小さな車こそ、デザインが大事、だと僕は常々考えている。街が綺麗に見えるか、大人びて見えるかは、日常使いの小さい車のデザインレベルにかかっていると思う。今回取り上げるのは、ルノー・サンクとフィアット・ウーノ。どちらも傑作デザインである。TEXT●難波 治(NAMBA Osamu)
職業柄「お好きな車をお聞かせいただけますか」という質問を自動車誌の編集者からこれまで何度も受けてきた。だが僕はその質問の意図がどこにあるのかいつもわからなかった。彼らはいったい僕の何を知ろうとしてこの質問を投げてくるのかが理解ができなかったし、さらにはどう答えるのがこの質問に対する正しい回答なのかわからなかった。
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例えば「フェラーリ250LMですかねー」であるとか「911でしょう。もちろんナローですが」というような喰いつきやすい名前か「アルピーヌA110がいいですね」というような少々濃い目の車名が出てくることを期待されていたのかもしれない。そこから「僕」というデザイナーを「型」にはめて分類したかったのだろうか。
いずれにしても残念ながら僕には沢山の好きな車が存在するし、そもそも自動車のデザイナーをやっているのだから「自動車が好きです」としか本当は答えようがなかったのだが、しかしそれでは少々失礼だろうと思い、気の利いた答えのために必ず決めていた車が実はあった。
それはルノー5(2世代目でシュペールサンクと呼ばれていた時代のもの)とフィアット・ウーノである。(しかもウーノの場合は『5ドアの方』という注釈を付けて)果たしてこの2台の名前を挙げるとほぼ全員、どの編集者もきまって「え?」という顔をしたのを覚えている。確かにつまらない期待はずれの回答だと僕でも思うが……。
実はこの両車は1984-85年くらいの同じ時期に登場していて僕がカーデザイナーとして働き始めて数年後、ようやく車の造形についてのイロハがなんとなく見え始めていた頃だったので大いに衝撃を与えられ、僕のカーデザイナーとしての基礎を教示してくれた大切な2台なのである。
当時は自動車に課せられた衝突安全要件も今ほどは厳しくない時代で、大衆向けのサイズの小さな車は本当にコンパクトに作ることができていた。おまけに軽く作られていたから排気量の小さなエンジンでもキビキビと元気よく走った。だから車を無駄に大きくすることは許されなかったので、デザイナーとしてはデザインのために自由になるデザインしろの余裕がないコンパクトカーのデザインは簡単ではなかったのだが、そんななかでこの2台はとても良くデザインされていた。
今回もまたクルマのスタンスの話になってしまうが、サイズの大きな車、特に全幅のある車は踏ん張りの効いた安定感あるスタイルを構築しやすい。全高に対する全幅の比率を考えてもらえば理解しやすいと思うが、乗用車の車の高さにはそんなに大きな差がないので幅のある車の方がカタマリとして安定しているように見えるし、事実トレッドも広く設定できるのでボディとタイヤの相対的なバランスの良い見せ方が可能になる。とにかく車は駆動力をタイヤを介して地面に伝えて走る乗りものなので、ボディに対するタイヤの位置取りはとても大切なのだ。車のスタイリング構築のうえでもっとも大切だと言ってもよいくらいだ。(プロのデザイナー同士では、基本的なアーキテクチャができている、とかできていない、とか表現する)
そこでデザイナーはタイヤを出来るだけ外側に、ホイールアーチを形成する外板のツラまで出して欲しいとエンジニアにお願いをするのだが車体の構造上の限界や溶接の要件があったりしてなかなか簡単にはタイヤは外へ出てくれない。またサスペンションの形式にもよる。どのようなサスなのかによってタイヤの暴れ方も違ってくるし、さらには雪道でタイヤチェーンを装着してフルバンプまでも想定しその時にもタイヤとボディが干渉しないようにしなければならなかったりして、タイヤを外側にセットするのはどんどん難しくなってゆく。それだけに車幅のある車の方が絶対値としてトレッドを広く取れるので安定感あるスタンスを構築しやすくなるのだが、小さな車だって工夫次第でスタンスを良く見せることは可能だ。
キーは4つのタイヤの位置と車の前後の絞り込みカーブの量の関係にある。人が普通に車を観察(鑑賞)する距離において《いかにタイヤが最外側にあるように見せられるか》それができるかどうかだ。そこで前号で紹介したボート理論を少し登場させよう。車体のW/B間(前輪から後輪までの間)のボディは、中に人が乗るのでほぼズン胴に近いがFOH(フロント・オーバーハング)部やROH(リヤ・オーバーハング)部は車幅の変化がつけられると説いたと思う。
RENAULT 5(Super 5)
■RENAULT 5 3door
全長×全幅×全高 3590×1590×1400mm
ホイールベース 2407mm
トレッド Ⓕ1323mm/Ⓡ1280mm
タイヤ 155/70R13
