オーナーは映画007の共同プロデューサー
執筆:Martin Buckley(マーティン・バックリー)
【画像】最高峰のリムジン ロールス・ロイス・ファントム Vと最新モデル 全50枚
撮影:Will Williams(ウィル・ウイリアムズ)
翻訳:Kenji Nakajima(中嶋健治)
初期の映画007シリーズ、9本の共同プロデューサーを務めた、カナダ生まれのハリー・サルツマン。その殆どが、ジェームズ・ボンドを確固たるものとした、名作ばかりだ。
せっかちで気難しい性格だったというサルツマンだが、映画界で成功した大物らしく、前例にないほど華やかな人生を謳歌した。映画史で最も成功したシリーズ作品の共同プロデューサーなのだから、当然かもしれない。
007シリーズにサルツマンとアルバート・ブロッコリの2人が関わったのは、1962年から1974年。その期間でジェームズ・ボンド・マニアが最も評価する年といえば、1965年になるだろう。
「007サンダーボール作戦」は1965年に公開され、「007ゴールドフィンガー」を超える興行収入を獲得。すでに裕福な暮らしのサルツマンだったが、彼と家族が、さらに豊かになることを否定するものは何もなかった。
英国パインウッド・スタジオから遠くないデナムの町にスイミングプール付きの大豪邸、デナム・プレイスを構え、当たり前のようにガレージに収められたのは大きなロールス・ロイスだ。
もちろん、クラウドIIIやシルバーシャドウといった既成モデルではない。フルサイズのオーダーメイド、ファントムV リムジンだった。
シルバークラウドのシャシーをベースに、ホイールベースを延長。エンジンは6230ccの排気量を持つ、アルミ・ブロックのV型8気筒が搭載された。
クイーンやジョン・レノンも選んだモデル
シルバークラウドと並んでファントムVが発表されたのは、1959年。それまでのロールス・ロイスで最上級に鎮座していた、フォーマルなシルバーレイスの後継モデルとして登場したリムジンで、アルミ製ボディの全長は6m以上ある。
1956年までは、ロイヤル・ファミリーや首脳クラスのみが乗ることを許された、ロールス・ロイス・ファントムIVが存在していた。しかしロールス・ロイスは、ファントムVを裕福な一般人にも販売することを決めた。
成功者の印として、これ以上のモデルは当時は存在しなかった。同等に並べるモデルすら、ほぼ見当たらなかったといっていい。ロックスターのクイーンやジョン・レノン、財界の著名人も愛車に選んだ。サルツマンが欲しても、不思議ではない。
原作の007では、ジェームズ・ボンドはロールス・ロイスと良好な関係を築いていた。小説家のイアン・フレミングは上級ブランドとしての神秘的な魅力を理解し、スリリングでラグジュアリーな雰囲気を醸し出すため、しばしば登場させている。
当時の英国には、戦後の緊縮的な雰囲気が残っていた。華やかなロールス・ロイスは、理解しやすい例にもなった。
活字の中のジェームズ・ボンドがドライブしたのは、ベントレー。秘密情報部、MI6の部長とされた謎のMが所有したのが、ロールス・ロイス・レイスだった。
ドアにはイニシャル、HSのモノグラム
銀幕の中でロールス・ロイスが登場するのは、「007ロシアより愛を込めて」が初めて。トルコ・イスタンブール空港でジェームズ・ボンドと落ち合うケリム・ベイが、シルバーレイスに乗っている。
「007ゴールドフィンガー」に登場するファントムIII セダンカ・デ・ヴィルは、シリーズの中で最も悪役的なロールス・ロイスだろう。原作では、シルヴァーゴーストが使われていた。
そして、現実世界で50歳のサルツマンが手にしたロールス・ロイスが、ファントムV。1965年の価格は9517ポンドで、当時の英国では最も高価なロールス・ロイスなだけでなく、最も高価な自動車の1つでもあった。
同時期のメルセデス・ベンツ600 プルマンの英国価格は、約1万ポンド。フェラーリ500 スーパファストは、1万1518ポンドの値が付いていた。ミニは469ポンドで、平均的な住宅の価格は2000ポンド程度という時代だ。
ボディはメイソン・ブラックに塗られ、ドアにはハリー・サルツマンのイニシャル、HSのモノグラムがあしらわれていたという。シャシー番号はEVE9。マリナー・パークウォード社のワークショップで、ほぼ1年を費やして仕上げられている。
納車は1966年の1月。ナンバーは5 HYEを取得した。同時にアルバート・ブロッコリもファントムVを購入しており、こちらのナンバーはCUB 1だった。
パワーステアリングが装備され、トランスミッションは当時としては新しいオートマティック。だがサルツマンは、500ポンドの追加料金でエアコンを装備させようとは考えなかったらしい。
映画監督のマイケル・ウィナーへ売却
サルツマンのファントムVには丸目4灯のヘッドライトが備わり、強力なクラウドIII用のエンジンを搭載。クロームメッキ加工されたドアフレームが付き、マリナー・パークウォード社がデザイン変更したフロントガラスが組まれている。
このデザインには、2003番が付けられた。1959年から1962年のオリジナルのパークウォード社によるデザイン番号は、980番。1992年にファントムVIが製造終了されるまで、基本的なフォルムが変更されなかったことは特筆すべき点だろう。
彼への納車から数年後の1969年、ファントムVIが登場すると、フロントとリアに独立したエアコンが標準装備される。初期のシルバーシャドウ風のダッシュボードを備え、ステアリングホイールの奥にメーター類が並ぶようにもなった。
ファントムVIへの進化では多くの改良が施されていたが、基本構成は同じ。3657mmのホイールベースを持つ独立シャシーを、巨大なドラムブレーキで受け止めている。
登場を待つかのように、サルツマンはファントムVを1968年に映画監督のマイケル・ウィナーへ8500ポンドで売却。すぐにファントムVIへ乗り換えた。
2人目のオーナーとなったウィナーはファントムVを塗装し直し、HSのモノグラムは消されてしまった。「わたしの名前を変えるより、ドアを塗り直す方が安かった」。と彼は言葉を残している。
一方で5 HYEのナンバー・プレートはサルツマンが保持。ウイナーはNAN 509Dという、通常に割り振られたナンバーで登録し直している。
この続きは後編にて。
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みんなのコメント
ただし、リムジンというよりも馬車に乗るような感じで、乗り心地もゴトゴトと馬車に揺られるような感じだった。
エンジンは4.3リッターくらいの直6キャブで、ババババーっとスムーズな吹け上がりのものではなく、雰囲気を楽しむような車だった。
老人にはピッタリの記事だな、知らんけど