時速100マイルを実現したスーパースポーツ
現在わたしたちが乗っている普通車の多くは、160km/h(時速100マイル)というスピードを出すことも難しくはない。条件さえ許せば。しかし100年ほど前に遡れば、そんな高速移動を経験できるのは特別なドライバーに限られた。
【画像】ベントレー・3リッター・スーパースポーツと後継のブロワー 同年代の高性能モデルも 全79枚
時速100マイルを突破できる能力を持つモデルは、センセーショナルな存在ですらあった。そんな注目を1925年に集めたクルマが、大きく翼を広げたグリーンのロゴが与えられた最初のベントレー、3リッター・スーパースポーツだ。
標準の3リッターをベースに、高性能なショートシャシー仕様が作られたのは、1925年から1927年の3年間で合計18台のみ。そのすべてに、ベントレーによる時速100マイル保証が付帯していた。
高性能化が図られた3リッター・スピードの価格が925ポンドだったのに対し、スーパースポーツは1050ポンド。さらにベントレーはシャシーのみを販売したため、架装を手掛けるコーチビルダーへ、オーナーが独自のボディ製作を依頼する必要があった。
3リッター・スピードより9.5インチ(約241mm)短い、9フィート(2743mm)のホイールベースを持つシャシーは、25kg軽量。1143kgという重さで、当時の熱心なドライバーの支持を集めることになった傑作だ。
今回は、その貴重なクラシック・ベントレーをご紹介させいただきたい。
WO.ベントレーの4気筒エンジンの最終形
3リッター・スーパースポーツは生産数が少ないだけに、現存数も極めて限られる。だが先日、グレートブリテン島の南部に位置するウィリアム・メドカーフ社が、ほぼオリジナル状態のシャシー番号1174をコレクションしているという情報を聞きつけた。
問い合わせると、快く取材を許していただいた。ソリッド・ブラックに塗られたボディを覗き込めば、使い込まれたレザーの内装が目に飛び込んでくる。威風堂々とした雰囲気を漂わせる。
ラジエーターは、空気抵抗を抑える目的で傾斜が付いている。その後ろで熱く燃えるのは、WO.ベントレー氏が設計した、シングル・オーバーヘッド・カムでツインプラグが与えられた、直列4気筒エンジンの最終形といえるもの。
フライホイールは軽量化され、シリンダーの圧縮比は6.3:1へ上昇。ピストンも軽量化され、SU社のタイプG5キャブレターが2基組まれた。
完成したショートシャシーは納車前テストとして、ロンドン北西部のクリックルウッドから南西部にあるブルックランズまで試走。時速100マイルが達成可能か、実際に確かめられた。
今も走行可能な3リッターは、多くが後継モデルの4 1/2が搭載した、4.4Lエンジンへ載せ替えられている。より大きい動力性能を求めて。しかし、2シーター・ボディが載った1174番には、元の3.0Lエンジンが維持されている。
過ぎた年月の風合いを失わないよう、細部まで意識が配られている。メカニズムの状態は好調。オーナーのメドカーフ氏は、英国でもベストといえるドライビングルートを、一気に約800km走らせたという。
コーナーへ鋭く侵入できるショートシャシー
運転席へ座る場合は、助手席側のドアからが良い。開口部のカットラインは、傾斜したフロントガラスと呼応するように後方へ傾いている。
ステアリングコラムが寝かされており、サイドサポートの高いシートの間から身体を滑り込ませるのは、筆者の体型の場合は少々きつい。足もとも、広々とはしていない。
ペダルレイアウトもタイトで、細身の靴でなければクラッチペダルが踏みにくい。シートは、しっかり身体を固定してくれる。背もたれを倒すと、テールゲートを開かずに荷室へアクセスできる。筆者も初めて知った機能だ。
ウッドで仕立てられたダッシュボードには、スミス社製のメーターが並ぶ。中央の大きなハンドルは、燃圧の調整用。自動化された当時のものより、信頼性は高いようだ。
可憐な見た目のエンジンの内側には、当時のクランクとロッドが残っている。流石に能力を限界まで試すことはなかったが、軽量なフライホイールと相まって、驚くほど熱心にパワーを生み出してくれる。
トップギアでもたくましい。100km/h程度なら、重厚なゴロゴロというノイズを放ちながら、2000rpmで巡航できる。
ステアリングホイールは、筆者が過去に運転した3リッター・スピード以上にレスポンスが良い。コーナーへ、より鋭く侵入できる。
ベントレー・マニアのなかには、スーパースポーツは操縦が難しいと考えている人もいる。特に濡れた路面では。メドカーフ氏は、そんなことはないと説明する。
コーチビルダーによるスポーティなボディ
4速マニュアルは、変速タイミングをうかがう必要がある。2速はゆっくり、3速は速めに。1度慣れてしまえばスムーズにこなせ、ビンテージ・ベントレーのなかでもベストに思える。シフトレバーは、運転席の右側から伸びている。
スーパースポーツは、標準ホイールベースの3リッターより、あらゆる面でシャープ。かのエットーレ・ブガッティ氏も、この珍しいベントレーを運転したことがあるという。
基本的に受注生産という体制で、シャシーの納期は2か月から3か月だった。モーターショーに展示されることなく、自動車メディアによる試乗レポートも実施されなかった。
ラインオフした18台の多くへ、短いシャシーに似合うスポーティなオープンボディが載せられた。そのなかには、自動車メーカーだったアルバニー・キャリッジ・カンパニー社によるものや、コーチビルダーのジャービス&サンズ社が手掛けたものなども含まれた。
一方で、HJ.ミュリナー社によるクローズド・ボディが架装された1台も存在した。洗練性を求め、軽さは多少犠牲になっていたはずだが。
最も美しいボディといえたのは、ロンドン南西部のサービトンに存在したコーチビルダー、スルビコ社が手掛けたものだろう。滑らかに前後へ伸びたフェンダーとボートテールが与えられた、2シーターに仕立てられていた。
海外のコーチビルダーによるボディも、2台が載せている。1台はフランス・パリへ、もう1台はオーストラリア・メルボルンへ運ばれて。
この続きは後編にて。
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