アメリカのシンガー・ヴィークル・デザインが手掛けたポルシェ「911(964型)」の、最新モデルが日本に上陸した。滅多に取材できない究極の1台をリポートする。
なぜ964限定か?
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さる11月10日、ポルシェ「911(964型)」をナロー(初代911)風にレストア&リイマジン(再想像)するアメリカ・カリフォルニアのスペシャリスト、シンガー・ヴィークル・デザイン(以下シンガー)が手がけた1台が日本で初公開された。2021年にシンガーの日本代理店となった永三(ユンサン)MOTORSを通じて発注した個体が、2年の歳月を経てようやく完成、911のコレクターというオーナーの厚意で、東京都品川区にある寺田倉庫の一画に展示されたのだ。
筆者も実物を見るのは初めてで、いやはやたまげました。カタチは1963年発表の911風だけれど、ベースは1989年から1994年まで製造された964だから、ナローよりは若干大きいはずだ。でも、違和感がまるでない。
ボディの外板はピラーの一部を除いてカーボンファイバー製で、その仕上がりはすばらしい。カッコいいのである。パーツのひとつひとつがまるでラグジュアリー・ブランドのプロダクトみたいに手が込んでいる。シート表皮、ダッシュボード、ドアの内張りに精緻なウーヴン・レザーを用いたりしているし、ボンネットの蝶番もアルミの削り出しを使ったりしている。極太の頑丈そうなロールケージの仕上げも、溶接のあとはどこにもない。“Everything is Important”というシンガーのスローガンには魂が宿っている。
シンガー・ヴィークル・デザインにレストアと、彼らのいうリイマジン(一般的な用語だとモディファイかもしれない)を依頼するにはまず献体(ドナー)が必要だ。献体は前述したように964のみ。なぜその前のGシリーズやその後の993型ではダメなのか?
来日したシンガーのブランド・マネージャーのフィルと、納車の後の技術関連のサポート役のダニエルによると、964は5万6000台つくられていて豊富にあるし、彼らが創業した2008年当時は安かったから、手に入れやすかった。964以前のモデルでは古すぎて、個体のサビやコンディションなどの問題も出てくる。技術的にもシェルが強くなっているし、964はティプトロニック(オートマチック・トランスミッション)を入れるためにセンター・トンネルが広い。だから993で登場するG50型ギアボックスの6速MTもおさめられる。さらに993だと、リヤ・サスペンションがマルチ・リンクになって複雑になる。964の前マクファーソン・ストラット/コイル、後セミ・トレーリング・アーム/コイルが彼らにとって理想的だったのだ。
この964のサスペンション・レイアウトを生かしながら、シンガーでは独自のジオメトリーとダンパー、コイルを使い、顧客と話し合いながらセッティングを決める。もちろん内外装にわたって顧客とはビスポークで仕立てられる。これは長い時間がかかるそうだ。
8000万円の内訳シートはツーリング、スポーツ、それにカーボン製の骨格を持つトラック(サーキット)から選ぶことができる。展示車はトラック用がオーナーによって選ばれている。
ドナーは964だったらティプロトニックでも構わない。特別な事情がない限り、マニュアルのG50型ギアボックスの5速、もしくは6速に載せ替えられる。シンガーでは25万マイル、ということは40万km走った個体もドナーとして受け入れたことがあるそうだ。
永三MOTORSの担当者によると、事故車でないことを証明する数値のデータを事前にシンガーに送っておく必要がある。ドナーでそのままのメジャー部品はふたつのみ。シャシーとエンジンのクランクケース(ブロック)だけという。
エンジンは、展示車の場合、ボアとストロークを広げた4.0リッター・バージョンが載っている。クラシックスタディというこの個体のシリーズは限定450台で、すでにオーダーは埋まってしまい、新たな受注はしていないものの、一応紹介しておくと、964の3.6リッターを完全にリビルトしたタイプ、コスワース社が3.8リッターに拡大したタイプ、そしてエド・ピンク・レーシング・エンジンズというカリフォルニアのレースエンジン専門のスペシャリストが手作業で組み立てる4.0リッターから選べる。とはいえ、この4.0リッターも、ピストン、コンロッド等のパーツの製造は外部でも、設計は自社でおこなっている。
