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われわれが楽しくモノづくりをすることで良い製品ができ、使う人の生活に楽しみと豊かさを提供できると思っています【株式会社 昭和トラスト 取締役 副社長 飯岡智恵子氏:TOP interview】

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われわれが楽しくモノづくりをすることで良い製品ができ、使う人の生活に楽しみと豊かさを提供できると思っています【株式会社 昭和トラスト 取締役 副社長 飯岡智恵子氏:TOP interview】

名門トラストの復活

「トラスト」と聞いて、1980年代のトラストレーシングチームのポルシェ956が真っ先に思い浮かんだ人もいるだろう。また、サブブランドである「GReddy(グレッディ)」とともにスポーツカーのチューニングパーツが真っ先に連想される人もいるはず。トラストは日本のレースシーンはもちろんのこと、チューニングパーツの開発と製造、そしてその歴史を語るうえで欠くことのできない名門なのである。そのトラストが2008年に民事再生の適用を申請したことを覚えている方も多いだろう。現在は社名もあらたに「昭和トラスト」と変更し、しばらく控えていたプロモート活動も復活。カーイベントなどへも積極的に出展を行っている。そうしたカスタマーとのタッチポイントには、現場を切り盛りをする女性の姿があった──今回、お話を伺った飯岡智恵子さんである。

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幼い頃からスポーツカーが「カッコいい!」

チューニング業界は男の世界というイメージがある。それは男性は幼い頃からミニカーなどで遊ぶことで、自然とクルマが身近な存在であるからだろう。飯岡さんにもそうした幼少期からクルマに接する機会が多かったのだろうか。

「実家は千葉なんですけど、代々大工の家系でして、父が長男なので跡を継いだんですね。でも本当は、自動車整備士になりたかったそうなんです。父はクルマが好きだったんですね。私が物心ついた頃には、家にはちょっとしたガレージがありました。アルバムを見ると、ボンネットに私が乗せられて撮られている写真がたくさんあるんです。しょっちゅうドライブに連れて行ってもらった記憶も残っています。当時父が乗っていたのは、たぶん初代の三菱のコルトギャランだったと思います。私、とても父親っ子だったので、父がクルマの整備をガレージでしていると、よくその作業を見ていたんですね。すると父は、『クルマに乗る人間はタイヤ交換はできなきゃいけない』とか、『クルマの基本的な構造自体を理解してなきゃいけない』とか、そういうことを幼い私に話すんです。父はオイル交換のような簡単な整備はガレージでやっていたんですけど、『オイルの量を確認するにはここを覗け』とか、『ここのボルトを外すとオイルが出てくるんだ』とか、作業しながら幼い私に説明してくれていたんです。

また、親戚のおじも117クーペに乗っていたりして、週末になるとクルマが好きな親戚がうちの実家に集まって、クルマ談義をすることが結構あったんです。ロータスに乗ったおじや、歳の離れたいとこもサバンナに乗ってましたね。そうした親戚が庭先に集まって、ガレージでお茶を飲みながらクルマの話をするっていうのを小さい頃から見ていたので、クルマの中でもとくにスポーツカーに対しては『カッコいい!』という意識が幼い頃からありました。なので、クルマについては普通の女の子よりはちょっと違った環境で育ったという思いはあります。

ちょうど我々の世代がスーパーカーブームっていうことで、父に連れて行ってもらったスーパーカーのイベントでとても記憶に残っているのは、カウンタックやミウラですね。海外の車高の低いクルマを見る機会は少なかったので……。大人になったら、こういうスーパーカーに乗れるのかな、と思ったりしてました」

飯岡智恵子さんのクルマ遍歴

幼少期から父親の影響でクルマ──とくにスポーツカーに対して憧れを抱くようになった飯岡さん。もちろん免許はMTで……?

