新車試乗レポート [2024.01.26 UP]
レクサス第二章 小さな高級車LBXの波紋【池田直渡の5分でわかるクルマ経済】
文●池田直渡 写真●レクサス
新型LBXに詰め込まれたレクサスの本気! クラス超えの装備/メカニズム/グレード完全詳報
レクサスからBセグメントSUV、『LBX』がリリースされた。基本メカニズムはGA-Bプラットフォームに1.5リッター3気筒のM15A-FXEの組み合わせ。要するにヤリスクロスのレクサス版である。
駆動はFFとE-FourによるAWDが用意され、トリムは基本2種類で、スポーティな『Cool』とラグジュアリーな『Relax』そのほかにオーダーメイドの『Bespoke-Build』が用意される。基本トリムは値段が同じで、FFならどちらも460万円。AWDは486万円。つまり乗り出しには最低500万円という高級車である。
LBX Bespoke-Build
参考までにヤリスクロスは最安グレードで190万7000円。高いグレードで315万6000円。基本コンポーネンツが共通だと思うと乗り出し500万円は「おいおい」と言いたくなる価格差だが、実はそこが味噌である。
このクルマ、企画の発端には「モリゾウが乗るコンパクトカー」という極めてはっきりした狙いがある。モリゾウ氏は、銀縁メガネを止めて以来おしゃれになったのだが、それはスタイリストが付いたから。そのスタイリストに『メゾンマルジェラ』のスニーカーを履けと言われたらしい。値段を見てびっくりして、一度は買うのを止めようと思った庶民的なモリゾウ氏だが、結局プロを尊重して言うことを聞いて買ってみて、その履き心地に再びびっくりしたらしい。だからLBXにはそのメゾンマルジェラみたいなものを目指すという明確な基準があった。
鶴の一声を受けて、レクサス部隊がヤリスクロスをベースに作ったクルマに乗ったモリゾウは「これなら要らない」と一言。端的に手厳しい。
そう言われたエンジニアは、引き下がったら会社員生活の危機なので、何がなんでも首を縦に振ってもらえるクルマを作るしかない。文句の出どころはマスタードライバーなので誤魔化しは効かない。シャーシに徹底的に手を入れた。「これじゃ、元のパーツがないじゃないか」と文句が出たらしいが、もっと厄介な人からのダメ出しがある以上、葵の御紋の印籠をかざしてでも振り切るしかない。
LBX Bespoke-Build
パワートレインも同じだ。プラットフォームの設計上、3気筒しか乗らないから、どうしたって4気筒並みの振動には抑え込めない。常識的にはそこは諦めるところだが、なんと新たにバランサーを組み込む暴挙に出た。そんなもん別のエンジンじゃないかと言いたいところだが、これも強行。
歴史上、小さな高級車に挑んだクルマは結構ある。BMCミニ(ADO15)にトランクを付けたバンデン・プラ・プリンセスに代表される(ADO16)シリーズは「小さなロールスロイス」と呼ばれた。あるいは豪奢なレザーシートでしつらえたルノー5バカラ、内装に徹底してアルカンタラを採用したランチアY。BMWミニにも1000台限定だがウォールナット仕立てのミニ・ロールスモデル『MINIインスパイアド・バイ・グッドウッド』があった。
デカい高級車を持て余し、小さいヤツが欲しいと言う富裕層の要求は、クルマの世界ではずっと求められている。なのだが、台数が極めて限られるこのマーケットに向けて、基本コンポーネントから新設計するのは無理筋だ。なので結局大衆車をベースに作ることになる。だから上に挙げた歴史上のモデルもほとんど全部が実質的には特別内装車に過ぎない。コンポーネンツは大衆仕様そのまま。だから「それなら要らない」と言われてしまう。
もちろん高級な専用コンポーネンツをゼロから起こせば別だが、そもそもフラッグシップのLセグメントですら、世界中のプレミアムブランドが、半ば採算度外視の意地だけで作っている状況だ。さらに数が少ないモデル、かつ、いくらなんでもフラッグシップより高価な値付けはできない小さな高級車はビジネスにならないことはやってみる前に分かりきっている。
今回のレクサスは、鶴の一声のおかげで、たまたまその中間を行くルートが取れた。大衆車のコンポーネントにクラスに不似合いな大改造を施して、ギリギリ高級な仕立て直しを行う。そのために必要なコストは売価にしっかりオンする。
LBX
