■トヨタが考える水素エンジンとは
2022年6月3日から5日におこなわている「スーパー耐久シリーズ第2戦 富士24時間レース」にて、トヨタはかねてから開発を進めている水素エンジン車の市場投入に関するアナウンスをしています。
どのような形で開発が進められているのでしょうか。
【画像】世界初公開されたスゴイ「カローラクロス」の実車を見る!(22枚)
2021年のS耐富士24時間耐久レースから1年、成長した水素エンジンが戻ってきました。
僅か1年で大きな成長を遂げたのは、クルマのニュースでお伝えしてきましたが、一番解りやすいのはラップタイムでしょう。
2021年は2分4秒059(決勝のファステストラップ)だったのに対して、2022年は1分58秒868(予選)と、何と6秒近くも短縮。
さらに給水素の時間も2021年は6分以上近くかかっていたのが、2022年は1分半と、こちらも大きく時間を短縮しています。
未知のエンジンを1年でここまで成長させた最大の理由は、トヨタの「モータースポーツを起点としたもっといいクルマづくり」の実践です。
トヨタではアジャイル開発といっていますが、「納期が明確になる」、「皆が見ている場で評価」により仕事のやり方が変わったといいます。
その結果、これまで先が見えにくい先行開発がよりスピード感をもって進めることができたというわけです。
とはいえ、水素エンジンに課題がないわけではありません。そのひとつが「航続距離」でしょう。
これまでエンジンの燃焼効率の改善で燃費は引き上げられてきましたが、航続距離は燃費×タンク容量となります。
現在、水素エンジンに使う燃料の水素は「気体」のため、搭載量に限界がありました。
この問題をクリアする手段のひとつが水素を「液体」のまま搭載することです。
このように言葉でいうのは簡単ですが、水素が液体になるのはマイナス253度で、ガソリンのように気軽にというわけにはいきません。
ただ、「実用化のためには挑戦する必要がある」ということで、昨年のS耐最終戦(岡山)で、GRの佐藤恒治プレジデントから「気体水素から液体水素へ燃料を切り替えるための技術的チャレンジを始める」と発表がありました。
ただ、そのハードルの高さは誰もが知るところなので、そう簡単にはいかないだろうなと思っていたのも事実です。
しかし、トヨタはその上を超えてきました。なんと、液体水素を使った水素カローラ(GRカローラがベース)を公開しました。
これについて豊田章男社長に話を聞くと、「本当はここ(2022年富士24時間耐久レース)でデビューさせたかったのですが、さすがに時間が足りなかった。それくらい難しい技術なんですよ」と。
ただ、岡山での発表から約半年でここまで進んでいるとはこれが今のトヨタのスピード感なのです。
さらに今回は車両展示に加えて、液体水素の搭載のタンクローリーから燃料供給までのシステムも公開されています。
驚きなのはシステムのサイズで比較のために気体水素を供給する移動式水素ステーションの横に展示されていたのですが、非常にコンパクトな設計です。これならピット内の設置も可能でしょう。
「これは凄いわ!!」と感心しながら見ていたら、ひとりのエンジニアが筆者の元にやってきました。
水素エンジンプロジェクトを統括する伊藤直昭氏です。氏はレクサス「LF-A」→「LFA」、実験車両「LFAコードX」、そして水素エンジンカローラと、ある意味“特殊なモデル”を主に担当してきたエキスパートで、当然のことながら液化水素プロジェクトにも関わっています。そこでさまざまな疑問について答えてもらいました。
――岡山から半年、正直ここまで開発が進んでいることに驚きました。
残念ながら24時間には間に合わなかったですが、インフラとクルマが繋がった状態でここまでたどり着きました。
――でも、走るんですよね?
本当に出来立てほやほやの状態で、まだ走らせてはいないです。
そんななかでお披露目したのは「仲間づくり」です。
我々としてもまだまだ勉強の段階ですが、オールジャパンの技術でやりたいと思っています。
ただ、液体水素をやっている企業や団体は本当に少ないので、早い段階で技術を公開することで「一緒にやりませんか?」と。
――水素エンジンカローラはこの1年で相当レベルアップしました。僕もGRヤリスの開発車両に乗せてもらいましたが、応答性やレスポンス、トルクの出し方などはガソリン車よりも優れている点が多いと感じました。
ただ、課題はやっぱり「航続距離」なんですよね。それに手を打つひとつの手段が「液体水素」というわけです。
――やはり液体のほうがいいですか?
「液体と気体、どちらが良いの?」と聞かれますが、それぞれに良さがあるのでっ選択できることが大事です。
例えば、ちょっと買い物にいくようなチョイ乗りのクルマであれば気体のほうがいいですし、商売で使うようなクルマや高性能で燃料をガンガン使うクルマは液体が向いていますね。
――液化水素の燃料を使うことで、エンジン側は何か違うのでしょうか?
我々としては積んでいる燃料が気体であろうが液体であろうが、「同じ物が使えるように」と考えています。それは使うクルマの用途/サイズによって変わりますので。
――液体水素を搭載する燃料タンクがキモになると思いますが、やはり技術的な課題は多いのでしょうか?