「はい、当然マニュアルでした(笑)。当時はマニュアルで取得する人が圧倒的に多かった時代です。18歳になると父親から免許をすぐ取るべきだと言われて……。免許を取ってしばらくは、私がどこかへ出かける際は、家族で使っていた日産ブルーバードを借りて乗っていましたね。

自分で初めてクルマを買ったのが、AE92カローラレビンです。黒とゴールドのツートーンでした。それほどクルマの知識があるわけではなかったので、クルマに詳しい友人に『女の子が乗るんだったらこのくらいの大きさがいいよ』とアドバイスをもらってレビンに決めた記憶が残っています。

友人が神奈川など結構遠方にもいたので、週末になるとレビンでドライブしながら友人の家に遊びに行って、友人を乗せてドライブしてましたね。クルマを運転することは好きだったんです。小さい頃から父の助手席に乗せられて、いろんなところに連れて行ってもらったので。クルマのフロントウインドウから見る景色や、そのスピード感であったりとか、そういった映像が記憶に焼き付いているんです。それが大人になって自分で運転できるようになると、やはり自分でコントロールしてるっていうことの楽しさとか運転する面白さも加わって。クルマでだったらどこにでも行けて、時間を気にせずに移動できるっていうのが、自分にとってはすごく新しいことに挑戦してるみたいな気持ちになりました」

飯岡さんは、初の愛車であるレビンの最初の車検の際に「カリーナED」に買い替えることとなる。父親や祖母、家族を乗せるとなるとレビンではリアシートが狭いという理由でカリーナEDを選んだという。トヨタのディーラーに勤めている友人から、『今買うんだったらすごく乗りやすいし、セダンだけども、結構走りはスポーティーだからいいんじゃない』と勧められたのも後押ししたそうだ。その後は、ちょうどBMW 3シリーズが六本木のカローラと呼ばれたような時代、飯岡さんのクルマ好きの友人たちの影響もあって、はじめての欧州車、しかもかなりエンスーなクルマを購入することになる。

「ちょうどバブルが弾けたあとだったでしょうか、ランチア テーマ8.32をガレーヂ伊太利屋に行って、新車で買ったんです、イタリア車の割には真面目そうなムードが気に入りまして。なんですけど、もう皆さんの思ってる通りすごく壊れまして……(笑)。買ってすぐにワイパーが雨の日に動かなくなったりとか……。でも、やはり細かなところ、ディテールに色気があるというんですかね。欧州車って日本車とは違う流美さがあって。本当にいっぱい壊れたんですけど、エンジンも載せ替えたんですよ。ディーラーさんにも『飯岡さんほど壊れた人は今までいないです』って言われるほど。毎日乗ってましたからね。

ランチア テーマに乗り始めてからは1台を長く乗るようになったんです。壊れるんだけれども、やっぱり愛着がわくっていうか……。すごく気に入っていたので、結構長くテーマには乗ったんですけども、子どもが生まれて、予測しないところで止まったりとかした際に、もし追突とかされてしまうと怖いなということで、BMWのE36 3シリーズに買い換えました。ちょうどそのときニコルに友人がいて、Mスポーツのエアロが装着されている見るからにスポーティな1台を見つけてくれて。E36は出来がいいとは聞いていましたけれど、走行性能がすごく良くて安定性もありましたし、運転していてやっぱり楽しかったですね。あともうひとつ、イタリア車と違って壊れない(笑)。

この3シリーズも長く乗ったんですけれど、走行距離も伸びてきてだんだん手を加えなければならなくなってきたので、メルセデス・ベンツのCクラスに乗り換えました。その後はCクラスを2台乗り継いで、つい2カ月前にエクストレイルに乗り換えたばかりです。本当は、2年前にフェアレディZを予約していたんですけれど……」

2年前、愛車のCクラスの走行距離が20万kmを超え車検を迎える時期だったこともあり、最後まで乗ろうと決めてフェアレディZをオーダーしたとのこと。そのときは半年も待てば納車されるだろうと思い、Cクラスの車検を通したそうだ。それが丸2年経過し、再びCクラスの車検の時期が訪れたため、待たずに納車可能なエクストレイルに乗り換えたという。それには、フェアレディZの納車が遅れたということ以外にも、納車待ちの2年の間に親戚のおじやおばが免許を返納することになり、何かの際にクルマに乗せなければならなくなったという事情もあった。また、最近のゲリラ豪雨で、道路が冠水するということにも見舞われたため、SUVを選んだという。

