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【F1チームの戦い方:小松礼雄コラム第15回】苦戦覚悟のコースで好感触。低速セクターで最速、SQ3はニコが望外の7番手

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【F1チームの戦い方:小松礼雄コラム第15回】苦戦覚悟のコースで好感触。低速セクターで最速、SQ3はニコが望外の7番手

 2023年シーズンで8年目を迎えたハースF1チームと小松礼雄エンジニアリングディレクター。2年ぶりの開催となったカタールGPは、縁石やタイヤ、気候の問題が発生し、“応急処置”を施しながら進められた週末となった。高速コーナーの続くカタールのコースはハースには適していないが、そんななかでもニコ・ヒュルケンベルグがスプリント・シュートアウトで7番グリッドを獲得し、セクター最速タイムをマークするなどクルマの強みを発揮。カタールGPの現場の事情を小松エンジニアが振り返ります。

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ヒュルケンベルグ「クルマを止める前にグリッドを間違えたと気づいたが、後退できなかった」ハース F1第18戦決勝

2023年F1第18戦カタールGP
#20 ケビン・マグヌッセン 予選19番手/スプリント13位/決勝14位
#27 ニコ・ヒュルケンベルグ 予選15番手/スプリントDNF/決勝16位

 昨年はカタールでサッカーのワールドカップが開催されたためF1は行われず、2年ぶりのカタールGPになりました。2年前のコラムにターン4、5の赤白縁石の外側にある緑の縁石でシャシーにダメージを負ったと書いたように、1回目の開催から縁石が問題だったわけですが、サーキットの改修によりこの緑の縁石は撤去されていました。

 それでも今回はピラミッド型縁石が問題視されましたが、僕たちから見るとこの縁石はそれほど悪いものではなく、跨いでもクルマには問題ありません。そういう意味ではこの改修はよかったです。

 一連の流れを振り返ると、まず金曜日の夜に、このピラミッド型縁石に乗ることでタイヤにダメージを負う可能性があることがわかり、最も負荷のかかるターン12、13で縁石に乗らないようにトラックリミットを80cm内側にずらしました。僕自身が金曜日の走行後にダメージのあったタイヤの構造を見たわけではないので、そのダメージが縁石によるものなのかはわかりません。

 ただ、この問題が金曜日に走ってから明らかになったのは少々残念です。ロサイル・インターナショナル・サーキットはタイヤへの入力が大きいコースだというのはわかっていますし、縁石のデータも事前にピレリに共有されているはずです。仮に事前に少しでも懸念があった場合(実際に2年前に大きな問題がありました)は、少なくともスプリント方式の週末にするべきではなかったのではないでしょうか。

 土曜日の朝には、決勝レースでのタイヤの周回数が上限20周になる可能性があること、レースは3ストップになるかもしれないということが明らかになりました。ただカタールGPのレースは57周なので、3ストップにするなら20周走る必要はありません。日曜日のレース前に上限が18周に変更されたのは、単純にこの数字だと57周のレースを走りきるためには3ストップにせざるを得ないからだと僕は考えています。

 FIAは土曜日の走行データを検証してから上限を決めると言っていましたが、スプリントではセーフティカー(SC)が出たので全19周をプッシュして走ったわけではありません。ということはこの日の走行データを見て、2ストップでも問題ないとか、19周走れるとは言えません。ですから3ストップにせざるを得ないような周回数が設けられるだろうと思っていたところ、案の定日曜日になって18周と発表されました。僕はもう土曜日の夜の時点でストラテジストに「3ストップでレースシミュレーションをして」と指示していましたし、同じように考えていたチームもいたはずです。

 ただ土曜日の時点ではユーズドタイヤの周回数をどうするのかは明確にされていなかったし、FIAとしては土曜日のデータを検証して上限を決めるとのことだったので、日曜日まで結論は出ませんでした。僕としては「金曜日のデータがあるのでスプリントの結果を待たずに上限を決める」と土曜日の段階で言ってくれた方が助かったんですけどね。そうすればたとえチーム側は満足できなかったとしても、レースに向けてどういうタイヤの使い方をしないといけないのかを考えてスプリント・シュートアウトとスプリントでのタイヤの使い方を決めることができます。

 しかしFIAもピレリも日曜日まで発表しないと決めていたので、レースでのタイヤの使い方がどうなるのかわからない状態で土曜日を戦うことになりました。日曜日の午後2時に正式な発表がありましたけど、そもそも金曜日に問題が出た時点で責任を持って決めてほしかったです。ピレリが安全上の問題があると言えば批判しませんし、縁石に乗らないようにしたところで2ストップでいいのかどうかを判断できるふりをしないでほしいです。

■過酷なレース環境がドライバーの思考能力に影響

 18周という上限ができたので、決勝レースの戦略を決めるのは簡単でした。というのも、制限があることで自由が減るからです。ケビンに関しては、新品のハードタイヤが2セットありました。スプリント・シュートアウトではSQ2に進めず、スプリントでもユーズドのミディアムタイヤを使ったので、新品のミディアムも2セット。予選はQ1敗退だったので新品のソフトタイヤも1セットあり、新品タイヤを5セット残した状態で日曜日を迎えました。

