■パワー測定器で計測不能の強烈トルク
1/4マイル(402.33m)の直線、そこに並ぶ2つのレーンでゼロ発進からの加速を競うドラッグレース。2台のマシンが直線で、いわば“タイマン勝負”を繰り広げるこのレースは、白黒決着がつく明快さゆえに本場たる米国で高い人気を博しているのですが、その最高峰クラスである“トップフューエル”で30年以上に渡り、活躍する日本人ライダーいます。それが“TPPトップフューエルハーレー”の重松 健(しげまつ たけし)選手です。
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世界の舞台で活躍する日本人選手は野球やサッカーでは多くが知られているのですが、重松氏もまさにドラッグレースの世界ではトップ中のトップ。800馬力以上のモンスターマシンが直線でスピードを争うこの競技で2017年にハーレーの世界最高となる6.021秒というタイムをジョージア州のバルドスタレースウェイで記録しています。
そのタイムを叩きだした車両と同一仕様、つまりTカー(レースで使用する予備車両)的なマシンがここに紹介するドラッグバイクです。
とはいえこのマシン、“バイク”といっても我々が想像するソレとは明らかに仕様や装備などが異なります。ホイールベース92インチ(2336.8mm)というクロモリフレームで構成された車体は、目の前で見ると“バケモノ”的なムードを醸すのですが、搭載されるエンジンの排気量は何と3100cc。ゴール地点でのスピードから換算すると約1200馬力、トルクは300kgf・ mという凄まじいものです。
さらにこのトップフューエル・ハーレーは重松氏によると「後半での加速を求めて」過給機のプロチャージャーとツイン・インジェクターが装着されているのですが、繰り返しを承知でいえば、数あるトップフューエルレーサーの中でも掛け値ナシにモンスター級のパワーを発揮するものとなっています。
またドラッグレースといえば我々が普段乗るバイクだと「ただ直線を走るだけ」と思われがちですが、重松氏によるとトップフューエルのようなマシンだと0-400mで5秒台に迫らんとする直線の中、体重移動で車体を操作しなければならないとのこと。瞬間的に時速390km/hに到達する4.5G超の重力負荷がかかる世界の中で、そうした一連の操作は数秒間のライディングでも走り終えた後、肩で息をするほどに、かなりの体力を消耗するそうです。
こうしたモンスターマシンに乗る機会(機会があっても、まったく乗れる気はしませんが)がない我々、一般ライダーの感覚に当て込んでみると、ともすればそれは直線の砂利道をアクセル全開で(しかも凄まじい加速で)走る感じに近いのかもしれません。加えてこうしたトップフューエルのレーサーはゴール付近までほとんどウィリーした状態で390km/h以上の速度を叩きだします。
このように400メートルの直線をいかに速く走るか、という部分に特化した造りゆえ、ネック角は45度という極端に寝た設定となっており、巨大なリアタイヤの幅は14インチ。ドラッグスリックタイヤのトレット面はコーナリングを想定していないゆえクルマ用のように平坦な形状となっています。無論、車体のバンク角もほとんどなく、バランスが上手く保たれればスタンドなしでも直立するとおり、やはり我々が一般公道で乗るバイクとは別物です。
■なんと燃費は約28m/L!!
またプロチャージャー社製の過給機が装着されたエンジンにしても燃料はガソリンではなく、ナイトロメタンが使用されています。このナイトロメタンとは家庭用のガスで用いられるプロパンと硝酸を加熱することで生産される有機化合物で、ガソリンと比較して2~3倍のパワーを得ることが出来る燃料なのですが、プラグでの着火ではなく圧縮するだけで爆発するシロモノゆえ、エンジンの回転が上がりすぎると大爆発を起こす大変危険な燃料となっています。
そうした点での安全性から、始動の際は脱着式のタンクで注入されたアルコール燃料が使用され、クランクを直接回すエンジンスターターでチームクルーがエンジンをスタートした後、走行前にライダーが燃料をナイトロメタンに切り替えるというシステムになっています。ちなみにナイトロメタンは約400mの距離のレースで14Lも消費するとのことです。 アルコールとナイトロメタンの切り替えはハンドル右サイドに装備されたスイッチで制御するのですが、左サイドはバーンナウト後のステージング(ドラッグレースではスタートラインでもジワジワと車体を進め、プレステージからステージラインへ進む駆け引きがあります。相撲の立ち合いのようなものです)の時に入れるエアースイッチやバーンナウト前に使用するシフトの切り替えボタン、アイドリング時に燃焼室に入りすぎる燃料の流量を抑える為のアイドルフューエルボタンなどが装備されています。
これらが醸すムードは、どちらかというとバイク用というより戦闘機のソレに近い空気感です。またこのマシンをはじめとするトップフューエルレーサーはシフトの切り替えもエアで行われるのですが、それも電子式のコントロールユニットのタイマーで制御。先程の説明のとおり高回転になりすぎると大爆発を起こすエンジンゆえ、バーンナウトは2速で行い、スタート前にそれを1速へ戻し、走行時のシフトアップはタイマーで制御されるという構造になっています。ちなみに重松氏によると、バーンナウトの際はスロットルを数ミリしか動かしていないほどにコントロールがピーキーかつシビアとのことです。
ゆえにハンドルのクラッチレバーもステップのシフトペダルやブレーキペダルも存在せず、一般的なバイクではクラッチとなる左ハンドルレバーがフロントブレーキ用。右がリアブレーキ用となっています。そのブレーキは前後ともブレンボ製モノブロックキャリパーが装着されており、またマルケジーニ製マグホイールが取り付けられたフロントフォークはスズキ・ハヤブサのものが流用されています。姿だけでなく、パワーとトルクも、エンジン始動の方法も、走行時のコントロールも、やはり我々が知るバイクとは別物のモンスターマシンです。
2020年12月7日に人類で初めて“音速の壁”を突破したことで知られるパイロット、チャック・イエガー氏が97歳で天寿を全うし、お亡くなりになりましたが、TPPの“トップフューエルスーパーチャージャー・レーサー”がまとう極限の速度を追求した空気感は、あたかも1947年にイエガー氏がマッハ1.45を記録した試験機“ベルX-1”に似ています。
今シーズンは新型コロナウイルスの感染拡大の影響を受け、米国でのレース参戦を果たせなかった重松健氏ですが、2021年こそは自身がこのマシンを製作した際に掲げた1/4マイルの距離での“ハーレーダビッドソン初の5秒台”の壁を見事突破してくれることを今から期待するばかりです。
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みんなのコメント
こんな化け物に乗るなんて、本当に尊敬します。
とにかく、お命だけ大切に!全てのレースがご無事であることをお祈り致します!