「まだ納車されて2カ月なので、いろいろな操作に慣れないですね。これまでアナログっぽいインテリアが好みだったんですけれど、エクストレイルはいろんな機能をひとつの画面でコントロールしたり確認できるようになってます。いま、皆さんが乗っているクルマは、このように一元管理されているのだなと思うと、われわれの製品もどういうふうなアプローチが必要なのか、自分の立場でも考えさせられるきっかけになりましたね。それに日産さんのEフォース──電子制御四駆の技術がちょっと気になったんです。われわれはどちらかといえばメカニカルなところでの制御は今まで経験してきましたけど、電子制御はどうなのかなと。一部の人たちからは生理的に感覚にあわないというお話は聞いてたんですけど、非常にスムーズに曲がりますし、安定性もいいですし、四駆だという意識をしないで運転ができるっていうところでは、すごくいいクルマだなというふうに感じましたね、仕事の上でも学ぶべきところはたくさんあります」

現在の愛車に満足しつつも、デザインが美しいクルマは運転していても気分がいい、という飯岡さん。クーペの美しいクルマにはいまも心惹かれるそうで、やはり最後にもう一度、クーペにトライしたいとのことであった。

まったくの畑違いからトラストへ入社

2002年にトラストに入社した飯岡さんであるが、トラストで働くことになったきっかけはどういった経緯だったのだろうか。

「職安(ハローワーク:公共職業安定所)です。出身が千葉県銚子市なんですけど、銚子はもう最近ですと消滅都市ということで、一番に名前が挙がるような状況なんですね。父親が結構早く亡くなりまして、子どもと母親と3人暮らしで長く銚子で暮らしていくためには、しっかりとした企業で長く働けなければいけないなという思いがありました。その当時、成田空港ぐらいから西に行かないと、希望に沿うような規模の企業は少なかったんです。運転することは苦ではなかったので──というよりむしろドライブは好きでしたから、このエリアで就職先を探してましたら、たまたま職安でトラストの総務の募集があって……。トラストといえばアフターパーツで非常に知名度のある会社だし、グローバル企業ですから面接を受けることにしたんです。

その当時のトラストの平均年齢は27歳、従業員も200数十名でした。若くて勢いはあるんだけれども、渉外活動や交渉事ではスキルが伴ってなかったという問題があったようです。そこで、総務を少し固めようというタイミングだったらしいんですね。それで総務経理の経験があったことでお声がけをいただいたというわけです。その当時、30代半ばでしたけれど、トラストで女性の採用というのは相当なトピックスだったようで……。それで縁故じゃないかとか、誰かの知り合いなんじゃないかと、トラストの社員も思っていたみたいですが、実は職安から、誰も知らないところにいきなり入ってきたというわけです。

父の影響で普通の女性よりは少しクルマの知識があったこともよかったんでしょうね。自分としてもクルマのパーツ会社で働くということに対して違和感はありませんでした。あとはその当時の皆さんが私の経験値を買ってくださったというところが大きかったかなと思っています。今となってはの話になりますが、私の素人感が良かったのかなと……。どうしてもトラストのような職人気質が強くて、嗜好性が強い企業ですと、マニアックでストイックになりすぎてしまう傾向があって、バランスを欠くときがあるんですよね。私は彼らからすると真逆側の人間なので、一般的な感覚で判断をする。それでジャッジがフラットにできたというところが、もしかしたら『自分でちょうどよかったのかな』と思っているんです。現場、開発陣はいいものを作ろうという傾向が強いんですよね。しかし本当にそれに市場性があるのか、お客様が本当に望んでる性能なのか、さらにはコストは見合うのかといったことを、私は逆に開発側のことを知らないのでフラットに判断ができたところが、彼らにとってもメリットになったと思います。また私としても知らないことを彼らに助けてもらい、ちょうどウィンウィンの関係ができたところが、今もうまく作用しているのかなと思っています」

