常に時代の最先端に立つ技術で競われるモータースポーツの世界。その世界において高い評価を得たレーシングカーデザイナーは、ロードカーの開発においても有能なのか? 高名なレーシングカーデザイナーが手掛けた市販車を紹介していく本シリーズの第3回は、バックヤードビルダーからF1チャンピオンチームにまで昇りつめた英国の天才、コーリン・チャップマンのロータスから3モデルをピックアップ。
文/長谷川 敦、写真/Lotus Cars、Newspress UK
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【画像ギャラリー】天才エンジニアにしてレース界の革命家、コーリン・チャップマンが生み出したロータスの名車たち【レースカーデザイナーが手掛けたスーパーカー】
ロータスの華麗なる歴史は裏庭から生まれた?
ロータス エスプリとコーリン・チャップマン。後ろの航空機は当時ロータスF1チームのスポンサーだったJPSカラーに塗られている ©Lotus Cars
自宅の裏庭にあるガレージで、オリジナルのマシンを製作する人々は「バックヤードビルダー」と呼ばれていた。そんなバックヤードビルダーが華やかなりし時代、英国のとある住宅の“裏庭”で作り上げられたマシンは、やがて世界的な名声を獲得するコンストラクターの礎となった。そのマシンを誕生させた人物こそ、ロータスカーズ&F1チームの祖にして象徴となる存在のコーリン・チャップマンだ。
1928年生まれのチャップマンは、ロンドン大学でエンジニアリングを専攻する学生時代から中古車の売買を始めて一定の成果をあげたが、市場の中心が中古車から新車に移ると手持ちの中古車をすべて処分した。しかし、売れ残ってしまった1台があり、チャップマンはこのマシンをベースにレース用マシンを製作することに。
そして1948年に裏庭で誕生したマシンは「ロータス」と名付けられ、地元のレースで活躍した。これがきっかけとなり、ロータスは6号車まで作られることになった。この6号車はキットカーの「ロータス マーク6」として販売され、成功を収めた後に新型車の「ロータス 7」が製造された。なお、車名にロータスが選ばれた本当の理由は語られていない。
50余年の歳月を経て、今なお愛される「ロータス 7(スーパーセブン)」
キットカーとして販売され、ロータスの名を知らしめる名車となったセブン。このセブンを模したモデルが世界各国で作られ、その種類は数十を数えるという
1957年、ロータスは2タイプの公道用モデルを発表する。1台はクーペタイプボディを持つ「ロータス エリート」で、もう1台はマーク6のイメージを引き継いだオープンタイプのボディの「セブン」だった。エリートは完成した状態で販売されるGTカーだが、対するセブンは顧客が組み立てるキットカー。その特徴はレーシングカーとしても使用可能なこと。サーキットまで自走し、そこからはレーシングカーに変身。しかも安価なセブンは、クラブレースの愛好家たちを中心に瞬く間に人気モデルへと昇りつめた。
セブンの持ち味はシンプルなことにあった。セミモノコックタイプのフレームにアルミ製ボディを搭載する軽量な車体に、フロントにダブルウィッシュボーン、リアにはリジッドタイプのサスペンションを装備。エンジンは複数用意されたタイプから選ぶことができた。また、エンジンやギヤボックスを含まないバージョンも用意され、顧客は所有する中古自動車からこれらを移植して完成させることも可能だった。このように汎用性が高く、さらに廉価、そしてなんといっても走行性能の高さがロータス セブンの魅力といえた。
ロータス セブンには高性能エンジンを搭載したバージョンも作られ、このモデルは「スーパーセブン」と呼ばれることになった。この呼称はやがて本来のセブンよりもメジャーになり、現在ではシリーズの総称でスーパーセブンが用いられることも多い。
セブンは高い人気を維持していたが、1973年、ロータスカーズの事業拡大に伴い、ライセンスを含む図面や製造用器具などをロータス代理店のケータハムに売却。以降は同社セブンの製造・販売を続けていて、現在でも新車のケータハム セブンが世界各国で元気に走っている。
ライトウエイトスポーツの理想を具現化した「ロータス エラン」
ロータス エラン。リトラクタブルライトのオープンカーという、ライトウエイトスポーツのお手本ともいうべきモデルで、後年に多くのフォロワーを生んでいる
標準の2シーターから2+2に変更されたエラン+2。シート増設のためホイールベースとトレッドが拡大され、ヘッドライトまわりのデザインも変化している
1962年にロータスからリリースされた「エラン」は、北米市場も意識したオープンライトウエイトFRスポーツカー。エリートの後継ともいえるモデルだが、エリートの弱点であったフレーム剛性の低さをカバーするため、ロータス初のスチール製バックボーン型フレームを採用し、軽量なFRP製ボディを搭載。フロントにダブルウィッシュボーン、リアにはストラット型サスペンションが装備された。軽量な車体かつ剛性の高いフレーム、そして路面追従性に優れたサスペンションの組み合わせは理想的な走行特性を生み出し、当時最も優れたハンドリング性能を発揮するモデルのひとつといわれている。
