ASTON MARTIN DB5
アストンマーティン DB5
ジェームズ・ボンドが最新作で操る「アストンマーティン DB5」の真相【ボンドカー特集】
007シリーズ最新作に登場するDB5
映画『007』シリーズの最新作「ノー・タイム・トゥ・ダイ」に登場するアストンマーティンにイギリスのシルヴァーストーンで試乗する特別なイベントに参加してきた(国内では2020年11月20日に全国公開される予定)。
「007といえばボンドカー」「ボンドカーといえばアストンマーティン」というのは万人が認めるところ。イアン・フレミングの原作ではどうやらベントレーがボンドカーとして登場していたようだが、映画ではシリーズ3作目の「ゴールドフィンガー」の撮影に際して製作会社がアストンマーティンにDB5を提供して欲しいと要請。これをアストンマーティンが受け入れる形で歴史的なコンビが誕生した。ちなみに007シリーズのボンドカーにもっとも多く採用されたブランドはやはりアストンマーティンで25作品中13作品に登場。いまもアストンマーティンを購入する顧客のなかには「ボンドカーだからアストンマーティンを選んだ」という向きが少なからずいるそうだ(統計はいずれも最新作「ノー・タイム・トゥ・ダイ」を含んだ数字)。
CGは一切なし! カーアクションはすべて実車だが・・・
ところで、映画007では数々のカーアクションシーンが登場してきたが、それらはいずれもホンモノのクルマを使って撮影されたもので、基本的にCGを使用していないことをご存じだろうか? いまでこそアクション映画はたくさん存在するが、なかでも長い歴史を誇る007シリーズは独特のリアリティを追求してカーアクションは必ず実際の車両を使用しているという。
もっとも、ここでいう「実際の車両」は必ずしも「ホンモノの車両」を意味しているわけではない。ノー・タイム・トゥ・ダイには、DB5、V8、DBS スーパーレッジェーラの3台が登場する。なかでもメインのボンドカーとして活躍するDB5は敵の銃弾を全身に浴びたりスピンターンをグルグルしたりジャンプしたりと相変わらずど派手に大活躍するが、さすがにヒストリックカー市場でいまや1億円は下らないとするホンモノのDB5で大胆なカーアクションを行なうわけにはいかない。そんなことをしたらコスト的にもあわないし、派手なスタントを行なうにもパフォーマンス的に無理があるし、なにより貴重な文化遺産であるオリジナルDB5を粗末に扱うことは許されない。そこで考えられたのが映画撮影用のスタントカーを製作することだった。
DB5 スタントカーは8台製作
実際にその開発に関わったアストンマーティン・ワークス(ヒストリックカーのレストアなども担当する同社の特命部門)のベン・ストロングが教えてくれた。
「DB5 スタントカーは合計で8台造りました。外観はオリジナルDB5とまったく同じですが、これはDB5のボディパネルをコンピューターでスキャンしたデータから作成した複製品で、カーボンコンポジット製です」
シルヴァーストーンのショートコースであるストウ・サーキットのパドックに並べられたDB5 スタントカーとオリジナルDB5を比べても、確かに見分けがつかない。アストンマーティンの広報担当に「どこが違うか教えて欲しい」と頼んだところ「スタントカーのフロントグリルはオリジナルよりもメッキの光沢が少し強い点と、スタントカーはキャビンにロールケージを張り巡らせているくらい。あとはまったくといっていいほど違いはありません」との答えが返ってきたほどだ。
FIA規格に準じて開発
しかし、その中身は大きく異なる。再びストロングに登場願おう。
「ボディ構造にはスペースフレームを用いています。シャシーはプロドライブの協力を仰いで製作したものですが、もともとはコニがラリークロス用に作ったルノー メガーヌのパーツを流用しています。つまり、スタントカーは現代の技術で作られているわけです」
もうひとつ重要なのが車両の安全性で、なんとFIAの規格に準拠して開発されたという。キャビンにロールケージが組み込まれているのはこのためで、シートもカーボンコンポジット製のレース用。さらには5点式フルハーネスまで装備されている。
6気筒エンジンは350ps以上を発揮