乗りかけた船、仲間のためにも頑張れた

こうしてトラストでのキャリアが始まった飯岡さんであるが、入社5年後に民事再生となり、突然冬の時代が到来することになる。

「入社して5年後、当時は総務課の課長だったんです。その当時、千葉県で最大の大型倒産といわれてました。まだメガバンクも民事再生に対して経験がないような頃で……。民事再生の申請後、すぐにスポンサーも見つかり問題なく再生ができると思っていた1週間後にリーマン・ショックという最悪のタイミングで、世界中が不況に陥っていく口火を切ったみたいなところでの民事再生だったので、スポンサー各社にも手を引かれてしまいました。そうした世の中の状況が大きく変わったところで、このまま誰も役員を引き受けなかったら精算するしかないという状況にまで陥りました。そんな状況で開発担当だった池田(現・取締役 池田 勝氏)が、自ら引き受けたんです。池田はトラストに憧れて入ってきた人間で、『トラストがなくなってしまったら自分のアイデンティティがなくなってしまう、誰もやる人がいないんだったら自分が引き受けます』と。私はといえば、実際にはトラストのことは勤めてきた5年間のことしか知りませんし、業界のことも詳しくない。いま携わっているというだけでお引き受けするにはちょっと荷が重すぎるということで、一度お断りしているのです。ですが、池田がその当時まだ30代で若かったということと、民事再生になった場合にお客様や債権者の皆さんにご説明するにあたっては、総務だけでなく経理を引き継いでいた私が適任だというお話をいただき、それで池田をサポートしようと心に決めたんです、もう乗りかかった船ですし。それに総務だったということもあって、社員ひとりひとりとの関わりも強かったので、自分が引き受けなかったらみんなの生活はどうなるんだろうと考えると、やはり引き受けようと覚悟しました」

民事再生の申請後、社員数は約半数ほどに減り、5年以上給与も上がらず賞与もなく、とにかく社員一同で踏ん張っていたという。当然プロモーション活動も自粛せざるを得ない状況だった。周囲からは3年持たないと囁かれる中で、不死鳥のようにトラストは蘇る。トラストとしての第二幕目は、どのようにして幕開けしていったのであろうか。

「残ってくれた社員はみんな腰が低くお客様に頭を下げてくれたのと、池田と私もできるだけ表に出て皆さんとお話させていただくなかで、少しずつ新しいトラストとの信頼関係を築いて頂けるようになりました。お亡くなりになったエンドレスの花里社長には相談に乗っていただいてアドバイスを頂戴し、応援してしていただきました。そこでそろそろプロモーションというか、元気なところを見せていっていいんじゃないかというお話をいただいたんですね。我々の取引先であるショップの皆さんも最初はやはりいろいろな思いがあったと思います。しかし自分たちの売る製品に対して我々がアピールしないと製品が売れなくなってしまうので、トラストにもう一回頑張ってもらいたいといったお話をいただけるようになり、それでドリフトに絞ってプロモーションを始めようということなったんです。過去、TOYO TIRESさんとはドリフトでタッグを組んだことがあったのですが、ちょうどTOYO TIRESさんから、『ぜひもう一度一緒にやりませんか』とお声がけをいただいたということも、ドリフトを選んだ理由のひとつです。

そこで参戦車両に何を選ぶかという段階で、『古いクルマでやるのは違う』という声が開発や現場から上がってきました。その当時シルビアが主流だったんですが、シルビアでドリフトやるのはトラストらしくない、と。誰もやってない、いまのクルマで挑戦したいという意見が出まして、R35 GT-Rに決まったんです。さっそくR35 GT-Rを手に入れたまでは良かったんですけど、真っすぐ走らせることは経験値が高いんですけど、『横』はやったことがなかったんですね。最初はみんな簡単に考えていたようですが、もうまったく自分たちが今まで培ってきた技術や理論とは真逆で、むしろそれを逆に否定されるようなクルマ作りの仕方もあったみたいです。現場ではそれらを呑み込むまでには知識があればあるほど苦労してたみたいです。ただ、トップになるんだという共通の意識があったので、試行錯誤いろんなパーツを試したり、作り直したりして、初年度の最終戦でようやく優勝できました。