エンジンはフォード製をベースにロータスがコベントリー・クライマックスと共同で開発したツインカムヘッドを組み合わせたもの。初期のエランは1.5リッターエンジンを搭載していたが、これはすぐに1.6リッターバージョンに変更されている。人気モデルとなったエランはS4(シリーズ4)にまで進化し、1975年まで生産が続けられた。
初期型エランの車重は約680kgと軽く、バージョンが進むにつれてやや重くなるものの、シリーズを通して小気味よく走るライトウエイトスポーツであり続けた。なお、1990年に新たなエラン(M100)が誕生するが、チャップマン没後のモデルであり、今回は割愛する。
レーシングカーデザイナーとしてのコーリン・チャップマン
1978年に登場し、王座を獲得したグランドエフェクトカーのロータス79。グランドエフェクトの有効性をいち早く見抜いたチャップマン最大の成功作 ©Lotus Cars
初めて製作したマーク1でレースに出場したことからわかるように、コーリン・チャップマンは、市販車の製造と同様にレースにも情熱を注いでいた。1950年代には早くもフォーミュラカーの製造販売を開始し、そのマシンは高性能を発揮。やがて自らチームを率いてF1GPに打って出ることになり、1963年にはジム・クラークのドライブによって初のチャンピオンを獲得している。
ロータス設立当初は、マシン設計はもちろん製作も自身の手で行っていたチャップマンだったが、会社経営やチーム運営も手掛けるようになると、設計作業そのものは他のスタッフに委ねるようになった。しかし、それ以降もマシンのコンセプト決定には深い関与を続けていた。
エンジンのミドシップマウントやサイドラジエター、そして現代に至るまでレーシングカーデザインの根幹をなしているグランドエフェクトなど、ロータスがF1にもたらした革新は多い。そのすべてがチャップマンによる発明というわけではないが、新技術の可能性を評価し、導入を決断する際にチャップマンのセンスが大いに発揮された。
新たな技術に傾倒するあまり、時には失敗作を生み出してしまうこともあったチャップマン。しかしその発想は紛れもなく天才のそれであり、ロードカーとレーシングカーの双方に多大な影響を及ぼすカリスマであるのは間違いない。
国内スーパーカーブームの主役「ロータス ヨーロッパ」
レーシングカーと同じミドシップエンジンレイアウトを採用したヨーロッパ。車高の低さもこのマシンの特徴で、ライバルより低い空気抵抗も武器になった
車体後部中央にマウントされるエンジン。レーシングカー同様の構成と車重の軽さ、そして優れたサスペンション設計によりエランをしのぐ操縦性を披露した
1970年代半ばの日本国内は、空前のスーパーカーブームの真っただ中にあった。ブームのきっかけは少年誌に連載されたレースマンガ「サーキットの狼」で、主人公の風吹裕也が物語の序盤でドライブしていたのがロータス「ヨーロッパ」。
この作品で登場したテクニック「パワースライド」や「幻の多角形コーナリング」を覚えている人も多いだろう。ポルシェやフェラーリ、そしてランボルギーニなど、高出力のライバル車を向こうに回し、パワーの不利をハンドリング性能で補いながら戦うヨーロッパは、読者にとってヒーローそのものだった。
そもそもヨーロッパは廉価なミドシップスポーツとして開発されたマシンであり、エラン譲りのスチール製フレームにFRP製ボディを載せ、軽量な車体とバランスのよさで抜群の操縦性を発揮した。エランと異なるのはエンジンが後輪の直前に搭載されるミドシップマウントなことで、これが操縦性の向上に大きく貢献した。また、車重はエランよりさらに軽い610kgというのもヨーロッパの特徴だった。
1966年に発売された初代ヨーロッパのエンジンとトランスミッションはルノー 16からの流用だった。初代モデルに搭載されたエンジンの排気量は1470ccだが、後年には1565ccに拡大されている。
なお、初代モデルはイギリス国内での販売を行わなかったため、英国車でありながら右ハンドル車が存在しなかった。1972年にはフォード製エンジンをベースにしたツインカム&ビッグバルブ仕様が登場し、これがロータス ヨーロッパ“スペシャル”と呼ばれた。
コーリン・チャップマンは、1982年12月に心臓発作のため54歳で急逝してしまう。ロータスカーズとロータスF1チームは残されたスタッフが引き継いだが、強烈なカリスマを失いながらも関係者の懸命な努力で存続されたF1チームは、1994年のシーズン終了後に活動を休止。ロータスカーズはその後オーナー企業が何度か変わり、現在でも市販車の製造を続けている。
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