「映画製作会社からリクエストがあったのは高い安全性を有していることと、撮影のために何度同じ激しい運転をしても同じ性能を発揮できることの2点でした。なにしろ、映画では1秒とか1秒半くらいのシーンを製作するために、朝から晩まで何度も繰り返し撮影することも珍しくありません。これを可能にするためにもスタントカーには優れた耐久性が求められました」
ちなみにエンジンは社外品を用いているらしく詳細は教えてもらえなかったが、6気筒で350ps以上を発揮しているという。ギアボックスはマニュアルの4速で後輪駆動。また、ドリフトを可能にするため、デフはLSDで、キャビンにはラリーカーよろしく長いレバーで操作する油圧式ハンドブレーキが装備されていた。
バランスの良さが際立つスタントカー
前置きはこのくらいにして、まずは試乗することにしよう。
エンジン音はオリジナルDB5よりはるかに大きいが、低速トルクはたっぷりしていて、クラッチをていねいに操作すれば、ほとんどアイドリングのまま発進できる。走り始めてすぐに感じるのはボディが軽く、そして剛性感が高いこと。サスペンションは、オリジナルのDB5に比べればはるかに硬いが、現代のスポーツカーの水準からすれば柔らかく、ロール方向もピッチ方向も挙動は大きめ。しかし、それゆえに荷重移動を使ってハンドリング特性を調整するのは容易なうえ、クルマの素性がいいため後輪が滑り始める直前の様子が手に取るようにわかる。さすがに貴重なスタントカーゆえ本当にドリフトさせるのは控えたが、この好バランスであれば振り回したらバツグンに面白いだろう。
今回はスタントドライバーのマーク・ヒギンズにも話を聞くチャンスがあった。ノー・タイム・トゥ・ダイの撮影では複数のスタントドライバーが起用されたが、DB5のシーンはすべてヒギンズがスタントドライバーを務めたそうだ。
「このスタントカーはとてもいいバランスでした。やはりエンジンはフロントで駆動はリヤに限りますね(笑)」
ただし、イタリアのマテラという小さな街での撮影には多くの苦労が伴ったそうだ。ヒギンズが語る。
「とにかく道路が狭いうえに、路面が滑りやすい。だからスタントシーンの多くは1速と2速しか使いませんでした。また、滑りやすい路面で十分なトラクションが得られなかったので、路面に大量のコカ・コーラを撒いてグリップ力を高めることもしました」
ジェームズ・ボンドは運転しなかった?
ヒギンズは単なるスタントカーだけでなく、ポッドカーと呼ばれる特別な車両の運転も担当したそうだ。これもベースはDB5のスタントカーだが、本来のルーフ上にロールケージで組んだ運転席を設け、ここからクルマが操縦できるように改造されている。このルーフ上の運転席に腰掛けるのがヒギンズで、キャビン内の運転席には主演のダニエル・クレイグ演ずるジェームズ・ボンド。ルーフ上からヒギンズが操縦することで、クレイグは演技に集中できるという。
ところで、ノー・タイム・トゥ・ダイの予告編には、狭い広場で敵に囲まれたボンドが、DB5のヘッドライトからマシンガンを繰り出すと、これを発射させながら何周もドーナッツターンすることで敵を一網打尽にするシーンが見られる。これはどうやって撮影したのか、ヒギンズに聞いた。
「まず、スタントカーの前輪を軸にクルマが回転できる仕組みを作って、その運転席にダニエルが腰掛ける。そして撮影する際にはスタッフがクルマを横から押してDB5を回転させて、あたかもダニエルがスピンターンを行なっているかのようなシーンを作り出しました。ダニエルはなかなかうまく演じていましたね(笑)」
そのほかのカーアクションでは、実際にヒギンズがドライブしたシーンをまず撮影し、その後、ヒギンズの顔を映像技術でクレイグに置き換える“フェイス・リプレイスメント”というテクニックも使われたそうだ。
「顔の周囲にドットをいくつか貼り付けて、これを基準にして私の顔の上にダニエルの顔を合成します。実は、私とダニエルは身長もほとんど同じくらいなので、この点でもうまくいきました」
ちなみにダニエル・クレイグはジェームズ・ボンド役を演じるのは本作が最後と宣言している。クレイグが登場する最後の007を、迫力満点のカーアクションとともに楽しみたいものだ。
REPORT/大谷達也(Tasuya OTANI)
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