「コペン GRスポーツ」はサイコーだった。2019年に筆者が試乗した国産車のなかでも、1、2を争う楽しさだった。神奈川県・大磯のホテルから箱根の山道までの往復という、ごく限られた時間と空間で得た印象ではあるけれど、私はしばし頭がボーッとして、“自動車ってのは楽しいものである”ということをあらためて思った。
なにがいいって、いわゆるライトウェイト・スポーツカーそのもののドライビング・ファンがこの軽のオープンには詰まっている。
【主要諸元】全長×全幅×全高:3395mm×1475mm×1280mm、ホイールベース:2230mm、車両重量:870kg、乗車定員:2名、エンジン:658cc直列3気筒DOHCターボ(64ps/6400rpm、92Nm/3200rpm)、トランスミッション:CVT、駆動方式:FWD、タイヤサイズ:165/50R16、価格:238万円(OP含まず)。まずは屋根を開けよう。樹脂製のルーフは、サンバイザーの近くにある2カ所のロックを外せば、あとはスイッチひとつ、電動で開閉する。両サイドの窓も連動するスグレモノだ。
このロックがじつにやさしい。力いらずで簡単に開く。精度がいいからに違いない。
電動開閉式ルーフの「アクティブトップ」は樹脂製。ルーフロックを解除し、開閉スウィッチを引き上げ続けるだけで、コクピットにいながら約20秒でフルオープンになる。ルーフクローズ時のラゲッジルームには、9インチのゴルフバッグがひとつ積める。オープン時も、ハンドバッグなどの小物は積める。試乗車は5速マニュアルである。ペダル類はごく軽い。でもって走り出すと、660cc直列3気筒ガソリンターボ・エンジンの、意外に大きい、野太くも勇ましい排気音が聞こえてくる。あれ、こんなにいい音だったっけ? というくらいいい音だ。
5速しかないので、エンジンは100km/h、トップでいまどき4000rpmぐらいまわっている。乗り心地はたいへんしなやかで、オープン・ボディであるにもかかわらず、しっかりしている。2019年1月の東京オートサロンに出展された「コペン GRスポーツ・コンセプト」の市販バージョンであるこれは、「トヨタ・ガズー・レーシングがモータースポーツ活動を通じて培ってきた知見の共有を通じて、ダイハツが開発を行ったモデル」とされる。
搭載する直列3気筒DOHCガソリンターボ・エンジンは、状況に応じて吸気バルブの開閉タイミングを変えるシステム「DVVT」付き。低回転からのトルク特性を向上し、力強さとスムーズな加速を実現したという。試乗前のレクチャーによると、2014年に販売開始された2代目コペンのスポーティなイメージは、ホンダ「S660」等、競合他社の登場によって相対的に低下していたという。「コペン商品の強化に期待することは走行性能の向上」という市場調査の結果も2017年には出ていた。
で、「もっといいクルマづくりの追求」と「GRラインナップの拡充」を図りたいトヨタと、「基本性能:走る・曲がるの向上という市場要求」に応えたいダイハツの思惑が合致して、このたびのコラボが実現、トヨタにはないライトウェイト・オープン・スポーツということで、コペンGRスポーツは同じ名称のまま、トヨタでも販売される。
ダイハツは2016年にトヨタの完全子会社となっているからこそ実現した両ブランドのコラボだろうけれど、なにはともあれ、冒頭に記したように、コペン GRスポーツはサイコーだった。
インテリアは、GRロゴ付きの専用品がいくつもある。販売店オプションのナビゲーションシステムは19万8000円。3気筒ターボを目一杯まわして走る歓び具体的にどこがこれまでのコペンと違うかというと、ボディ剛性を高めるために「ブレース」と呼ぶ補強材をフロント・アクスルの後ろと、リア・アクスルの付け根の部分にくわえている。そしてサスペンションのスプリング・レートを最適化し、専用のショックアブソーバーと組み合わせたという。
前後のバンパーは見た目だけではなくて、空力性能を高めている。とりわけフロント・バンパーは裏側に通気口が設けられ、床下に加えられたスパッツと合わせて空気の流れを整え、ダウンフォースを発生させるという。