 持ちタイヤに関しては、ケビンの状況はベストでした。タイヤの状況と彼のグリッド位置、そして彼がスタートを得意にしていることを考慮して、ソフトでのスタートを選びました。ソフトがあまり保たないことはわかっていましたが、どんなに保たなくても3周は持つはずですし、3周走ることができれば残りの第2、3、4スティントをそれぞれ新品タイヤで18周走って完走することができるのです。

 僕はソフトなら最低5周は走れると考えていて、本当に5周走ることができたら第2スティント以降のどこかのスティントで2周のマージンを得ることが可能です。もしスタート直後にSCが出た場合は、1周目にピットインすることはできませんが(3ストップで残りの周回数を走り切ることができなくなるので)、3周目もまだSCが出ていればその時点でピットインさせようと決めていて、実際にそうなりました。

 3周目にピットインしたケビンは、その後21周目と39周目にピットインすることも自動的に決まっています。ケビンのまわりで3周目に入ったバルテリ・ボッタス(アルファロメオ)、ランス・ストロール(アストンマーティン)、リアム・ローソン(アルファタウリ)はみんな同じ戦略なので、彼らが次にいつピットストップするかを心配する必要もありませんでした。

 一方ニコは、ケビンと同じく新品のハードを2セット持っていました。しかしミディアムはSQ1とSQ2で新品を使い、スプリントでも入賞を狙って新品を履いたので、レースに向けてはユーズドの2セットしかありませんでした(残り周回数は13周と14周)。これだとソフトでスタートすることは難しくなります。仮にそうした場合、ソフトで7周走らなければいけませんが、僕はソフトが7周保つ確信がなかったのでミディアムでスタートするしかなかったのです。13周走れる方のミディアムでスタートしてその上限いっぱいまで走ることができれば、残りのスティントで計6周のマージンができます。このマージンがあれば確実にレースを走り切ることができるので、戦略はこれで決定です。

 周回制限ができたことによる弊害として、各スティントでドライバーがプッシュできるようになり(タイヤを保たせるために速度を落として走行する必要がなくなったからです)、それがドライバーたちの体調不良の一因になりました。うちのふたりもレース後は疲れ切っていて、デブリーフィングでのニコは顔を見てもいつもとは様子が違っていましたし、普段覚えているようなことも覚えていなくて、トラフィックに引っかかったのも実際のスティントとは別のところだと思っていたりしました。その点はケビンの方がしっかりしていて、彼のフィットネスは本当にすごかったです。暑さはもちろんですが、路面が再舗装されたので走行ライン上は砂がなくなればグリップレベルが高いですし、3ストップだとペースも速いので、今回のレース環境がドライバーの思考能力などに影響していたのは確かです。

■次戦は大型アップデートを予定。クルマのコンセプトを一新

 話は前後しますが、ケビンとニコがF1でカタールを走ったのは今回が初めてでした(ニコはGP2アジア時代に一度走ったことがあります)。ケビンは前回のコラムにも書いたとおりシンガポール、日本といい流れだったのですが、今回は明らかな準備不足でした。彼がシミュレーターを嫌っているのはわかっていますが、スプリントが終わった後も「まだコースを学んでいる」と言っていたので、もう少し準備を促すべきだったと僕も反省しています。このような準備は本来ドライバーがもっと積極的にするものです。少なくともプロのF1ドライバーのあるべき姿ではありませんでしたし、この点ははっきりと彼に伝えました。

 ニコはFP1から感触がよくて、予選でもQ3に進める可能性があると思っていました。しかし実際にはチーム内でセッティングに関する誤解があったせいでクルマがオーバーステアになり15番手に終わってしまいました。バランスを再調整したスプリント・シュートアウトでは他車のトラックリミット違反があったとはいえ見事7番手を獲得。これは望外の結果でした。戦略もすべて正しかったと思っています。

 GPSのデータを見ると、うちは高速のターン12~14で差をつけられています。しかしその一方で、SQ2とSQ3ではニコがセクター2で最速タイムをマークしました。一番低速のターン6と、ターン10で最速だったんです。僕はこんなことは予想していなかったので驚きましたが、どうして最速だったのかはまだはっきりとはわかっておらず分析中です。理由がわからなければこれを再現できないし、他のコーナーで遅い理由を知るのと同じくらい速い理由を知ることも重要です。この点は早急に理解を深めなければいけません。

 ちなみにニコが決勝でスターティンググリッドを間違えたのは彼のミスです。グリッドに向かう時点でカルロス・サインツ(フェラーリ)がレースに出ないとわかっていたので、ニコの目の前の12番グリッドが空いていることはわかっていました。もちろんニコのレースエンジニアにもこのことを伝えていて、彼もニコに伝え、グリッドでも僕はニコと直接話しました。フォーメーションラップの時にもエンジニアが無線で再度言ったのですが、ニコは14番グリッドを通りすぎていきました。ただその瞬間に本人も気づいて、スタート後に謝っていました。

 次戦アメリカGPでは大型アップデートを予定していますが、今の時点で言えることは特にありません。内容としてはVF-23とはコンセプトが違うので、風洞のデータと実際のコース上でのデータが異なることも考えられます。コンセプトを変えてクルマがよくなるのか悪くなるのか、それとも変わらないのか、それを把握するのがいちばんの目的なので、とにかく走ってみないとわからないという状況ですが、なんとか新しいコンセプトのベストを出せるように戦っていきたいと思っています。

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