乗るとどういうクルマなのかと言えば、日本人にとって、かつて憧れた3代目までのフォルクスワーゲン・ゴルフみたいなものになっている。給与生活者にはおいそれと買えない価格のコンパクトカーという意味ではかつてのゴルフはまさにいまのLBXの地位にあった。そして走りもまた当時の国産大衆車とは雲泥の差がそこにあった。
フォルクスワーゲンはディーゼルゲートの多額の賠償金や、BEVビジネスの失敗で、そういう贅沢はできなくなって、今やゴルフはもう普通のCセグメントに成り下がってしまったが、そこにぽっかり空いた穴におそらくLBXはスポッとハマる。これは意外なヒットモデルになるかも知れない。
元々GA-Bプラットフォームは、WRC出場を睨んで、曲がることが得意な仕立てになっている。だから以前富士スピードウェイのショートコースで試乗した時は、そのポテンシャルに驚いた。容量が増強されたシャシーとバランサーが入ったエンジン。加えてヤリスクロス比で圧倒的にモーターリッチに仕立て直されたパワトレのレスポンスとトルクが一体になって、異例の走行性能を見せつけた。
LBX Bespoke-Build
今回市街地で乗った結果も、少しスポーティなSUVとしてはとても良いクルマである。特にシートが良くなった。2種類用意されるシートは基本骨格が優れており、トヨタの悪癖であった背中が丸まる感じがきれいに是正された。
シートはどちらも良いのだが、表皮2種類の内、ウルトラスウェード調の表皮のモデルは、意図的に表皮の張りを緩めてあり、反発が弱いルーズフィットに、従来のクルマにはない繊細なもてなし感を感じた。好みはあるかもしれないがスウェード調のシートの方に一枚上手な匠を見た気がする。
そういう繊細さと比べると、ゴン太のステアリングは関心しない。ああ言うのはサーキットの様な大入力に特化したグリップ形状であり、スマートにスッと握り、微細な修正操作を静かにするならもっと細い繊細なタッチであるべきだ。極太のマッキーで小さい字が書けないのと同じである。インターフェイスのタッチの統一を考えた時、特に先に挙げたシートのデリケートさと合わない。
レクサス全体に言えることだが、ハンドルとペダルとシートはクルマにおいて数少ないインターフェイスなのだから、そこは車両キャラクターのテイストに合わせた専用であるべき。どうせ高く売るんだから、そこでコストダウンしていてはレクサスはトヨタと違うものになれない。シャシーとエンジンでできたのだから、インターフェイスも是非こだわりを持って欲しい。
さて、市街地ハンドリング。これは基本素直で良い。ただし、FFモデルに関しては、下道やワインディングではそれで気持ち良いものになっているのだが、長距離移動を前提とした高速での安定性は、「曲がりたがり」のGA-Bシャシーの特性に加えて、微舵角から遅滞なく立ち上がるヨーの影響で、少し過敏だと思う。
軽快感を高めたかったという説明があって、その通りになっているのだが、味付けが少々過剰。路面不整で体がゆすられたりするともうヨーが立ち上がるので、補正を入れなくてはならない。決定的にダメというほどではないが、高級車としてはそこはもう少し欲をかきたい部分である。先に挙げたグリップの太さも微細入力調整に向かないせいもあって、まあ色々積み重なっての結果である。
打って変わって、素養として直進安定が強いE-Fourでは、その過敏さは全く気にならないが、今度はパワステの反力が少し盛り過ぎ、多分セッティングをする人が強く大きな入力に慣れ過ぎているのではないか。高級車は柔らかく優しい操作での快適性が第一義。それを叶えた上での大入力もきちんと仕立てられているべきだと筆者は思う。
LBX Bespoke-Build
さて、そんなわけで細かいことを色々述べたが、全体としてはかなり優秀。遅れてGRヤリスのエンジンを搭載したモデルも出てくるらしいので、そっちにも期待が高まる。多分バケット的なシートが入るだろうし、太いステアリングはそっちにはパーフェクトに合うはずだ。
ということでレクサスが長年悩んできた「トヨタとの差別化」に基本部分にコストを掛けて素養を上げるというアプローチができたという意味でこれはもしかしてレクサス第二章の始まりと言えるのかも知れない。
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