冒頭にはとても刺激的なテーマを掲げているが、バッテリーEV(BEV)ブームの中で、筆者はこんな視点を持っている。一部のメディアが報じている「BEV路線のハシゴを外したのが合成燃料だ」との主張だが、実はその逆ではないか、というのが私の視点だ。ここでは合成燃料の現在地と歴史を振り返りながら、「BEV」と「合成燃料」の関係を考察してみたい。
文/清水和夫、写真/Adobe stock、アウディ、ベストカー編集部
(編集部注/本稿は『ベストカー 7/10号』初出の短期集中連載第1回『清水和夫 日本のクルマ界は生き残れるか?』の再録となります)
クルマの合成燃料(e-Fuel)推進は「BEV化のハシゴ」を外したのか?【日本のクルマ界は生き残れるか? 第1回】
■エンジンは本当に「終活期」に入るのか
最近BEVが時代のトレンドになっているのは、2019年に立案された欧州の上位政策の「グリーンディール」が大きな動機だ。
この政策では「気候変動の影響が増大し、生物多様性喪失が驚異的な速度で進行し、自然資源が過剰消費されることにより、地球規模での環境が重大な危機にさらされている」と警告している。日本も2021年に日・EU首脳協議で「グリーンアライアンス」に合意している。自動車業界もこのグリーンディールに沿った形で、再生可能なエネルギーを使うBEVへのシフトを急いでいる。他方、中国もBEV化を鮮明に打ち出しているが、その狙いは中国の自動車産業の発展であり、最近開催された中国上海モーターショーでも地元の中国メーカーが様々なBEVを披露していた。
こうしたニュースのヘッドラインを読むたびに、「BEVこそが救世主だ」と思ってしまうが、本当にそうなのだろうか。長いあいだ親しんできたエンジン(内燃機関)は終活期に入ったのだろうか。
だが、トヨタのように、電気もない新興国にもクルマを販売しているメーカーは、BEVの一本足打法では事業が成り立たない。そんな事情もあって、トヨタは水素に注目したり、合成燃料を視野に入れるマルチパスの戦略を持つ。また、ポルシェのようなスポーツカーメーカーは、既存ユーザーのために合成燃料の開発を進めている。
■戦前から利用されていた合成燃料
合成燃料の歴史は古く、石油が安定して供給されない時代に「代替燃料」として研究されてきた。
まずはエンジンが誕生した時代を振り返ってみる。
今から150年くらい前のことだが、ドイツ人のニコラス・オットーが2サイクルのガスエンジンを考案し、さらに改良を重ねた結果、1876年には現在のガソリンエンジンの元になる4サイクルのガスエンジンが完成した。
ニコラス・オットーに師事していたゴットリープ・ダイムラー(ドイツ人)は、1886年にガソリンエンジンを搭載した自動車を考案する。そして偶然にも近くに住む同じドイツ人のカール・ベンツもガソリン自動車を考案した。ダイムラーは馬の代わりにエンジンを搭載する四輪自動車を作り、ベンツは操舵装置を持つ三輪自動車を考案した。事実上この二人がガソリン自動車の生みの親となり、パテントには二人の名前が記載されている。
内燃機関の立役者であるニコラス・オットー(写真左)とゴットリープ・ダイムラー(同右)。約150年間におよぶ「内燃機関の時代」を創り上げた
同じ時期にルドルフ・ディーゼルというアントレプレナー精神に富んだ技師がドイツに存在していた。1893年にディーゼルは圧縮自己着火式エンジン、つまり後のディーゼルエンジンを考案したのである。パリで育ったルドフル・ディーゼルはイギリスに渡り蒸気機関が全盛の社会に圧倒されたが、蒸気機関の熱効率の悪さに愕然としていた。そして、もっと効率のいい熱機関の発明に意欲を燃やし、ドイツの田舎でも手に入るピーナツ油が使えるディーゼルエンジンの開発に成功する。
その後、ディーゼルエンジンは石油から作られる軽油に代替されたが、ディーゼルエンジンはその構造上どんな燃料でも燃焼できるロバスト性を持っていた。
エンジンを考案したのは紛れもなくドイツであるが、1920年代は石油資源が乏しく、さらに戦争によって英国から海上封鎖されることが予測されたので、自国で採掘できる石炭をガス化する代替燃料の開発が進められていた。
ここで登場するのが二人のドイツ人化学者である。一人はフランツ・フィッシャー、もう一人はハンス・トロプッシュ。この二人はガス化した燃料から人工的に液体燃料を作る手法を考案し、二人の名前を冠して「FT合成」とよばれるようになった。だが、戦後は安価な石油が大量に供給されるようになり、石油と比べてコストが高いFT合成の液体燃料の需要はなくなった。
■近年の合成燃料はe-fuel
しかし、最近になってふたたびFT合成が注目されるようになったのは「カーボン・ニュートラル」へのシナリオが描けるようになったからだ。ただし鍵を握るのは「水素」であるという点は忘れてはいけない。ここでは環境に優しい合成燃料「e-fuel」について説明する。
合成燃料(e-fuel)の製造過程。ステップ1 の、工場などから出るCO2を集めて作るのがポイント。合成ガスを液体化し、燃料として再利用する。自動車だけでなく多くの用途が可能
筆者は2014年に、アウディが取り組む「e-fuel」を現地で取材したことがある。視察した実験プラントはニーダーザクセン州にあるヴェルルテ(Werlte)という酪農の町。「e-fuel」生成のプロセスをもう少し述べると、まず再生可能なエネルギーから電気をつくり、電気分解で水素を生成する。その水素(この場合は「グリーン水素」と呼ぶ)を工場などで排出するCO2に合成し、メタンCH4を生成する。このようにCO2と水素を利活用できれば、エンジンは堂々と生き残ることができるのである。
