いすゞ のみんなの質問

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いすゞ自動車が1990年代後半だかに経営危機に陥ったことがありますがやはりバブルの崩壊が原因だったのですか?

(ちなみにこれが原因だったのか、当時深夜に2時間生放送の一社提供のラジオ番組がありましたがこのころ1時間に短縮し2時間放送でやっていたいくつかのコーナーも廃止されました。その後番組は2001年に終了しました。)

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ベストアンサーに選ばれた回答

いすゞが苦境になった要因は、バブル崩壊よりも、北米におけるビジネスの失敗でした。国内の乗用車ビジネスも当然足を引っ張っていましたが、アメリカでGMブランドでも販売していたSUVが自社ブランドだけになってしまったことや新開発した1BOXが売れなかったことと、高残価ローンで販売していた車両が、大量に戻ってきて大きな損害が発生したことなどの理由によって、北米ビジネスで巨額の損出が発生しました。これで、倒産寸前に追い込まれたということが真実です。

その他の回答 (2件)

  • バブル崩壊が一因だったのは確かだと思います。
    他の要因としては乗用車自社生産撤退の経営判断がバブル景気のせいもあって遅くなったことだと思います。
    バブル景気真っ只中に開発され、1990年に発売された「ジェミニ」は非常に開発コスト・生産コストがかかったクルマだったのですが評判の良かったヨーロッパ調のデザインを辞め、親会社のGMの意向もあってアメ車っぽいデザインで発売されましたが市場での評価はいまひとつでした。そして発売して程なくバブルが崩壊したため、大幅な赤字になり、2年後に乗用車自社生産撤退を決定しています。

  • いすゞ自動車がビッグホーン以外の乗用車生産を辞め、ジェミニがホンダのドマーニ、アスカがスバルの初代レガシーのOEMになった時かな?
    ラジオの深夜放送はAMラジオ「ISUZU歌うヘッドライト・・・コックピットのあなたへ」の事?
    売れないから乗用車から撤退
    トラック・バス・ディーゼルエンジンは製造継続してたけど、現在はトラック専門のメーカー?
    現在の観光バスのガーラはHINOと共同開発らしいけど、ほぼHINO製セレガ?一部ガーラとセレガの違うとこが有るらしいけど・・・
    路線バスは車体を別会社が製造していて、エンジンやミッションを提供してただけ。

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