昨今、環境規制が厳しくなり、多気筒エンジンが少なくなってきている。とくにV型12気筒エンジンは数えるほどしかない。あらためて、V12の魅力を今尾直樹が考えた。
ウルトラスムーズなBMWのV12
新しい時代のアウディとは? e-tronスポーツバック試乗記
BMWの旗艦「M760iL xDrive」に試乗し、風前の灯、と言われるV型12気筒エンジンの魅力とその未来について、しばし思いを馳せてみた。
いやぁ、M760iL xDriveはスゴイです。スーパーBMWにして、これぞマイティセブン、ウルトラセブンである。全長×全幅×全高=5265×1900×1485mmの巨体が、ほとんど「M8」並みの敏捷さと正確さで反応し、猛烈な速さを見せるのだ。
M8はデカイといっても、全長4870mm、ホイールベース2825mmで、車重1910kg。M760iLときたら、全長5mを優に超え、ホイールベースは3m超えの3210mm。前後タイヤの間にオリジナル・ミニがすっぽり入る巨体である。車両重量は2290kgとスーパー・ヘビー級。2019年のフェイスリフトで巨大化したキドニー・グリルは面積が従来比で40%も拡大し、ロールス・ロイスのパルテノン・グリルもかくやの荘厳さだ。ボンネット・エンドも50mm高くなっている。
そのロールスもかくやの巨体をして、かくも敏捷かつ正確に反応せしめている動力源が、フロント・ボンネットの下に潜む、6.6リッター60°V型12気筒DOHC ツイン・ターボである。
驚嘆すべきは低中速トルクのぶあつさと、圧倒的なスムーズネス×圧倒的なスムーズネスの二重奏という感じのスムーズネス。構造上、1次振動、2次振動がない、完全バランスといわれる直列6気筒を2基くっつけているのがV12である。クランクシャフトという軸がブレない。しかも、BMWの直6といえば、シルキー・スムーズと形容されるほど定評がある。その2段重ねのダブル・シルキー・スムーズということで、スムーズネスに厚みがある。
初めは、真綿がぎゅーっと詰まったシルクのふとんで息を塞がれているような、それでは苦しくて息ができない……ということになりますけれど、まさに息を止めて、ひとことも漏らさないような、水中でターンしたときのようなスムーズさと静かさでもって、M760iLは走り始める。トルクの粒子というものがもしあるとしたら、めちゃんこ小さい。
そこから速度をちょっと増していくと、シルクのふとんの中身が真綿から羽毛に変わったように軽やかになる。巡航は、速度によって8速オートマティックのギアは変わるけれど、エンジン回転はつねに1500rpm程度に過ぎず、エンジンはきわめて静かなままだ。
アクセルを深々と踏み込み、タコメーターのレッド・ゾーンが始まる6000rpmまでまわしてみると、猛烈な加速とともに、ぐおおおおおおおおおおおおっという快音が轟く。そのサウンドはスポーティかつエレガントで、とても澄んでいる。ハーモニアスで、洗練されている。怒涛の加速はすれども、振動は襲ってこない。直列4気筒の振動やV8の鼓動とは次元を異にする。
おなじエンジンを積むロールス・ロイス「ゴースト」より、あけっぴろげで、ボディが若干コンパクト。現行ゴーストは最高出力570ps/5000rpm、最大トルク820Nm/1600~4750rpmだから、M760iLのほうが39psと30Nm、高性能に仕立てられてもいる。ゴーストより、はっきりとスポーティなのだ。
“静”の面白さ
試乗の復路は、担当編集のイナガキ氏にステアリングを委ね、筆者は足を伸ばせるほどに広い後席の仮の住人となってみた。
乗り心地は、あたりは硬めだけれど、たいへんしなやかで、硬柔らかい。ショーファー・ドリブンといえども、最上の席は運転席である。と、私は思っていたけれど、M760iLには当てはまらない。
ミシュラン・パイロット・スーパー・スポーツ、前245/40R20、後275/35R20という前後異サイズの高性能タイヤは、エア・サスペンションで完璧に制御され、ふわふわなベッドではないけれど、アスリートのたくましい筋肉に乗っかっているような、もちろん乗ったことありませんけれど、そういう快適さを提供してくれる。
ショーファーのイナガキ青年が後席の仮の住人である筆者に問う。「V12の魅力ってなんですか? 僕は乗ったことがほとんどないので、よくわからないんです」。
思えば、筆者もそうだった。30年ほど前、初めてデイムラー「ダブルシックス」を運転したとき、この重たいV12のどこがいいのか、さっぱりわからなかった。
軽やかさとかヴァイブレーションとかの面白さ、楽しさはだれにでもよくわかる。でも、スムーズネスのよさというのは、もしかして若者にはわからないのかもしれない。動の面白さはわかりやすけれど、静の面白さはわかりにくい。
歴史をひも解くと、って少々ネットをググったという意味ですけれど、世界初の自動車用量産V12はアメリカの超高級車メーカー、パッカードが1915年に発売したツイン・シックスだとされている。第1次大戦のさなかに開発を進めたのは、自動車用の需要は限られていても、飛行機用として何千基もの発注があるかもしれない、と経営陣が考えたからだという。
YouTubeの人気番組『ジェイ・レノズ・ガレージ』の1932年のパッカード・ツイン・シックスの回でジェイ・レノ自身が語っているところによれば、パッカードはどこよりも品質が高く、V12は静かでスムーズだった。エンツォ・フェラーリは1912年のパッカードのオリジナルV12に感銘を受け、こんなエンジンが欲しいと思った。そこで、パッカードをお手本にして、ぜんぜん違うけれど、V12をつくったという。
