残念なことに、クルマがインターネットにつながることの意義と便益の大きさが、まだ広く世の中に知れ渡っているとは言い難いようだ。
インターネット接続は今後どんどんと拡大を続けていくのだけれども、現時点で僕にとって718ボクスターでとくに便利だと感じているのはカーナビと音楽配信アプリを利用する時だ。
第12回:718で行く池波正太郎的ロング・ドライブの巻(前編)
718ボクスターだけでなく、現行のポルシェ各車はスマートフォンアプリ「PCM Connect」に対応している。ポルシェが作ったこのアプリはクルマのPCM(ポルシェ・コミュニケーション・マネージメントシステム)とインターネットを介してつながっている。カーナビの目的地をスマートフォンで事前に設定しておくことができるので、とても便利なのだ。
たとえば、明日、初めて訪れる目的地があったとする。PCM Connectを立ち上げ、その中の「オンライン検索」で目的地を検索し、見つかったら「パーソナル施設情報に追加」として設定する。
あるいは、「PCM Connect」内でも共有されている自分のGoogleカレンダーにすでに設定した行き先を選んでも良い。
また、以前に目的地に設定して出掛けたことのある場所や、出掛けてなくてもGoogle Mapsで検索したことがある場所だったら、音声入力で一度でリストアップされてくるからとても効率的だ。
何度も出掛けたことがあって道順なども諳んじているようなところでも、ちょっと距離が離れたところだったら、積極的にGoogle Mapsを利用して、そのルートで走るようにしている。走ったことのないルートの方が意外にも所要時間が短かったりすることが少なくないからだ。Google Mapsのナビ機能に寄せる僕の信頼感はここ数年でとても高くなった。
いずれの手順でも、明日の目的地はクラウドにアップされる。そして、明日、718ボクスターで出発する時にはその目的地がクラウドからカーナビに降りてきて設定されるという寸法だ。
これがとても便利だ。今までのように、クルマに乗り込んでからスマートフォンや手帳を取り出して「ええと今日これから向かうのは……」と指で入力する手間とその時間がすべて省ける。乗り込んですぐに走り出すことができるから、せっかちな自分にはとても助かる。
省けるだけではなく、事前にその目的地がどんなところなのかを知ることもできる。
このアプリはGoogle Mapsと連携しているので、クルマを離れたところからでも目的地についてスマートフォンやPCなどから確認することもできる。
つまり、以前だったらカーナビはカーナビだけで車内で使うものとして隔絶されていたのが、このアプリとインターネットを介してクルマから離れたところからでもカーナビ機能にアクセスし、目的地を設定することができるようになった。
音楽配信アプリ「Spotify」を車内で利用できることも718ボクスターの長所のひとつだ。Spotifyは、CarPlayやAndroidAutoなどのソフトに組み込まれている。CarPlayはiPhoneを、AndroidAutoはAndroid端末をクルマのカーナビモニター画面や音声入力で操作するためのソフトだ。スマートフォンの機能を利用するのにあの小さな画面を運転中にいじるわけにはいかないから、運転に必要とアップルなりグーグルが判断したアプリだけを操作できる。
CarPlayやAndroidAutoなどは、いまや日本の軽自動車にも標準でインストールされているものが増えてきているというのに、そうでないクルマも依然として存在している。
こんなに便利で、ソフトウェアだからインストールするのも難しくなく、コストも掛からないはずなのに実装しようとしない自動車メーカーが国内外にあるのが不思議だ。
ある日本のメーカーなどは日本仕様ではオプションでも実装できないCarPlayとAndroidAutoをアメリカなどの輸出仕様では標準装着している。何かそれに代わるソフトウェアなりアプリがインストールしてあって、CarPlayやAndroidAutoなどよりも使いやすかったりするのならばユーザーの便益になるのだけれども、そういうわけでもない。それについて問い質してみても、確たる理由が返ってきたこともない。
Spotifyが良いのは、膨大な楽曲を有していることだろう。メジャー、マイナー問わず新作も発表と同時に聴くことができるし、過去の作品へのアクセスも簡単だ。僕の好きなビバップジャズやプログレッシブロックなどでは、CD化されていなかったり入手が困難な音源さえも聴くことができる。
評判を呼んでいるアーティストや音源を試しに聴いてみてハマることもあるし、以前は良く聴いていたけれども最近は聴かなくなってしまっていたものを聴き直して惚れ直したという楽しみ方だって簡単だ。
