アトキンソンサイクルとミラーサイクル。ともに高膨張比サイクルをなすためのバルブタイミング制御による運転方法である。理論としてはまったく別の手段なのだが現実的には同じ──という昨今。何が違うのか、どこが同じなのかをあらためて考えてみる。TEXT:三浦祥兒(MIURA Shoji)
トヨタのハイブリッドシステム「THS」と、マツダの「SKYACTIV」に使われるガソリンエンジンのキー技術が「可変圧縮比(膨張比)」システムである。どちらも同じ機構なのだが、トヨタは「アトキンソンサイクル」と称し、方やマツダ(他メーカーも)は「ミラーサイクル」と呼ぶ。
4ストロークガソリンエンジンは、吸気(下降)行程でシリンダーに取り込んだ混合気を圧縮(上昇)し、プラグ点火することで発生した熱エネルギーを膨張(下降)行程で運動エネルギーに変換することで成立する。カッコで記した行程とはすなわちピストンストロークであり、カタログに記載されているようにストローク量は各行程同じだ。しかし膨張時にピストンが下死点まで下がり切ってもまだ熱エネルギーは残っており、そこからさらにピストンを下降させることができれば、より多くの運動エネルギーが取り出せる。言葉を換えれば「熱効率が上がる」のだ。
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そのことはピストンエンジンが実用化された時点で既に理解されていた。カール・ベンツとゴットリープ・ダイムラーが世界初のガソリン動車を作った4年前の1882年に、イギリスのジェームス・アトキンソンが、圧縮行程と膨張行程のストローク量が異なるエンジンを開発して特許を取得している。
アトキンソンの作った可変圧縮膨張比エンジンは、昨年市販化された日産のKR20DDETと原理的に同様の機構と言って過言ではないが、百数十年前の技術ではそれを自動車用エンジンとして実用化するのは困難で、早くも忘れられた存在になっていた。
クランクシャフトとコンロッドを複数のリンクと組み合わせるアトキンソン・サイクルは、高度に洗練された機械技術がないと成立しないが、同様の効果を吸排気のタイミング制御で得られることを、アメリカのラルフ・ミラーが1957年に提唱し、特許を取得した。
丁度その頃、ポルシェとフィアットがエンジン回転数と負荷によってバルブタイミングを変えることのできるシステムの研究に着手しており、1980年代には可変バルブタイミング機構が実用化されて、市販車に投入されるようになった。それを利用してラルフ・ミラーの案を初採用したのがマツダであった。1993年のことである。
マツダはミラーに敬意を表してか、このシステムを「ミラーサイクル」として大々的に喧伝した。
一方、当時のトヨタは自動車用パワートレーンの近未来形をハイブリッドと定め、ガソリンエンジンと電動モーターを併用する独自のシステムを構築。そのエンジンにミラーサイクルを採用する。だが彼らはなぜかこの機構のことを「アトキンソンサイクル」と名付けてしまった。おそらくは商業的に失敗したマツダの初代ミラーサイクルと同じ扱いをされることを嫌ったのだろう。
不思議なのはホンダの場合だ。
ホンダは定置用エンジンとして「真性アトキンソン機構」のエンジン・EXlinkを21世紀初頭から開発に着手し、2011年にはコジェネ用として市販化している。ところが、可変バルブタイミングを使った可変圧縮膨張比エンジンにも「アトキンソン」の名を冠している。効能が同じだから、ということなのだろうが、機械的な成立要件がまるっきり異なる機構に同じ名前を付けるのはいかがなものだろう。
ネーミングにまつわる場外乱闘はここまで。次回は「ミラーサイクル」の技術的実態を採り上げよう。
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