具体的には人が車を見るときには車から50メートル離れて望遠レンズで撮影したような遠近感のない図面のようなベタなシルエットはなかなか見ることは出来ない。例えばクルマを真後ろから見るとしよう。普通に車を見る距離では人の目の幅の何倍もの広いモノを見るのであるから必ず視界の中で車は見切れてしまう。そのときにタイヤがいかにも外側にあるように見えれば良いのだ。
だからFOH部とROH部におけるボディの“絞り込み方”がモノを言う。車体は基本的にストロークの長い大きな曲率を持ったカーブで構成されているが、それをさらにタイヤを越えたあたりからもうひとしぼりするのだ。そうすると後方からクルマを見ている人の目にはホイールアーチ部分が最も外側に位置しているように見えるから(カタチが見切れる部位が大体その辺りになるので)、タイヤがギリギリボディに張り付いていなくてもそこそこ安定したスタンスを表現することができる。
ルノー5は全幅が1590ミリ。ウーノは1560ミリだ。最近のコンパクトカーは全幅が1650~1690ミリはあることを考えるとそれよりも100ミリ程度車体の幅が狭いのだが両車とも全くそう感じさせないほどスタンスが良い。しかもウーノはパッケージの効率を高めるために1420ミリの全高を持つのだが不安定に見える要素などまったくない。
また、どちらの車も諸元値ギリギリまで寸法を使って室内スペースも確保しているのだ。これこそがスタイリングの構築方法の素晴らしい例であり基本中の基本、大原則であり、アーキテクチャのしっかりとしたデザインの例なのだ。
これがキチンとできているとクルマをスリークォータービューで見たとき、フロントクォーターからはリヤタイヤ(リヤホイールアーチ)以降がスッと消えて見えなくなるし、リヤクォーターから見たときにはフロントタイヤ(フェンダー)から前はほぼ何も見えずタイヤが踏ん張っているように見えるのである(街を走るクルマをチェックしてみるのは楽しいですよ!)。
クルマは物理の法則で運動しているので、前後車軸より外側(FOH/ROH)はできるだけ質量を持たない方が運動性が高い。その法則とカタチには通ずる部分があり、人はそれをなぜか直感的に感じ取るのである。
5もウーノもこの優れたアーキテクチャをベースに徹底的にシンプルにデザインされていてとても気持ちが良い。着飾るための無用なモチーフも一切使用していない。目くらましの誤魔化しなしの極めて洗練度の高いデザインである。本当に必要なモチーフだけに研ぎ澄ませてデザインをしている。また両車ともにパネルドアを採用していて窓周りも非常にクリーンに仕上がっていてとても綺麗だ。そして両車ともとても良く売れた。
大衆車は街中に溢れ活発に走り回るので、小さな車こそデザインが大事だと僕は常々考えている。街が綺麗に見えるか、大人びて見えるかはこういう日常使いのクルマのデザインレベルがいかに高いかにかかっているとつくづく思う。
自動車デザイナーとして半人前以下の発展途上だった僕が「大いに衝撃を受けた」理由をわかっていただけただろうか。パッと見たカタチのイメージはサイドビューで表現するが、それを陰で支え立体として最大の効果をもたらすのがプランビューの計画なのである。だから平面図は面白い。独り言を呟きながら平面図を見ていたりするのである。
小さいクルマの楽しさは、新しい造形のトライができることにある。寸法が短い・小さいのでもともと「愛らしい」可愛さのバランスをもっているからいろいろできる。一方で小さいクルマの難しさは(最近特にそうなのだが)‘’ 安全・安心‘’ に対する不安感をどうやって造形で払拭できるかだろう。ハイブリッドもEVも特別な選択ではない時代はそこまで来ている。日本車が世界に発信し生き残る部分がそこに集約されているとするならば、ぜひジャストサイズのセンスの良い洒落た自動車をデザインしてもらいたいと願う。日本が綺麗になり、世界が綺麗になる。
ところでこの両車だが、ウーノがジウジアーロの作品であり5がガンディーニの作品である。それぞれの「らしさ」がとても良く出ている。僕はガンディーニの洗練されたエレガンスさが際立つルノー5が好きだが、読者の皆さんはどうだろうか。
ナス紺色の5はとてもとても綺麗なのです。
FIAT UNO
■FIAT UNO 5door
全長×全幅×全高 3645×1560×1425mm
ホイールベース 2285mm
トレッド Ⓕ1340mm/Ⓡ1300mm
タイヤ 155/70R13
難波 治 (なんば・おさむ)
1956年生まれ。筑波大学芸術学群生産デザイン専攻卒業後、鈴木自動車(現スズキ自動車)入社。カロッツェリア ミケッロッティでランニングプロト車の研究、SEAT中央技術センターでVW世界戦略車としての小型車開発の手法研究プロジェクトにスズキ代表デザイナーとして参画。94年には個人事務所を設立して、国内外の自動車メーカーとのデザイン開発研究&コンサルタント業務を開始。08年に富士重工業のデザイン部長に就任。13年同CED(Chief Executive Designer)就任。15年10月からは首都大学東京トランスポーテーションデザイン准教授。
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