郊外や地方都市に住まうのであれば話は別だ。しかし東京あるいはそれに準ずるような都市に住まう者にとって、「実用」を目的にクルマを所有する意味はさほどない。
そんな状況下で「それでもあえて自家用車を所有する」というのであれば、その際は何らかのアート作品を購入するのに近いスピリットで臨むべきだろう。
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明確な実益だけをそこに求めるのではなく、「己の精神に何らかの良き影響を与える」という薄ぼんやりとした、しかし大変重要な便益を主眼に、都会人の自家用車は選ばれるべきなのだ。
そう考えた場合におすすめしたい選択肢のひとつが、「フィアット500」というイタリアの小型車である。
といっても、今現在FCA株式会社から新車として販売されている現代版のそれではない。1957年から1977年まで販売されたNUOVA(ヌォーヴァ)500……というよりも、「ルパン三世が『カリオストロの城』の中で乗っている、あの小さなクルマですよ」と説明したほうが伝わりやすいだろうか。
安価な実用車として登場した当時あのきわめて小さく軽やかなイタリア車で、まるで戦車のように大柄かつ重装甲になった乗用車ばかりが走る2019年の街を、時おり駆け抜けるのだ。
……それってなかなか痛快な「冒険」ではないかと筆者は思うのだが、各位におかれてはどうだろうか?
まあこの意見に対する各位の反応をうかがう前に、まずは往年のフィアット500(NUOVA 500)という車について簡単に説明しておこう。
1950年代初頭のイタリアでは大衆の足としてスクーターが大人気となっていた。1953年製作のアメリカ映画『ローマの休日』のなかでもオードリー・ヘップバーン扮するアン王女が「ベスパ」というスクーターを乗り回していたが、おおむねあのイメージである。
搭載するエンジンはわずか479ccの2気筒エンジン。最高出力はわずか15psだが最高速は90km/hで、当時の実用性としては申し分なかった。当時のフィアットは、スクーターに代わる乗り物として「安価な4人乗りの乗用車」を投入すれば、必ずや「次の需要」をつかめると判断。その結果として1957年に誕生したのが「4人乗りの屋根付きスクーター」とでも呼ぶべき、小さなボディに小さな空冷式エンジンを積み、それでも十分活発に走ることができる大衆小型車「NUOVA 500」だった。
書物によれば、NUOVA 500の開発者であったダンテ・ジアコーサは水冷式の立派な4気筒エンジンを積みたかったらしいのだが、コストとコンセプトがそれを許さなかった。
その結果としてNUOVA 500は排気量わずか479cc、最高出力もたったの15psとなる空冷式のしょぼい2気筒エンジンを積むことになった。開発主査のジアコーザさんもそこについてだけは忸怩たる思いがあったと、書物を通じて聞いている。
だがその「しょぼい空冷2気筒エンジン」が、ある意味功を奏した。
1955年には本文中にもあった水冷4気筒の633ccエンジンを搭載したフィアット 600が発売されていたが、500はより多くの人に4輪乗用車を普及させることを狙っていた。公道をトワイライトゾーンへ変える「しょぼいエンジン」とは、言い方を換えるなら「シンプルなエンジン」ということでもある。それゆえNUOVA 500は、故障の可能性が低かった。また仮に壊れても、わりとイージーに直すことができた。
とはいえ非力な空冷エンジンは速度を上げると車内がうるさくなってたまらないのだが、騒音を逃すための苦肉の策として、ルーフには開閉可能な「キャンバストップ」が設けられた。
これらの要素が、1950年代から60年代頃のイタリア国民に対しては「安価だが、ちゃんと使える4人乗りの乗用車」としての実用性を担保した。
そして後の世代の地球市民──つまり我々──に対しては「味」となった。ほかでは味わえない独自の個性を持つ「趣味のクルマ」として、その機械的な命と人気とを長らえる結果につながったのだ。
仮定の話をしても仕方ないが、ジアコーザさんのリクエストどおり立派な水冷4気筒エンジンを積んでいたら、もしかしたら今日の「NUOVA 500人気」は存在していなかった可能性もある。
それはさておき、そんなフィアット500(NUOVA 500)に2019年の今乗ってみることには、果たしてどんな「価値」があるといえるだろうか?
それは、移動のすべてが「異次元体験」あるいは「冒険」に変わる──ということだ。
なにせNUOVA 500は小さい。イメージとしては、トヨタ ヴィッツやらホンダ フィットやらといった最近のジャパニーズ小型車のおおむね半分ぐらいの大きさ、というか小ささである。実際は決して「半分」ではないのだが。
日頃からスクーターやモーターサイクルに乗っている人はまた別かもしれないが、それら二輪車とは無関係に生きている多くの人間にとって、NUOVA 500で走る公道とはまさに異次元。すべてがトワイライトゾーンである。
イタリアで広く実用車として愛されていたNUOVA 500は発売後も、様々なバリエーションモデルを出しながら1975年まで生産された。総生産台数は367万8000台。都会であえてクルマに乗るのならまた最高出力15ps(後に若干の高出力版も登場したが)というエンジンパワーは、『ローマの休日』の頃のローマ市内でならそれなりに実用的だったかもしれないが、現代の道路では「足りない」なんてものではない。交通の流れのなかでスムーズに走らせるには、それなりの技量と経験が必要になる。
さらに、ボディサイズがきわめて小さいだけでなく、現代の車のような「衝突安全ボディ」的な思想はいっさい採用されていないため、安全運転に徹したとしても、いわゆるもらい事故をもらってしまった場合には、大げさではなく「死」の可能性もちらついてくる。
そうであるがゆえに、現在も数多く存在しているNUOVA 500オーナーの皆さんは、当たり前かもしれないがNUOVA 500を「ファーストカー」としては使っていない場合がほとんどだ。日頃は何らかの現代的な車で用を足し、晴れた休日などに興が乗った場合に限り、NUOVA 500を出動させている。
「セカンドカーとしてしか使えないクルマをわざわざ所有するなんて、自分にはちょっと無理だよ。嫌だよ」と、思うかもしれない。
確かに、都市部にお住まいの場合はそのとおりである場合も多いだろう。
だが、都市部には「電車」があるじゃないか。バスもあるし、タクシーだって星の数ほどがそのへんを流しているじゃないか。
開閉可能なルーフは、エンジン音をなんとか静かにできない考えた末の装備。通常はルーフがあったほうが静かだが、NUOVA 500は音のこもり方が通常より酷かったため、開けたほうがまだ快適だった。普段は、それらを足とする。そして時おり興が乗ったならば、小さなNUOVA 500で「異次元」へと向かい、小さな冒険を行ってみる。
……それはかなり素晴らしいエンターテインメントであり、リフレッシュメントであると筆者は思うのだが、どうだろうか?
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