試乗会では、コペンのノーマル・モデルと、ビルシュタインが奢られたコペンS、それにコペン GRスポーツの3台を次々に乗り換え、5cmほどの厚さの板を並べて人工的につくった凸凹路面を低速で、スラロームとレーン・チェンジを中速でおこなう機会が設けられていた。
正直に申しあげると、私は違いがよくわからなかった。ノーマルは凸凹路でのボディの揺れがちょっと残り、ビルシュタインのSはショックがちょっと強めで、GRスポーツはほとんどショックがない、ような気はした。スラロームとレーン・チェンジは、ノーマル、S、GRスポーツと進むにつれ、だんだん速度上がっていく、という感覚はあった。
開発陣によれば、足まわりはGRスポーツが結果的にいちばんソフトで、ゆっくりした動きをするという。ソフトにできたのはボディ剛性を高めているからだ。補強材の威力、おそるべしである。くわえて、電動パワー・ステアリングも専用チューニングで、応答性を高め、正確な操舵フィールを実現しているという。
そんなに違うかなぁ……と思う一方で、コペン GRスポーツでワインディングを走ったら、ものすごく楽しかったのも本当だ。個々の違いは詳らかではないものの、総体として、あんまり楽しいものだから、戻る時間が規定より遅くなったくらいです。ごめんなさい。
WLTCモード燃費は19.2km/L(CVT)。搭載するエンジンは658cc直列3気筒DOHCターボ(64ps/6400rpm、92Nm/3200rpm)。ステアリング・ホイールはMOMO社製の専用デザイン(GRエンブレム付き)。GRのロゴ入りメーターも専用デザイン。専用のレカロ社製シートは、バックレストにGRの刺繍入り。エンジンには手が入っていないはずなのに、以前乗ったときよりも排気音が野太くて心地よく感じた。5速のマニュアルはごくフツーだけれど、7500rpmからレッドゾーンが始まる660ccの3気筒ターボを目一杯まわして走れるから爽快だ。
最高出力は64ps/6400rpm、最大トルク92Nm/3200rpm と、軽自動車エンジンそのままながら、車重が850kgと軽くて、2230mmのショート・ホイールベース2座で、小さなRを曲がっていくときの人馬一体感といったら、ボディが小さい分、マツダ「ロードスター」より上ではあるまいか。ロータス「エリーゼ」に迫るものがあるかも、といったら褒めすぎか。
16インチタイヤはブリヂストン社製「ポテンザ RE050A」。アルミホイールはBBS社製鍛造タイプ。トランスミッションはCVTと5MTが選べる。243万5000円の魅力調子に乗ってビュンビュン走っていて、こりゃあ調子に乗りすぎてるなと思い、下りの道でブレーキを踏んだ。直進で、ステアリングはまっすぐだった。路面がちょっぴりうねっていた。で、リアがズルッと一瞬滑った感があって、我に帰った。前輪駆動でフロント・ヘビーだから、ちょっとした拍子にリアのキャパシティ不足が露呈したのかもしれない。
それを問題視したいのではない。私は、“これぞスポーツカーの醍醐味だ!”、と思うのだ。スポーツカーはスポーツカーだけに、ドライバーは往々にして、そのクルマの限界に挑んでしまう。コペンGRスポーツは軽自動車ということもあって、その限界が低い。だから安全なのだ、ともいえる。そこが人間の運転する自動車のオモシロイところである。
故・徳大寺有恒さんは著書『俺と疾れ!! 激動の20世紀編』(講談社ビーシー/講談社)の、「ライトウェイトスポーツカー」と、題した項でこう書いておられる。
「モータリングの楽しさは必ずしもハイスピードにはない。ハイスピードはたしかにクルマの持つ最大の武器だが、こいつを求めてはライトウェイトスポーツカーは多分成り立たないだろう」
「絶対的なハイスピード及びハイスピードコーナリングはなくてもそのクルマのポテンシャルとしてのハイスピードはある。その時のクルマとの一体感をドライバーに与えることができれば、それはやはり楽しいことには違いない」
私はそのクルマのポテンシャルとしてのハイスピードを大いに楽しんだのである。スポーツカーが日常にスリルを求めるためのクルマだとしたら、243万5000円のコペン GRスポーツ(5MT)はいま、もっともお手軽にそれが手に入る1台であろう。
文・今尾直樹 写真・安井宏充(Weekend.)
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