はしづらく修正意見は出なかった。ところが、室内のモックアップで問題が生じた。
「やたら車高が低く、乗り降りがしにくい」という意見が多く示されたというのだ。普段、普通の乗用車しか乗ったことがない人たちが、見たこともないほど低い車高の室内モックアップに触れて、そういう感想を持ったとしてももっともなこと。
自動車メーカーにとって、お客様であるユーザーに不便を強いることは悪いことだという思いがそうさせたとも考えられるが、走行性能を優先するスポーツカーのデザインとの間にそのようなギャップがあったのは不幸なことだった。デザインの修正を命じられた野崎は当然反発したが、河野二郎開発主査になだめられ、「寝過ぎたフロントウインドウを起こせ」と命じられたという。
試作1号車とアルミボディの331Sは原案通り
野崎は、最終的にフロントピラー位置を前方へ30mm移動することで対応した。フロントウインドウとサイドウインドウガラスの相関線を構成していたフロントピラーをフロントウインドウ側に移すことを決めたのだ。
サイドウインドウに採用された1500Rの曲面ガラスは、フロントピラーを相関線としてフロントウインドウと一体化し、空力的にスムーズな球形に近いキャビンを構成するようデザインされていた。それによって空気の流れを上方と横方向に分散させ、ルーフ後半のリフトを抑制するのが野崎の考えだった。そのため計算し尽されたのが、フロントピラーの位置と角度。それを変更するのは断腸の思いだったに違いない。
ワイヤーホイールを除けば市販車とほぼ同じ外観の生産試作車。初期の試作車と比較するとフロントピラーの位置以外に、フロントグリル、リトラクタブルヘッドライト、フロントフェンダー、ドア形状、ドアハンドルなど数々の相違点を見つけることができる。しかし、この判断には「甘さがあった」と野崎自身、後に後悔の念を述べている。図面上では単なるピラーの移動だったが、生産技術上、極めて高度な製品精度を要求することになったというのだ。「実車ではモールが不自然な位置で折れてしまい、アッパーキャビンの立体的な構成が崩れて、緊張感が緩んでしまった」と野崎は語っていた。
この開発プロジェクトが始まる前に野崎が留学したアートセンター・スクールの恩師に「よくできたデザインだが、1ヵ所だけミステイクがある」と、この点を指摘されたという。
市販されたTOYOTA 2000GTの端正で完成されたデザインを見ると、そんな修正が加えられていたとはとても思えない。試作1号車と市販車の側面写真を並べて比較しないと分からないほどのわずかな差だ。
細かく観察すると、試作1号車のフロントピラーのほうが確かに寝ているように見えるし、サイドウインドウの大きさもやや小さい。総体的に試作1号車は、よりロングノーズでキャビンがコンパクトに見える。
ここでひとつ疑問が残る。トップが審査したモックアップは、当然、試作車を作る前の段階のもの。そこでデザイン変更の指示があったなら、試作1号車もそれに沿って変更されたはず。しかし、実際に作られた試作1号車のピラーは当初の位置だった。
開発スピードがあまりにも速く、試作1号車の完成を急ぐために修正が反映されないままだったのか、それともデザイナーの意地で試作1号車だけに痕跡として残されたのか…。57年前の現場の葛藤を垣間見るようだ。
第3回日本グランプリに出場したアルミボディのレース仕様車331Sは、試作1号車と同じピラーの位置を採用していたことが、当時の写真からわかる。また、世界記録を打ち立てたスピードトライアルカーは、試作1号車をベースに製作されたのでピラーの位置が後ろにあり、サイドウインドウが小さい。
しかし、後年に製作されたトライアルカーのレプリカは、種車がシェルビーレーシングの走らせたレーシングカーとはいえ、もともと市販仕様がベースとなっていた。そのため、ピラーの位置までは再現できていなかったのだ。(文中敬称略)
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みんなのコメント
その当時のデザインの修正ってほんの僅かでも今のデータを弄るだけで済むなとは違って大変だっただろうね。
Zなんかもそうだけどその当時のデザイナーって気骨がある。