ホイールはポルシェ純正のフックス・スタイルながら、シンガー・オリジナルのBBS、タイヤは前225/40、後265/40の、ともにZR17のミシュラン・パイロット・スポーツ4Sを展示車は装着している。964にも17インチはあったけれど、サイズは前205/55、後245/45だった。ブレーキも格上げされている。キャリパーは993用で、展示車のようにブレンボのカーボセレミックディスクローターも選べる。
カーボンの外板とブレーキディスクにチタンのマフラー等で、車体は100kgほど軽くなっている。それでもって4.0リッター・エンジンの最高出力は390ps/7000rpm、最大トルクは315lb-ft(427Nm)/5900rpmもある。いいだろうなぁ。乗ってみたいなぁ。
価格は展示車両で8000万円ほど。ドナーの964はもちろん別だ。お支払いはドルのみである。
ポルシェへの全面的なリスペクトシンガー・ヴィークル・デザインは自らを製造者ではなく、レストア&リイマジンの会社だと定義している。その目的は究極の911をつくることにある。
「レストレーションの会社はほかにもありますが、私たちほどディテールにこだわっているところはない。注文があった時点で、オーナーの方と非常に時間がかかるプロセスですけど、密に注文を聞いています。その話し合いのなかには、われわれがやったことがないものもあって、つねにチャレンジを突きつけられている。でも、それをわれわれは歓迎しています」と、フィルは語っている。
「911のオリジナルのフィールを維持しながら最新の知見、テクノロジーを導入して、911が本来あるべきフィールを実現する。その際、911の持つドライビングのエキサイトメント、スリル、キャラクター、ダイナミクスを損なうことはまったく許されません」と、ダニエル。
ふたりの話をまとめると、シンガーにはカリフォルニアだけでなく、イギリスのモーター・ヴァレー、コヴェントリーにも拠点があって、30~50人のエンジニアが働いている。彼らのバックグラウンドはさまざまで、パワートレインではジョン・マギーという元ウィリアムズF1の関連会社で働いていたエンジニアがチーフをつとめている。マギーさんは世界で最初に公道用の空冷911の4バルブを開発した、ポルシェエンジンの天才だそうだ。
カーボンパーツはコヴェントリーとロスアンジェルスの会社に発注している。かたやレース産業、こなた航空宇宙産業の盛んな土地柄である。
シンガーはいまや全世界で500人が働いていて、年産150~200台の規模に成長している。2008年の創業以来の生産台数は350台に過ぎない。最初の5年は25台しかつくっていないからだ。現在でも1台をレストア&リイマジンするのに1年から1年半かけている。しかもウェイトリング・リストは長くなっている。販売は50%強が本拠地のある北米で、その他、英国、ヨーロッパ、オーストラリア、中東、そして日本へと販路を広げている。日本には5台から10台がやってくるはずだ。
現在、クラシック・スタディ、ターボ・スタディ、ダイナミック・ライトウェイト・スタディの3つのシリーズを発表しており、前述したようにクラシック・スタディはすでに完売している。次の枠は、2027年から始まる。
最近ポルシェが911GTSとか911Tとか、マニュアルをつくっているのはシンガーの影響かもしれないですね。と、伝えると、フィルもダニエルも「メイビー(たぶん)」と否定しなかった。
「そもそも私たちがこうやって事業をやっていられるのはポルシェが911をつくってくれたからで、そのことにものすごく感謝しています。もっとも基本的なことは、われわれがやっていることのすべてがポルシェへの全面的なリスペクトであり、911への祝福なのです」
文・今尾直樹 写真・安井宏充(Weekend.) 編集・稲垣邦康(GQ)
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