英国では一般的だった3台が並ぶ光景
出張帰りのサラリーマンが、道筋の売店でフレンチフライをオーダーする姿は、1975年の英国でも珍しい光景ではなかった。彼らが運転するクルマは、フォード・コルチナ Mk3辺りが相場だった。
【画像】1970年代の当たり前 マリーナ ハンター キャバリエ 1960年代の英国車 最新ヴォグゾールも 全147枚
しかし、周囲とは違うモデルを望む係長も珍しくなかった。色鮮やかなモーリス・マリーナ 1.8スーパーやヒルマン・ハンター GLS、ヴォグゾール・キャバリエ 1900 GLが駐車場に並ぶ光景も、当たり前のものといえた。
今回ご登場願ったサルーンを目にすると、高速道路を軽快に行き交っていた、実務時代を思い出すという英国人もいらっしゃると思う。ロスマンズのタバコと小腹を満たすお菓子もカバンに入れて、モーテルを拠点に渡り歩いていた日々を。
ベッドから起きて小さな部屋のドアを開けば、クルマ数の少ない道路が待っていた。新しいビジネスチャンスを求めて、ステアリングホイールが握られていた。
この3台で最も基本設計が古いのは、ヒルマン・ハンター GLS。1966年のロンドン・モーターショーでルーツ・グループが発表した、アロー・シリーズと呼ばれたモデルだ。ヒルマン・ミンクスの後継モデルに相当した。
ハンター GLSが登場したのは1972年。その過程でルーツ・グループはアメリカのクライスラーに買収され、クライスラーUKへリブランドされており、フォード以外を求めたドライバーから支持を集めた。
ツアー・オブ・ブリテンでクラス優勝
当時の広告では、ロンドンの北東、ストラットフォードからグレートブリテン島の南岸、サウサンプトンまで短時間に走れるとPRされていた。ツイン・キャブレターが載った1725cc 4気筒エンジンと、サンビーム譲りのサスペンションが走りを支えた。
このハンター GLSでは、クロスレシオの4速マニュアルが搭載されていた点も魅力になった。ダッシュボードにはメーターがフル装備で、本物のウッドトリムがインテリアを飾っていた。
フロントマスクを引き締めたのは、ハンバー・セプターからイメージを引き継ぐ丸目4灯のヘッドライト。スポーツ・ホイールが足元を引き締め、通行人の注目を集めるほどではなかったものの、活発な走りを想起させた。
むしろ控えめな容姿は、営業で駆け回るサラリーマンに適していた。エリア・マネージャーに、スポーツ・ストライプは必要なかった。
最高速度は167km/hに達し、0-97km/h加速を10.9秒でこなし、当時の同クラスとしては驚くほどの速さを披露。1973年に開かれたツーリングカーレース、ツアー・オブ・ブリテンではクラス優勝を果たしている。
またカストロール・グループ1 プロダクションカー・チャンピオンシップでも、グループBカテゴリーでハンターは勝利。ステアリングホイールを握ったバーナード・ウネット氏を、表彰台へ立たせている。
純正色だったライムグリーンの塗装
ところが、ヒルマン・ブランドは1976年に終了。アロー・シリーズも最後を迎えた。アイルランドではクライスラー・ハンターとして1979年まで生産が継続され、イランではペイカンという名前で2005年まで作られたが。
日常的なサルーンだったこともあり、ハンター GLSの残存数は非常に少なく、英国でナンバー登録されているのは12台だという。今回は、ピーター・オコンスキー氏の愛車を持ち込んでいただいた。
彼の父がヒルマン・ファンだった影響から、オコンスキーは2013年にハンター GLSを購入。2019年12月にレストアへ着手し、2021年に仕上がった。それ以前、2018年11月まではガレージに眠らせていたという。
再塗装されたライムグリーンのボディが、現代の交通に紛れても存在感を放つ。「純正色なんです。信じられない人もいるでしょうね」。とオコンスキーが笑う。当時のパンフレットには、レースで勝利しタイムラップを更新するクルマの色だとうたわれていた。
1970年代のヒルマンは、フォードと異なりイメージが低かったと彼は考えている。「1960年代のクルマですから、21世紀に運転するには自分が合わせる必要があります。でも、ハンターはとても楽しいですよ」
「加速は鋭いですし、変速も滑らか。ファミリーカーとしても問題なく乗れます。多くのGLSが、オプションでオーバードライブを装備していますが、自分のハンターは珍しく装備されていません」
「スーパーやガソリンスタンドでは、毎回かなり時間が取られます。父や母が乗っていた、という人が懐かしんで声をかけてくるので」
オペル・アスコナBがベースのキャバリエ
他方、鮮やかなイエローのサルーンは、ヴォグゾール・キャバリエ 1900GL。リチャード・ワッツ氏がオーナーで、現存する個体としては最も古いという。1975年のモーターショーで展示された車両そのものという点も、特別さを強めている。
1976年のモーター誌を読み返すと、キャバリエはクラスの勝者へ近い、と評価している。CAR誌も、正しく見えるモデルだと紹介している。
その頃、ヴォグゾールは変革時期にあった。既存の4ドアサルーン、ビバHCをHDへモデルチェンジする計画を立てていたが、英国を中心に欧州で販売不振に陥り、1972年にはカナダへの輸出も叶わなくなり中止。
親会社のゼネラル・モーターズは、ドイツのオペル・アスコナBへ手を加えて提供する方が適切だと判断した。そこでヴォグゾールのチーフ・デザイナー、ウェイン・チェリー氏が新しいフロントマスクをデザイン。キャバリエが誕生した。
当初の発売は1977年に設定されていたが、経営悪化への打開策として1975年9月29日に計画は繰り上げられた。同社の経営責任者だったボブ・プライス氏は、開発費用の5000万ポンドと、3年間を節減できたと後に述べている。
LOU 848Pのナンバーが維持されたワッツのキャバリエ 1900GLは、まるで新車のように美しい。当時の英国人へ及ぼした影響も想像できる。垢抜けたスタイリングで、ブランドへ新しい希望も抱かせたサルーンだった。
この続きは後編にて。
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さてピアノを運ぶ準備するか。