このドリフトに参戦したことは、プロモーションはもちろんのこと、人材育成という点でも結果的には正解でした。ドリフトもパワーが大切だろうと、当初はパワーを出すことに注力したんですけど、実際にはそれほどパワーは必要なかったり、GT-Rなのにブレーキもそれほどスペックが高いものが必要ないということがわかったり……。開発って内に籠もって自分たちの範囲内でやってくところがあったんですけど、外に出ていろんな人に教えを請うて、いろんな勉強するという姿勢が養われましたね。人の意見に耳を貸す、自分の知識だけが100%じゃないというのを身をもって知ったっていうんですかね。それから縦横の社内の連携も変わっていきました。技術系は縦社会だったりするんですけど、自分にない知識を持っている部下や、経験は浅いけれども知識を持っている人と、きちんと対等に話をしたり、教えを乞うという姿勢ができるようになったんですね。そこからうちの現場もステップアップしていったというのはあります。

これは社内だけの話ではなくて、お客様に対してもそうなんです。開発の人間が外に出ることが多くなったので、ドリフトの会場でお客様と直接お話をしたり交流を持てたということは大きかったですね。今のトレンドであったり、どんな製品を欲しているのかを直接伺うことができたのは、トラストがハードチューンだけでなくライトチューンも手がけるきっかけとして大変貴重な経験となって、製品もブラッシュアップできました。

いまでは、どこの部署でもそうなのですが、若手の意見はまず受け入れることにしています。否定はしない。これが会社内でのルールになっています。まずはトライさせてみて、つまづいたときにアドバイスをして、ちょっとずつ若手に知識を得てもらおうというやり方に変更しました。最初から先輩や上司が過去の経験からアドバイスをしてしまうと、若手の成長を削いでしまいかねません。

『小さな失敗をたくさんさせなさい、失敗をすると必ず人はそこから学ぶから』。これは弊社の社長である菊地(秀武)の言葉なのですが、小さい失敗をたくさんしてる人間は成長も早く、結果として大きな失敗をしなくなります。だけれども、失敗しないで成長してしまうと、後々、取り返しのつかないような失敗をしてしまう、と。何事にも用心をしなくなってしまったり、人の意見を聞かなくなってしまったり……。そこで、人を育てるためにはまず何でもやらせて、失敗も経験させることだよ、と菊池から言われています。これは今ではトラスト社内では常識になっているんです。

時々、若手の社員に『仕事は楽しい?』と尋ねることがあるんですね。すると、『楽しくやってます』という声をよく聞きます──まあ、私に聞かれればそう答えるしかないかもしれませんが……(笑)。理由を尋ねると、『いろんなことをやらせてもらえるのが楽しい』と言うんですね。以前だと組織は縦割りに機能していて、隣の部署のことに手を出すと怒られてしまうこともあったみたいですが、アイディアを提案すると、『じゃあ、やってみよう』ということになるので、仕事が楽しいしやりがいを感じてくれているようです。我々の業界は生活必需品ではなくて、趣味性の高い製品をお客様にお届けしているので、まずは我々が楽しくモノづくりをしていなければ、いいものはできないと考えています。いいものができてはじめて、お客様の生活に楽しみとか豊かさを提供できると常々思っていますので、社内でもいい流れ、展開が整ってきていると感じます。また、ありがたいことに皆さんから『最近トラスト元気だよね』と言ってもらえるようになったことにも通じていると思っています」

トラストの新たなチャレンジ

自動車業界はこの20年で大きな変化を遂げてきており、さらにこれから厳しくなる環境対策にEV化や自動運転化など、大変革期を迎えようとしている。クルマのチューニングを主軸にして成長してきたトラストにとって、そうしたクルマを取り巻く社会情勢にどのように対応していくのだろうか。