「クルマに載せる」という意味ではハードルが高いですね。そもそも液体水素のタンクを作っているメーカーはほとんどないので、協力会社さんと一緒に挑戦をしています。
現状はサイズもかなり大きいですが、技術が進歩していけばさらにコンパクトになります。
そうすれば搭載量も増えますので、航続距離もガソリン車に近づいていく……そんな姿を頭のなかに描いています。
■液体水素技術は何が課題となるのか
――今回は液体水素の運搬車も展示されています。これはどのような用途になりますか?
今回の車両は一番大きな物で普段は種子島の宇宙ロケット用で使っています。
街の水素ステーションに届ける水素運搬車の倍くらいのイメージですね。
――水素ステーションには液体水素で運搬しているんですか?
液体で運んだ水素を気化させ、ポンプで高圧にして「MIRAI」に充填しています。
車載用の液体水素タンクの技術がモノになれば、液体のまま持ってきた水素をそのまま入れれば良いというわけです。
――給水素をおこなうシステムも展示されていますが、気体の物と比べるとかなりコンパクトサイズになっています。
これはレース専用に開発している物で、かなり薄い設計なのは、ピットのなかに入れようとしているためです。
使うスペースとしては、現在期待で使っている約1/4です。
今回、気体の給水素システムの横に並べたのは、「これだけコンパクトになりますよ」と。これならば、ガソリンと同じようにピットロードで給水素が可能です。
――液体燃料をタンクに入れるクイックチャージャーですが、充填口とリターン側で配管の太さが違います。普通は充填口のほうが太いと思いますが、これはリターン側のほうが太いですよね?
充填口は液体でエネルギー密度が高いのでこの太さで問題ありません。逆にリターン側は気体になるので体積が大きくなるため、より太い配管を使っています。
燃料供給パイプも熱を入れないようしないと気化してしまうので魔法瓶構造となっています。
液体から気体になった瞬間に800倍に膨れ上がりますので、シッカリコントロールしないと。
――液体水素を使うことでとくに難しいことは?
すべてですが(笑)、ガソリン車でいう燃料ポンプの役目となる液化水素ポンプの開発ですね。
ここで燃圧を作ってエンジン側に送ります。液体のままではインジェクターで吹けないので、気化器を使って気体に変換します。
ちなみにこの気化器はエンジンの熱を活用していますが、うまく活用すると「ラジエーター小さくできる?」というような、クルマトータルの熱マネージメントも上手にできるかなと思っています。
――ちなみに燃料タンクの上についている圧力チャンバーは何に使うんでしょうか?
燃料消費量が一気に上がるような状況ではポンプが追従できないので、1回燃料をチャンバーに蓄えて、アクセルの急激な変動に対応しています。
――このボイルオフバルブという部品は?
液体水素はタンク外部からの熱で少しずつ気化していきます。
それを「ボイルオフガス」といいますが、これが増えるとどんどん圧力が高くなってしまうので、逃がす必要があります。
ただ、そのまま出すわけにいきませんので、触媒を通して「水」にして出します。
このように「危ない」という部分に関してはシッカリ手を打っています。ただ、レースカーは全開で走るのでボイルオフは基本的にはありませんが、ピットでの待機用といった感じですね。
――液化水素といえば、古くはBMWも開発をおこなっていましたが、それとの違いは?
彼らのエンジンはポート噴射でしたが、我々は直噴です。
燃圧が高いので液化水素ポンプが必要となります。そういう意味では同じ液化水素ですがコンセプトが違いますね。
――気になる航続距離は? 気体水素のときに対して、どれくらい伸びているんですか?
このサイズで気体水素を使ったときの約2倍といったイメージです。将来的には安全を確認しながらさらに大きなサイズを搭載していきたいですが、まずは走らせようと。
■「市販化に向けて」動いたが…富士山で例えると何合目?
気になるのは量産化という部分でしょう。
今回「市販化に向けて」と「給水素の道」と題して“富士山”に例えた説明が行なわれました。その内容を見るとこんな感じです。
●市販化に向けて
1合目 燃料開発・要素技術開発
2合目 性能開発・機能信頼性課題出し
3合目 燃費開発
4合目 排気開発
5合目 機能信頼性/対策
6合目 タンク小型化
7合目 実証評価
8合目 ドラビリ作り込み
9合目 NV作り込み
●給水素の道
1号目 給水素練習およびテスト
2合目 昇圧率アップ
3合目 ツイン充填
4合目 大流量化
5合目 液体化助走
6合目 システム小型化
7合目 信頼性作り込み
8合目 実証評価
9合目 市場適合・改善
※ ※ ※
GRの佐藤プレジデントに聞くと「現在は4割くらい……かな」と。
これにも意味があります。富士山は5合目までは比較的登りやすいですが、その先はハードルがグンと上がります。
つまり、この先の道は決して順調にはいかないということです。「ただ、山頂は見え始めているのも確かで、一歩一歩着実に進むだけ」とも語ってくれました。
ただし、今回発表をおこなったからといって、気体水素から液体水素に置き換わるわけではありません。
どちらも並行して開発を進めていくそうです。つまり「水素に選択肢を」というわけです。また未来が楽しみになってきました。
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みんなのコメント
でも中国は水素自動車を次世代のクリーンカーって位置付けて水素ステーション増やしてるんじゃなかったっけ?
トヨタが頑張らないと日本は本当に貧しい国になると思う
蒸気を逃していると満タンにしても暫くすると無くなってしまったり、金属透過や水素脆化など前途多難だとは思いますが‥、内燃機関としての水素エンジンは車好きとしては楽しみです。
頑張ってください。