ロールス・ロイス初の量販ピュアEV(電気自動車)「スペクター」の走りは、素晴らしかった! アメリカで試乗した小川フミオがリポートする。
世界最高の電気自動車
買えるか買えないかはともかく、クルマ好きなら知っておいて損はないんじゃないか? と、思えるのが、ロースル・ロイスがついに発売したピュアEVのスペクターだ。
2023年7月に北米で試乗がかなったので、さっそくドライブしての印象を報告しよう。
試乗の場所からして、ロールス・ロイスはコンセプトをしっかり考えていた。そこは西海岸のナパバレーである。
「シリコンバレーとか(ロサンゼルスの)ロデオドライブとか、候補はありましたが、フランスのワインに挑戦して成功したチャレンジ精神と、私たちの顧客が好む場所、ということを勘案して(試乗会場に)選んだのがナパバレーです」
ロールス・ロイスのトルステン・ミュラー=エトベシュCEOは、ナパのワイン畑に囲まれた駐車場で、ずらりと並んだ色とりどりのスペクターを前に、そう説明してくれた。
共通するキーワードは“挑戦”だろうか。ロースル・ロイスがそう言うと意外な感じもあるけれど、なんでも世界最高のものを作る! という意気込みにおいては、EVの世界で後発組なだけに、挑戦という言葉もあながち的外れではないかもしれない……と、CEOの言葉を聞いて思った。
スペクターは、『GQ JAPAN』でも何度か事前に紹介している。注目すべきラグジュリアスで高性能な2ドアクーペである点。
5475mmの全長と、2ドアだけれどフル4シーター(りっぱな4人乗り)として使えるためにと異例に長い2890mmのホイールベースを持つ。
容量102kWhのリチウムイオンバッテリーを搭載し、モーターの最高出力は430kW、最大トルクは900Nmを発揮する。
2890kgの車重だけれど、400kmを超える航続距離と、静止から100km.hまでを4.5秒で加速してしまう性能を誇る。
従来の感覚が通用しない試乗したのは、日本でもよく知られたロバート・モンダビのようなワイナリーが並ぶ一般道、フリーウェイ、そしてナパバレー周辺のワインディングロード。
なにより驚いたのは、巨軀なのだけれど、どんな道ででも、走りのよさを感じさせる点だった。
ひとことでいえば、ドライバーの感覚にあらがわない。やたらデカいとか、かなり重いとか、そんなことをいっさい意識させない。
「大きな手がクルマをすっと前に押し出す感じを意識してチューニングした」と、ディレクター・オブ・エンジニアリングを務めるドクター・ミヒア・アヨウビが語っていたとおりだ。
エフォートレス(楽々)、ワフタビリティ(ふわりと動く)、マジックカーペットライド(空飛ぶじゅうたんのような静粛性)が、ロースル・ロイスのクルマづくりおいて、つねに守っている原則。スペクターも、ロールス・ロイスの原則に忠実にそって開発されたそうだ。
「大きなトルクがあるといっても、暴れ馬のような加速はロールス・ロイスではないですから」と、ドクター・アヨウビ。
はたしてそのとおりのドライブ感覚だった。加速のコントロールがしやすいようにとアクセルペダルのトラベル(踏み込み量)をあえて長くとった、というとおり、スムーズな加速がやりやすい。
静粛性の高さもかなりなものだ。「耳を澄ますと風の音がサイドウィンドウまわりから聞こえるね」という会話を同上していたシンガポールからきた自動車ジャーナリストと交わしたとき、速度計をみると時速70マイルを超えていたので、あわてて減速した。
速度が高すぎれば、少しは風の音は聞こえるだろう。従来の感覚が通用しない異次元の出来映えである。速度を規定するのは、クルマの性能でなくて、ドライバーの自制心のようだ。
オーダーはお早めにクルマの動きは、超がつくぐらいフラット。乗員にとって不快に思える揺れはまったくなし。23インチ径の大径ホイールと組み合わせたピレリPゼロの動きは感知できるけれど、まぁそれだけ。
ステアリング・ホイールを親指と人差し指でつまむように握って走るのが、従来のロールス・ロイスを運転するときの“お作法”なんて言われているけれど、それはスペクターでも変わらずだった。
現代では異例なほど大径であるものの、グリップ径が太くなったステアリングホイールを握るというよりかは、軽くささえるぐらいで、四輪を駆動しながら、すいすいと道の屈曲をなぞるように走っていける。
「クルマの動きを、すべての乗員が気持ちいいと感じてくれることが大事で、ボディ剛性は過去のどのロールス・ロイスより高いし、競合モデルの倍はあります」
ドクター・アヨウビ氏が胸を張るとおりで、ハンドリングはスムーズ(ブレーキングのときだけボディの重さを感じる)で、かつ、乗り心地は快適そのもの。ほんとうによく出来ている。
大容量のバッテリーをセンタートンネルの一部も使いながらうまく搭載していて、サイドシルを含めて床面の低さは従来のロールス・ロイスのクーペと遜色ないほど。これにも驚かされた。
冒頭でフル4シーターと書いたように、じつはリヤシートも意外なほど居心地がいい。床面の低さゆえ、後席には乗り降りのときだけややからだをかがめなくてはいけないが、いちど腰を落ち着けてしまえばシアワセな気分になる。
白状すると、試しにリヤシートでドライブを体験してみたところ、気がつくと眠っていた。いっしょに乗ったもうひとりの女性などは、あまりに気持ちがよかったみたいで、目的地に着いて声をかけても、なかなか目覚めなかった。こんなクルマ、そうそうないと思う。
リヤシートには、もうひとつ、魅力がある。ロールス・ロイスでは、オプションで、天井に星座を表現した「スターライトヘッドライナー」が選べるのは、ひょっとしたら、読者のかたはご存知かもしれない。
スペクターでは、ドアの内張り(「スターライトドア」という)まで“星座”が選べるようになった。
夜のドライブでリヤシートに座ると、からだが星に包まれているように思えてくる。前の席だと残念ながら、それがよく見えない。走るプラネタリウムを体験するのはリヤシートに限る。
2030年にはラインナップの電動化を宣言しているロールス・ロイス。「既存モデルの電動化ではなく、新しいモデルに置き換えていきます」と、ミュラー=エトベシュCEOは教えてくれた。
「スペクターで採用した『アーキテクチャー・オブ・ラグジュアリー』と、私たちが呼ぶアルミニウムの押し出し材を使ったスペースフレーム構造を、これからのモデルにも展開していきます」
日本での価格は、ベースモデルで4800万円。スペクターは「予想していた以上に市場の反響が高い」(本国の広報担当者)そうで、オーダーを急ぐ人がけっこういるそうだ。
文・小川フミオ 編集・稲垣邦康(GQ)
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