「ペースは少し鈍化しましたけどEV化や自動運転などがどんどん進んでいく中でも我々がやれることはあると思っています。お客様に運転することの楽しさ、クルマを所有することの楽しさ、そしてクルマを自分のスペシャルにすることの楽しさ……、こうした人間の欲求っていうのは変わらないと思っているので、我々が時代に即した製品、環境にも配慮した製品を日々考えて開発していくことで、まだやれることは絶対この業界に残っていると思っています。

それと、トラストのブランディングについても見直しています。まず、お客さんに我々の製品にたどり着いてもらうまでには、結構な道のりがあるんですよね。とくにカスタムやチューニングできるクルマが少なくなってきていて、手を加えられる箇所も少なくなってきたりしているので、タッチポイントがどんどん減ってきているのが現状です。そこで、まずはブランドの認知度を上げていくことから取りかかりました。いきなりクルマのパーツがお客様の入り口になるとハードルも高くなってしまうので、まずはトラストやグレッディの名やロゴを覚えてもらうことからはじめよう、と。それで、いろいろなグッズ展開などから『かっこいいね』『かわいいね』と、クルマに興味がなかった人にもトラストというブランドを知ってもらい、そこからパーツやチューニングに興味を持ってもらおうと思ったわけです。

たとえば、子どもが遊ぶものといったら、今ならゲームですよね。ゲームの中でトラストのクルマが走ってるのを見て、『大きくなったらこのクルマに乗りたい』とか『このクルマは何だろう』からでもいいんじゃない、ということで、eモータースポーツに参戦したりなど、とにかくタッチポイントを増やして我々を知ってもらう機会を増やそうというふうなことを、ここ2、3年は特に注力して行っています。ほかにもガレージに飾るネオンサインや、廃棄を減らすことを念頭に作った風鈴──グレッディ ウインドベルもそうです。正直あんないい音色になるとは、我々も思ってなかったんですけども……(笑)。マフラーの音量を工夫したり廃棄をなくして環境に配慮するなど、時代に即して変わらなければいけないところは我々も変わっていかなければいけない。その中で我々がやれることは何か、そこはもう限りをつけないで、やれることを思いついたら何でもやろうと思っています。

本来のクルマのチューニングに関しても、新たなアプローチをしています。そのひとつが車検対応のコンプリートカーの製造と販売です。プロショップは敷居が高いという方が多く、それならばトラストとしてエントリーモデルとしてのチューニングカーを提供しようというものです。少しでも興味のある人に、チューニングやカスタムに対する理解を深めてもらうことを自らもやっていくべきだと考え、スタートしました。購入者の方からお話を伺うと、『チューニングパーツを付けたいけれど、何をどのように装着していけばいいのかわからない』という方が多くて、そうした方々からはトラストならば安心して相談ができると評価をいただいています。また、コンプリートカーの購入後のメンテナンスは、取引先のプロショップを紹介することで、安心して長く乗っていただけるよう我々もバックアップしています。

もうひとつの取り組みは、『グレッディ ファクトリー』です。一言でいうとレストア事業と言っていいと思います。現行車種にスポーツカーが減っているいま、クルマを大切に長くお乗りになられる方が増えていて、レストアに困っている方が多くいらっしゃいます。ディーラーに持ち込んでも、整備や修理ができないと言われるような古いクルマを、我々が今まで培ってきた知識や経験をうまく使ってワンオフのパーツなどを製作してレストアするという事業です。今、ヘリテージパーツを各メーカーさんもリリースしておられますが、ある程度古くて需要のある車種に限られています。それ以外の──たとえば、一般には需要のない車種だけれども、お父様・おじい様から受け継いで長く乗りたいという、個人的には大切な思い入れの深いクルマもあります。そういったニッチなところのお困りになってるお客様のお手伝いを我々がやっていけるのも、この業界だからできることだと思っています。

そうしたニッチなお客様の需要にお応えすることも、実は我々にとってとても勉強にもなるんです。直接ユーザー様のお声を聞くことができ、納車の際に直接弊社にいらして、とても喜んでくださるんですね。普段我々はパーツを作っていますけれど、直接お客様に届けるわけではありません。ですが、お客様が喜ぶ姿を拝見できるのは、やっぱり現場の励みにもなり、社員も仕事にやりがいを感じるんです。ですから、この活動は地道に続けていこうと思っています」

