■多様なニーズを、コスパよく満たすための方法として
世界的なトレンドとなっているSUVですが、日本も例外ではなく、ほとんどのメーカーが主力モデルとしてSUVをラインナップしています。
なぜSUVは人気となり、その人気はいつまで続くのでしょうか。
2021年7月現在、SUVをラインナップに持たない国産メーカーは皆無です。輸入車ブランドにまで視野を広げてみても、SUVをラインナップしないブランドは、フェラーリのようなごく一部のスーパーカーブランドなどに限られます。
2020年に、日本国内でもっとも売れたクルマはトヨタ「ヤリス」ですが、実際にはその大部分を「ヤリスクロス」が占めるとされ、そのほかトヨタ「ライズ」「ハリアー」などもランキング上位に名を連ねます。
また2021年は、ホンダ「ヴェゼル」が初のフルモデルチェンジを果たし、上位ランクインが確実視されています。
このように、現代がSUV全盛の時代であることは疑う余地がありません。では、そもそもなぜSUVがここまで大きな人気となったのでしょうか。そして、その人気はいったいいつまで続くのでしょうか。
SUVは「スポーツ・ユーティリティ・ビークル」の略称ですが、ここでいう「スポーツ」とは、野球やサッカー、あるいはスキーやサーフィンといった運動競技ではなく、より広い意味での「娯楽」を指しています。
SUVは、日本語では「多目的乗用車」などと訳されるのが一般的ですが、こちらのほうがより実際のイメージに即していると言えます。
SUVとよく似たボディタイプのクルマとして、「クロスカントリービークル」があります。
トヨタ「ランドクルーザー」やメルセデス・ベンツ「Gクラス」などが代表的な例ですが、これらは未舗装路や砂漠、雪上などの悪路を走行することを本来の目的として開発されたクルマです。
構造上は、「ラダーフレーム」と呼ばれる強固なフレームを持つといった部分で、一般的なSUVとは区別することができます。
実際には、ランドクルーザーやGクラスも、乗用車として市街地で走行する人がほとんどであり、これらをひっくるめてSUVと称することもありますが、ここではクロスカントリービークル(=ラダーフレーム構造を持つクルマ)はSUVとは異なるものとして考えたいと思います。
SUVの元祖には諸説ありますが、現代的なSUVにはふたつの源流があると筆者(Peacock Blue K.K.瓜生)は考えます。
ひとつは、1994年に登場したトヨタ「RAV4」です。三菱「パジェロ」などに代表される「クロカンブーム」の時代からしばらく経ち、バブル経済も崩壊した日本では、クロカンのスタイルを持ちながらも、より安価でライトなクルマが求められていました。
そこで、同時代のトヨタで展開していた乗用車をベースにしたクロスオーバーSUVとして、RAV4が開発されることになりました。
ランドクルーザーほどの本格的な悪路走破性能はありませんが、ワイルドなスタイリングと使い勝手の良いサイズ感、そして手頃な価格が市場の反響を呼びました。
多様化する消費者のニーズを捉える必要がありながらも、コストを意識した開発が求められるなかで、乗用車をベースとしたSUVはどちらの要件も満たすまさに救世主的存在でした。
RAV4の大ヒットの後、1997年には同じくカムリのプラットフォームを用いた「ハリアー」およびレクサス「RX」が登場しました。
サスペンションのストロークを長くとれること、後席も含めた居住空間を広くとれるというSUVの利点を活かし、高級サルーンのような乗り心地を追求した都市型SUVとして、新しいカテゴリーを切りひらいたハリアー/RXは、日本および北米で高評価を獲得し、現在でも両ブランドの主力車種として君臨しています。
ハリアー/RXの登場以降、SUVは決して悪路のためだけのものではなく、スタイリッシュなデザインを持つ都市型のクルマとしても認知されるようになりました。
そして、近年のSUVは、「デザイン性と乗り心地に優れ、広い居住空間を持ち、なおかつ本格的なクロスカントリービークルよりも手頃」という、トータルバランスの良さをウリに、続々と新型車が登場し、販売台数を伸ばしていくことになったのです。
