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業界ニュース 2019.3.7

【トヨタ ル・マン24h 挑戦の軌跡(1)】優勝候補と言われた1998年のトヨタTS020 GT-Oneだったが・・・【モータースポーツ】

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1985年に2台のトヨタトムス85Cがル・マン24時間を走った。それ以来、トヨタは多くのレースカーを開発しル・マンで名勝負を演じてきた。なかでも、1998年に登場したトヨタTS020 GT-One は「ル・マン制覇」への切実な思いが感じられるマシンだった。

規定ギリギリで作り上げられたたGT1カー、それでもル・マンの壁は厚かった
1998年、ル・マン24時間の争いはGT1カーとWSCカーとなっていたが、大幅に進化した各ワークスチームのGT1カーはロードカーとはかけ離れたものだった。

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1995年、96年とLMGT1規定で製作されたスープラGT LMで参戦したトヨタは、1年のインターバルを経てTS020 GT-Oneでル・マンに復帰するが、その姿はライバルのGT1マシンと比べても異質なものだった。

カーボンモノコック製のマシンはかつてのCカーとほぼ同じ外観を纏い、Cカー時代の強力な3.6L V8ツインターボエンジン搭載。トランクルームに燃料タンクを収めるという奇策まで講じられた、規則の隙をついたようなマシンと言えた。

しかし、優勝候補と言われながら、3台出場のうち2台がリタイア。片山右京/鈴木利男/土屋圭市組の9位が最上位だった。

翌1999年には規定が変更になり、LMGT1はプロトタイプカーのLMGTPとなる。トヨタは前年のTS020を新規定に合わせた発展型で参戦したが、残り1時間でタイヤがバーストして2位。またもや優勝はお預けとなった。

その後、トヨタは2012年に「TS030 HYBRID」が登場するまでル・マン24時間レースから遠ざかることになる。

トヨタ TS020 GT-One 1998年  主要諸元
●全長×全幅×全高=4840×2000×1125mm
●ホイールベース=2800mm
●エンジン=V8DOHCツインターボ
●排気量=3.6L
●最高出力=299ps/5700rpm
●駆動方式=MR

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  • rin*****|2019/03/07 20:09

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    たった299馬力?
  • mog*****|2019/03/07 19:55

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    「ル・マンで勝つには20年かかる」って言われてたから、仕方がないとは思ってたけど
    優勝しなかったら、やっぱり悔しかったなぁ。
  • nan*****|2019/03/07 20:00

    違反報告

    1985年に2台のトヨタトムス85Cがル・マン24時間を走った。それ以来、トヨタは多くのレースカーを開発しル・マンで名勝負を演じてきた
       ↑
    「トヨタ社内でも正式なル·マン参戦時期は明確では無い」と話した役職社の話がcarviewにも載っていたが、トヨタ7の開発過程で河野二郎がル·マンを視察した後にポルシェを模倣したボディを造る様命じている。その後シグマがル·マン出走を決めた際、2TGターボがトヨタから貸与される予定やったが直前で断られている。80年代に入りトムス運営で童夢セリカターボがル·マンに出走するが予選不通過、85年にトムスと童夢から85CLが走り、トムス車が完走。
    相当な時間と社会背景の変化も含めてのル·マン参戦と言えるで。

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