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業界ニュース 2019.1.22

果たして、クルマに“人格”は存在するのか?

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クルマは金属とガラス、そしてプラスチックやゴムといった樹脂の集まりだ。それらは無機質な物体であり、いわゆる「心」が介在する余地はない。

だが、ボクはクルマにも心はある、と考えている。

    乗ってゆくクルマで自動車ディーラーの対応は変わるのか。実体験をもとにした話とは?

正確に言うならば、ボクはどんなモノにでも魂があると信じている。とくに理由があるわけではなく、ただ「そう感じる」のだ。

クルマを売ろうとしたときに、機嫌を損ねたように調子が悪くなった、ということを経験した人もいるはずだ。もしくはトラブルが発生し、そこで売ろうかと考えた途端に、「売らないで」とばかりに調子を戻すクルマもあるだろう。

そのクルマは、それぞれに作られた目的がある

ボクはそういった感じでクルマにも魂があると信じているから、クルマをスペックの優劣で判断したくはない。
だれだって身長や体重、テストの点数といった数字だけで判断されたくないのと同様、クルマだって並んだ数字だけで判断されたくないはずだ。

そして、そのクルマを判断するときには、そのクルマの用途も考えなくてはならない。たとえば、フェラーリと軽自動車を並べて、どちらが優れるという話はできない、ということだ。

運動性能だけをみると、フェラーリの方が圧倒的に優れているのは間違いない。だが、燃費性能含む経済性、居住性、取り回しは軽自動車の方がず明らかに優れている。

もちろんフェラーリは居住性や取り回しをトッププライオリティにおいて開発されたクルマではない。
軽自動車だって運動性能を第一に考えて作られたクルマではない。

人に対しても同じで、スポーツ選手を目指していない人に対して「運動ができないからダメ」だと断じることはできない。

誰だって、他人の一方的な基準で自分を判断されるのは嫌だろう。

だからこそ、そのクルマの人格も尊重したい

だから、ボクはそのクルマが何を考えているのか、を想像してみることがある。

もしかしたら、この軽自動車は「ジャガーに生まれたかった」と感じているかもしれないし、そこのSUVは「ポルシェ911のようなスポーツカーに生まれたかった」と考えているのかもしれない。

そうやって、そのクルマは何を求めているんだろうか、と思いを馳せることがある、ということだ。

もちろんボクはクルマがどう感じているのかはわからないが、少なくともクルマが嫌だと感じるようなことだけはしないでおこう、と考えている。

これはおそらく、ボクの自宅のガレージの構造に起因しているのかもしれない。

ボクのガレージは、シャッターを開けるとクルマと正面から向き合うことになる。そして、クルマの正面というのは人の顔にも似ている。だから、よけいにボクはクルマに対して親近感を持つのかもしれない。

シャッターを開けてクルマに対面したとき、「やあ、元気だったか?」とボクは声をかける。外から戻ってきてクルマをガレージに入れ、シャッターが降りるにつれて見えなくなるクルマに対して「またな」と声をかける。

そうやってクルマの人格を尊重し、敬意を払うことはきっと悪いことではない。クルマもボクらの気持ちを感じ取り、同じようにボクらを尊重してくれると考えているからだ。

[ライター・撮影/JUN MASUDA]

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