©2019 Courtesy of RM Auctions©2019 Courtesy of RM Auctions1912年は1915年のいい間違いのような気もするけれど、そこはともかくとして、ジェイ・レノのこの発言を聞いて、ハタと思った。1947年のフェラーリの第1号車に搭載されたジョアッキーノ・コロンボ技師設計の1.5リッターV12は、その後、排気量を拡大しつつ、1986年の「412」まで、40年近くつくられた。
©2020 Courtesy of RM Sotheby's©2020 Courtesy of RM Sotheby's私はそのコロンボ・エンジンの3.0リッターV12を積む1960年代の「250GTルッソ」を初めて運転したとき、そのV12の、レーシーというよりは、スムーズでエレガントなことに驚いた記憶と結びついたのだ。10年以上も前のことだけれど、その謎が解けた気がした。
フェラーリのV12というのはパッカードのV12をお手本にしていて、パッカードのV12というのはスムーズネスと静粛性を売り物にしていたのである。V12=レースという連想は、実はエンツォ・フェラーリがつくったのだ。
私はそう直感した。考えてみたら、フェラーリ以前にレースで成功したV12があるかというと……、第2次大戦前、フェルディナント・ポルシェがつくったアウトウニオンPワーゲンぐらい。メルセデス・ベンツ、ロールス・ロイスでV12というと、第2次大戦で使われた航空機用エンジンのほうが有名だ。
V12は、多気筒化によって高回転は得られるかもしれないけれど、複雑で、大きくて重くなる。レーシング・カーとしてまとめるのもむずかしい。だから、フェラーリのライバルたちは直列6気筒とかV8で挑んでいる。
フェラーリ以外のV12というとランボルギーニの名前が浮かぶけれど、ランボの最初のV12を設計したのは、フェラーリ250GTOを開発したことで名高いジオット・ビッザリーニだし、F1用のV12は同じく元フェラーリのマウロ・フォルギエリによるものだ。
ジャガーやBMWのようにV12でル・マン優勝を勝ちとったメーカーを無視はできないけれど、フェラーリほどの成果を残しているとはいいがたい。
ホンダが1960年代と1991年にV12でF1を制していることは実に誇るべき偉業で、1.5リッター横置きか、3.0リッター、もしくは3.5リッター縦置きのV12ミドシップのロード・カーをつくっておいてくれたらなぁ……と思わずにはいられない。
V12の未来はスーパーカー次第?
V12神話はフェラーリがつくった。ということに、とりあえずここではさせていただくとして、以上のように見てくると、スムーズネスが売りのV12をセダン系に使うのはきわめて正しいわけである。
でもって、そういう使い方をしているメーカーが、ますます厳しくなる排出ガス規制をきっかけに電気モーターへと移行するのもごく自然な成り行きのように思える。電気モーターほどスムーズな動力は、いまのところ存在しないのだから。
BMWにしても、V12は現行M760iL xDriveを最後に廃止することが既定路線であると言われている。現行7シリーズは2016年の登場だから、次の世代に切り替わる2023年まで、あるいはもう少し早まる可能性もある。BMWのV12が廃止となれば、ロールズ・ロイスも電気モーターに切り替わることになるはずだ。
ベントレーは当面ハイブリッドで行くということだから、12気筒をもう少しつくり続けるかもしれない。
おそらく最後までV12に固執するのはイタリアのスーパーカー・メーカー、フェラーリとランボルギーニだけだろう。マクラーレン「F1」の生みの親で、現在、新しいスーパーカーの「T.50」を開発中のゴードン・マーレー、アストン・マーティン・ヴァルキリーを設計したエイドリアン・ニューウェイといったモータースポーツ直系のエンジニアの動向にも注目しておく必要はある。カギを握るのはエンジンをなりわいとするコスワースだ。
ただ、マーレーは1946年生まれ、ニューウェイは1958年生まれで、現在の若者たち、あるいは1.6リッターV6ターボ+エネルギー回生システムの現在のF1を見て育った子どもたちがV12に憧れを抱くかどうか……。
Richard PardonV12は自動車の夢とロマンの象徴
もちろんV12が消えていくことを筆者が喜んでいるわけではない。M760iL xDriveの、ロールス、ベントレーもかくやのエフォートレスなパワーとトルク、そしてロールスにはないスポーティネス、さらに4WDという全天候性まで備えていて、2570万円。3474万円のロールス・ロイス・ゴーストより900万円もお求めやすい。って、私には買えませんけど。
あ、BMW M760iLはベントレー・フライングスパー、2667万4000円の対抗だったということに、いま気づいた。
直接のライバルがいるとなると、たとえBMWの開発のトップがV12を廃止するとメディアに明言していたとしても、ライバルの動向が影響してくるにちがいない。ベントレーの背後にいるのは、ミュンヘンの宿敵シュトゥットガルトである。
それに、現行7シリーズの巨大化したキドニー・グリルにはV12がよく似合う。次のモデルですぐにもとの面積に戻すようでは、ブランドの一貫性が問われることにもなる。
V12の命運を握っているのは、現在策定中の新しいヨーロッパの排ガス基準、ユーロ7である。今回のコロナ禍で、その導入が2025年前後から2020年代後半にずれ込む可能性もあるという。気候変動と健康とV12、どっちが大切なのか? と、問われれば、気候と健康である。しかして、V12がどれだけ気候変動と健康を害しているのか? ということも大いに問題とすべきであろう。
それって、お金持ち優遇ということか?
いや、人間には夢とロマンが必要なのである。V12は自動車の夢とロマンの象徴なのだ。それゆえ、簡単にはなくならないと筆者は思う。
文・今尾直樹 写真・安井宏充(Weekend.)
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