ホンダとトヨタは燃料電池車普及のアプローチが異なる
レーシングドライバーであり自動車評論家でもある木下隆之氏が、いま気になる「key word」から徒然なるままに語る「Key’s note」。今回のキーワードは「燃料電池車」です。なぜホンダはSUVでトヨタはセダンなのか、分析したいと思います。
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ホンダのFCEVには26年の歴史がある
ホンダが開発したプラグイン燃料電池車「CR-V e:FCEV」が登場しました。やや意表をつかれたのは、ベースモデルがSUVだったことです。
次世代の環境車にふさわしいパワーユニットは燃料電池だとしているトヨタは、「カムリ」級サイズのセダンをベースに、正統派セダンの「ミライ」をデビューさせています。ホンダはSUV。トヨタはセダン。普及への道筋、アプローチが異なりますね。そこからは両社の、燃料電池車戦略が透けて見えるのです。
そもそもホンダは燃料電池車の開発をSUVでスタートさせています。2002年に世界初の「FCX」を日米同時発売しています。これもSUVでした。ただ、2008年にリリースした「FCXクラリティ」は「アコード」似の5ドアセダンにスイッチ。2016年の「クラリティ フューエルセル」もその相似形でもあるセダンで開発を続けています。
もっとも、2024年になってふたたび、SUVとなって登場したのです。
ホンダのFCEVはすでに26年の歴史がありますが、SUVからセダンになり、再びSUVに回帰。時代の流れを読みつつ、戦略を柔軟に整えてきたと解釈できます。迷走というよりは、時代感度が高いのではないかと僕は想像しています。
水素ステーションは4大都市圏に集中
では、なぜホンダはSUVでトヨタはセダンだったのか、その理由を想像するのは簡単でした。総じて言うならば、ホンダは我々一般車をターゲットにすることで普及を狙ったためであり、トヨタは官公庁への納入を目的にしているのではないかと想像できるのです。
燃料電池車は、搭載する水素を大気中の酸素と化学反応させ、発生する電気によりモーター駆動させる乗り物です。究極の環境車として期待されていますが、期待されるほど普及は進んでいません。その理由は明白です。燃料補給のための水素ステーションが限られているからです。
水素ステーションはほぼ4大首都圏でしか運用されていません。関東、中京、関西、九州で157箇所を占めており、その他は28箇所です。
一方、BEVやプラグインハイブリッドのための急速充電施設は全国に2万1000箇所あります。ガソリンスタンドはさらに2倍が運用されています。その数から想像できるように、燃料電池車の普及を阻んでいるのは、水素ステーションが不足していることです。燃料が入れられません。普及するはずもありませんよね。
という環境の中でのトヨタの策は、官公庁への納入です。あるいはショーファードリブン的な要素の強い、大企業の送迎車としての納入をターゲットにしているのです。
官公庁をメインに普及を急ぐトヨタ
公用車や役員車は、専属の運転手が管理していることもあり、さらに運行ルートが定められています。あらかじめ航続距離の計算が立ちますから、水素ステーション難民になる可能性は低いと言えますね。
しかも、官公庁には不思議な条件があります。「納入する公用車はセダンを推奨する」と明文化されているのです。ボディカラーにも指定があるようです。いまでは民間企業の役員やセレブはこぞってミニバンに乗るようにはなっていますが、官公庁はいまだに旧態依然の風習にとらわれているのですね。
役所をディスるのはここで留めておきますが、そんな理由もあり、官公庁をメインに普及を急ぐトヨタは、セダンでの開発をスタートさせたのです。そうでなければ、セダンにしたことの整合性が理解できません。燃料電池車には巨大な水素タンクが必要です。車内スペースを侵食します。それが証拠にミライは、ショーファードリブンであるにも関わらず、後席は驚くほど狭くなっています。役員や大臣のための公用車としては資質を欠きますね。だったらスペース効率の高いSUVが理想のような気がしますが、それでもセダンにこだわったことから、目的が官公庁にあることを想像するわけです。
ホンダの普及の糸口は一般家庭に向けられる
その点でホンダのCR-V e:FCEVは、ベースがアメリカで爆発的にヒットしているCR-Vですから、燃料タンクやバッテリーや、あるいはモーターを搭載するスペースに余裕があります。理にかなっています。官公庁の「セダンに限る」に抵触しますから、普及の糸口は一般家庭に向けられる。ただし、それでは水素ステーション不足の問題がたちはだかる。なので、電力補給が可能なプラグインとしたのです。
逆に言えばトヨタは、官公庁狙いだからプラグインの必要はないのかもしれません。というように、ホンダとトヨタは、燃料電池車普及のアプローチが異なるのです。じつに興味深いですね。
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みんなのコメント
当のトヨタ自身、水素FCVの普及はまだまだ先の事、という判断だったという事になる。公用車、しかも高価格のセダンだから一般職員が通常の業務に多用する車ではなく首長などが乗る車だったのは明らか。水素充填ステーションが非常に少なく当面拡大の見込みも無い事も織り込み済だったろう。
その事自体は別にいいのては。HVでCAFE規制には世界で最も有利。次世代自動車の時代は2〜30年先だからそれまではHV、PHVで繋いで水素FCVもEVも時間をかけてじっくり開発する。それがトヨタの企業戦略ならそれで良かったろう。
問題は、「全部本気」はその通りでも「実現時期は当面先」を自動車雑誌をはじめとするマスコミが絶対に言わない事。言わないどころか別の戦略をとる他社の粗探しばかりで「EVがいかにダメなものか」にした風潮。単なる車の動力源とは考えていないテスラなどにはどんどん離されるだけ。