これからNAPACに求めるもの

最後にトラストが加盟しているNAPAC(一般社団法人 日本自動車用品・部品アフターマーケット振興会)の活動について、今後期待していることを伺った。

「これから業界的にはなかなか難しい状況になっていくなか、1社単体で何かをしようとしても難しい。そこで、NAPACのように団体としていろんな活動や働きかけをしていくことの重要性が高まると思っています。いろんな分科会があって参加させていただくのですが、様々な大きな動き小さな動きも含めて情報交換ができる場として、NAPACは非常に我々にとっても重要になっております。とくに法規制であったりとか、世の中の動きが変わるときなどは、NAPACには業界最大の団体として、フロントに立っていろんな動きをしていただきたいですし、会員の交流をもっともっと活性化させていただいて、一緒になってこの業界をどうやって盛り上げていくか考えられるようにしていただきたいと常々思っています。

以前はHKS、ブリッツ、トラストというと、3大メーカーということで、バチバチのライバルといったイメージがすごく強かったのは確かです。しかしここ3年ぐらいですかね、だいたい同年代の方たちが各社を引っ張っていくような立場になって、それと同時に業界の大変革期ということもあって、イベントなどでお会いしてもいろいろな情報交換をしたりなど、いまは結構交流を持っています。そこで皆さんとお話しして同じ意見なのは、パーツ、製品の部分に関しては、切磋琢磨して今まで通り良いライバル関係という形で業界を盛り立てていこう。とはいえ業界関係者としては、1社が頑張ったところでどうにもならない問題がどんどん出てきているので、業界全体一緒になって業界を盛り上げていこう、と。特にHKS水口社長とは、HKSさんが単独開催なさっている『HKS PREMIUM DAY』をもっと業界の団体、それこそブリッツとトラストも加えた3社、そして関連するNAPACの会員社にも参加していただいて、アフターパーツの一大イベントみたいなことに育てていき、もっと大勢のお客さんに来ていただこうと。例えばですけど、3社でデモカーを出して乗り比べていただくなどのそれぞれの特徴を一気に体験していただくような場を作って、まずはアフターパーツに興味を持ってくださる方をもっと増やして育てていけるといいですねと、会うたびにお話ししています。それにぜひともNAPACも一緒になってやっていただきたいと思っています。そしてこの業界をもっと熱く、もっと幅広いものにしていけると嬉しいですね」

* * *

いわゆるエンジンによる自動車が特許を取得したのは19世紀末。クルマが現在のように庶民の手にわたるようになってから100年にも満たない。日本でクルマが文化として認められるようになるのは、まだまだこれからという感じではあるが、2000年代頃から欧州ではすでにヘリテージに対する高い意識が芽生えていた。BMWやメルセデス・ベンツなどのドイツメーカーにフェラーリやランボルギーニなどのイタリアメーカーは、自らのブランドのヘリテージを守るべく、古いクルマのレストアに手厚い。ベントレーやジャガー、アストンマーティンなどの英国ブランドにおいては、過去モデルをコンティニュエーションシリーズとして生産するほどである。そこには、クルマが使い捨てではない文化遺産という意識が通底している。昨今ではレストモッドというワードも頻繁に目にするようになり、シンガーなどがその筆頭といえるだろう。

そうした世界的な流れの中で、トラストが取り組む「グレッディ ファクトリー」は、まさしく日本におけるレストモッドの活動に近いものがあると思う。クルマのチューニングやカスタムは、まだ日本では一部マイナスのイメージを抱いている人も多いと飯岡さんは語る。そうした人たちの意識を変え、それがカルチャーとして浸透するためにも、トラストはいま、新たな試みにチャレンジしている途上である。グローバル企業でもあるトラストだからこそ、北米や欧州の車業界の動向をキャッチし実行に移しているとも言える活動は、クルマ好きならば誰しもがエールを贈りたいもの。今後のトラストの活動、まずは東京オートサロンに出品されるトヨタ「ソアラ」に注目である。

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