このプロセスで合成されるメタンガスをアウディ「A3 g-tron」で走らせると、電気自動車やPHEVよりもCO2排出量は少なくなる。CO2が再び燃料となるのだから理想的なエネルギーのエコシステムが構築できる。F1やル・マンレースでは「2026年にe-fuelを使う」と発表しており、自動車メーカーも注目している。
ル・マン24時間レースは、歴史的に「新しい挑戦」に寛容なカテゴリー(ロータリーエンジンが総合優勝を飾ったこともある)。2026年には水素で駆動するマシンもトップカテゴリーに参戦可能となる
現在はポルシェがこの技術を受け継ぎ、南米チリで合成燃料の開発生産に乗り出した。この地域では再生可能なエネルギーの切り札である風力で発電し、電気分解によって水素を作る。ドイツのシーメンス、アメリカのモービル・エクソンと連携し、水素を利活用するe-fuelの製造事業が始まっている。
■バイオマス燃料が普及するブラジル
2010年5月、カーニバルで知られるリオ・デジャネイロで、タイヤメーカーのミシュランの環境イベント「ミシュラン・チャレンジ・ビバンダム」が開催された。その取材のために日本から地球の裏側の地に向かった。ここブラジルでは自国のサトウキビを原料としたバイオエタノールにガソリンを混ぜたものが普及していた。
1970年代の石油ショックで大打撃を被ったブラジルは、自国の農産物で作るバイオマスを代替燃料とする国家のエネルギー政策を推進し、それがバイオエタノール車の普及につながっている。ガソリンで走る乗用車のほとんどは「FLEX FUEL」と呼ばれ、エタノールが利用できる。
市内のガソリンスタンドではガソリン燃料にエタノールを85%混ぜるE85、あるいは100%エタノール(E100)も市販されていた。ブラジル仕様のホンダ「シビック」を試乗したが、ガソリン給油口にはE100と書かれており、100%バイオエタノールの代替燃料を使う。しかし、低温時の始動用に0.7Lのガソリンタンクを装備していた。ホンダのブラジル仕様のシビックはCO2とNOxの排出量が少なく、環境に優しい。
世界中で開発が続くe-Fuel。燃料側の開発を進めることで、クルマ側(内燃機関)の改造範囲が少なく済むところがポイント。古い愛車、乗り続けられるかもしれません。現時点で精製コストはガソリンの2~3倍程度と言われている
2008年ごろにドイツではフォルクスワーゲンとダイムラー・ベンツが次世代バイオマスの有効な利用法を研究し、その成果を発表するワークショップを取材したことがあった。そこではBTL(Biomass to Liquids)という合成燃料をドイツ・フライブルク市にあるコーレン社(CHOREN)で開発し、廃材や食べられない植物などから人工的に液体燃料(商品名SUNディーゼル)を作ることに成功していた。このバイオマス・ディーゼル燃料は2008年のル・マン24時間レースに参戦したアウディのレースカーに使われていた。
■代替燃料は国のエネルギー安全保障と関係
ところかわって、アメリカではどんな政策が進められていたのだろうか。
1993年、第42代アメリカ大統領に就任したクリントン政権は、「PNGVプログラム(パートナーシップ・ニュー・ジェネレーション・ビークル)」を立ち上げ「大人が4人乗れて70MPG(マイルパーガロン=約30km/L)の燃費で走れるクルマを次世代カーとする」というプログラムを策定した。冷戦後の軍事技術を応用し強いアメリカの自動車産業を復活させる国家プロジェクトであった。同時に石油の消費を抑える狙いもあった。
続いて第43代大統領のジョージ・W・ブッシュ政権は「フリーダム・カー・イニシアティブ(Freedom CAR)」を設けて、水素燃料電池や水素エネルギーに関するインフラを整備する政策を推し進めていた。この政策の裏側には輸入石油に頼らない国家のエネルギー安全保障というシナリオも組み込まれていたと筆者は考えていた。そして第44代大統領のバラク・オバマ政権では、さらに環境問題にシフトするグリーンニューディールが登場した。
日本はオイルショック以来、省エネ政策が進められ、自国のエネルギー自給率を上げるべく、原子力を推し進める国のエネルギー政策が主流だった。資源のない国の日本にとって、いつの時代もエネルギーは悩みのタネだったと思う。自動車大国のドイツも同じ課題を抱えており、自動車が誕生した100年も前から石油に頼らないエネルギーを研究していた。
歴史を見ると、ガソリン自動車が普及するまでの短い期間に鉛バッテリーのEVが走っていたこともあった。20世紀は紛れもなく「石油の世紀」となり、機械工業が一気に進み、便利な社会が生まれたが、一方で富める者と富まざる者という格差も生まれた。
石油は人類に何をもたらしたのだろうか、と考えているのは私だけではないだろう。
最後に付け加えるなら、エンジンは大気中の空気を吸入するので、大気を浄化することも可能だ。BEV化のハシゴを外したのは誰であっても構わないし、重要なのは「BEV化」よりも「カーボンニュートラル化」であり、どのようなかたちで(移動のための)エネルギーを(時代の要請に従ってクリーンに)生み出すか、ということのはずだ。BEVも「e-fuel」も、石油から解放されるなら、歓迎すべきだと筆者は考えている。
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みんなのコメント
拠点に充電スポットが無いクルマが多く電源も火力がシェアの高い日本ではまだまだ内燃機関も重要なインフラであり続ける。
ハシゴを外すだの止めるだの、こんな視点は日本の自動車ジャーナリストとやらだけだろう。
「CO2排出量削減」が目的であって、自動車の動力としてどちらが優れているか、の話ではない。
こんな下らない内容を書いて金が貰えるなんて幸せな仕事だ。