また、そうやって自分の聴きたいものを聴くだけでなく、好みを解析してさまざまなアーティストや楽曲などを何通りもリコメンドしてくれるのもSpotifyの真骨頂だ。
アプリを立ち上げると、ホーム画面には「Hirohisaスペシャル」と題され、7つのプレイリストが現れる。
「Daily Mix」が3パターンで、「1」はジャズ、「2」は昭和歌謡、「3」がヒップホップやR&Bなどの日替わりミックスプレイリスト。
Spotifyで聴いたことのあるミュージシャンの新作や新曲を織り交ぜた「My Release Radar」、「Discover Weekly」は良く聴くミュージシャンも入っているけど、それに近いテイストのものとの混成。
僕は月額980円の有料会員なのでスマートフォンやPCにダウンロードすることもできるし、オフラインで聞くこともできる。Spotifyが日本でサービスを開始する前に、ソニーが同種のサービスをやはり同じ980円で始めたのですぐに有料会員になったのだが、リコメンドに魅力が感じられず、すぐに退会したことがある。
リコメンドしてくるアーティストや楽曲の半分から3分の1はすでに聴いたことがあって、試しに聴き直してもそれほど良いとも感じられないものが多く、知らないアーティストや楽曲について聴いてみても、心躍らされたりすることもなかったからだ。
50歳代も半ばを過ぎ、音楽の好みはすでに決まってしまって新しいものに感動することはもうないものだと諦め掛かっていたけれども、Spotifyのリコメンドの中にはまだまだドキッとさせられるものも多い。リコメンドが僕の好みとピタリと合っているのだ。
昔と変わらないものを何度でも繰り返し聴き続けることも音楽の楽しみ方のひとつだけれども、知らないものや縁のなかったものに出会ってドキドキさせられる経験も変わらず重ねていきたい。その点で、Spotifyは僕にとってとても優れた音楽再生のツールでありソースとなってくれている。1000枚以上持っていたCDは、すべて処分してしまった。だから、音楽はもうほとんどSpotifyを通じてしか聴かなくなってしまった。
運転中だけラジオやCD、SDカードなどで我慢しなければならないのはツラくなってしまった。718ボクスターでは、SDカード2枚分のスロットが設けられていて、僕はCDを約50枚コピーしたSDカードを挿入してあるが、時々しか聴かない。Spotifyを立ち上げることが多い。
718ボクスターに乗る前に、仕事場のPCやリビングルームのスマートスピーカーやテレビで、あるいはスマートフォンで聴いていた楽曲の続きを簡単に聴けるから、もう手放せない。
毎年12月に入ると、「Myトップソング2018」というプレイリストがリコメンドされてきて、これがついつい聴き込んでしまう。それに飽きた時のためにというわけなのか、「冒険プレイリスト」がその隣に並んでいる。“ちょっと冒険して、こんなのもどうですか?”というSpotifyからの提案で、これも実にいいところを突いてきている。
“次はどんな曲が再生されるのだろう?”とワクワクさせられるから、ずっと聴き続けたくなる。リビングルームや仕事場や電車で聴いていた続きを、Spotifyならばクルマに乗ってもシームレスに聴き続けることができる。
PCM Connectによるカーナビの目的地設定と同じように、クルマがインターネットに接続することによってシームレスにさまざまな便益に預かることができるような時代になったのだ。
他にも、地図がつねに最新のものに更新したり、目的地周辺の駐車場やガソリンスタンドを探し出せたり、ノイズのないラジオ放送を聴いたりするなど便利な機能はいくつもある。今後は、もっと増えていくだろう。
僕の使い方をふたつの例として挙げたけれども、それらは便利さだけではなく、ドライバーを煩わしい操作から解放し、これまで以上に運転に集中することになるので安全運転にも寄与しているはずだ。
「クルマがインターネットに接続するメリットがわからない」という疑問を発する人には、僕はいつもこのように自分の利用方法を挙げて説明することにしている。
金子浩久 モータリングライター
1961年、東京生まれ。大学卒業後、出版社で書籍と雑誌の編集者を3年半務め、独立。20~30代には、F1記者として世界を駆け巡る。主な著書に、『ユーラシア大陸1万5000キロ 練馬ナンバーで目指した西の果て』『10年10万キロストーリー』 (1~4)、『セナと日本人』、『地球自動車旅行』、『ニッポン・ミニ・ストーリー』、『レクサスのジレンマ』、『力説自動車』などがある。
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