一方、現代のSUVブームにはもうひとつの源流があると筆者は考えます。それは、ポルシェ「カイエン」などを起源とする高性能SUVの流れです。
いまでこそカイエンや、よりコンパクトな「マカン」によって、ポルシェは飛ぶ鳥を落とす勢いとなっていますが、1990年代は経営不振から倒産の危機に瀕していました。
結果的に、フォルクスワーゲングループの一員となることで息を吹き返すのですが、そのコラボレーションの一環として登場したのがカイエンでした。
砂漠を250km/hで走行することができるほどの性能を持つカイエンは、それまでのスポーツカーの常識を覆すような存在でした。そんなカイエンがおもなターゲットにしていたのは、新興国、より具体的にいえば中東諸国でした。
オイルマネーで潤う中東諸国は、2000年代初頭には急速な勢いで経済発展を遂げ、ドバイやアブダビなどの都市が世界経済でも大きな影響力を持つようになっていきます。
しかし、急速な経済成長とは裏腹に、道路などのインフラ環境が整うには一定の時間がかかります。
つまり、スーパーカーを買うだけのお金は持っていても、走らせる道がないという状態となっており、カイエンや同時代に登場したBMW「X5」などは、そうした地域の富裕層がメインターゲットとなっていたのです。
そして、その後は中国が急速な経済成長を遂げ、2009年には世界最大の新車販売市場となったほか、東南アジアやインド、ブラジル、ロシアなどでも、インフラ環境の整備を超える勢いで富裕層が増加してきました。
2010年代の超高性能SUVや、超高級SUVは、こうした地域へのニーズを満たすために開発されつつも、日欧米などの既存市場にも受け入れられるというまさに「一石二鳥」的な存在として、その勢力を拡大させていったのです。
カイエンや、ランボルギーニ「ウルス」、ベントレー「ベンテイガ」などといった車種も、クロスオーバーSUVというカテゴリーに分類されるものです。
ただ、同じくクロスオーバーSUVである、RAV4やハリアーなどが登場した背景とは異なっており、別の起源を持っていると考えるほうが妥当だと考えられます。
■このSUVブームはいつまで続くのか
近年のSUVブームは、それぞれ起源は違えど、市場のニーズに対応する形で登場してきたのは、ここまで説明してきたとおりです。
前述のように、SUVはそのトータルバランスの高さから、多くの人にとって「もっとも都合の良いクルマ」になっているのが現状です。つまり、特定の目的や事情がない限りは、SUVを買うほうが理にかなっているといえます。
「特定の目的や事情」とは、駐車場のサイズ、予算面の都合あるいは、スポーツカーやクーペなど、特定の車種に興味を持っていたりすることかもしれません。
しかし、「そこそこの予算で、そこそこカッコよくて、そこそこ使い勝手が良くて、そこそこ走りも良くて…」といったようなニーズを最大公約数的に満たすのは、現状ではSUV以外にはありません。
このように考えると、近年のSUV人気は、もはや「ブーム」と呼べるほど一過性のものではなく、クルマのスタンダードになりつつあるということができます。
かつてはセダンがスタンダードの立場にあり、セダンの派生形としてワゴン(エステート)やクーペがありました。
しかし、いまではセダンはどちらかといえば少数派であり、むしろ積極的な理由(例えば、「セダンが好き」とか「セダンしか車庫に入らない」とか)がない限りは、セダンを選ぶ必然性は薄れつつあります。
こうした市場のニーズが、さらにSUVのラインナップ増加(とそれ以外のラインナップ減少)を推し進めることになるのです。
もし、将来このトレンドに転換点が来るとすれば、電気自動車(EV)がより一般化するか、完全自動運転が浸透するかのどちらかのタイミングでしょう。
エンジンを必要としなければ、クルマのボディ構造やデザインも大きく変わります。
また、完全自動運転が実用化されれば、居住性や安全性をより重視したデザインになる可能性があります。
いずれにせよ、そうしたトレンドの転換点は少なくとも10年から20年は先のことでしょう。
それまで、SUVは「クルマのスタンダード」として君臨し続けることは間違いないといえます。
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