ボルボといえばステーションワゴンやSUVのイメージが強いが、このところ「ボルボのセダンは美しくてカッコいい」と評価が高まっているという。では最新の「ボルボのセダン」とはどんなクルマなのか。スウェディッシュセダンはドイツのプレミアムセダンとどう違うのか。S90 B6 AWD インスクリプションとS60 B5 Rデザインの試乗をとおして検証してみた。(Motor Magazine 2022年5月号より)
現代ボルボデザインのキーマン、トーマス・インゲンラート氏
「ボルボのセダンって、いつの間にこんなに美しく生まれ変わっていたの?」。長年のクルマ好きであれば、そんな風に訝しがる向きがあっても不思議ではなかろう。
ボルボXC90 B6 AWD インスクリプション「熟成が進んだ新世代ボルボのフラッグシップSUV」
たとえ1970年代にデビューした240まで遡らなかったとしても、ボルボのセダンといえば、いかにも頑丈そうで無骨さが抜けきらないというのが、一定の年齢以上の層に共通する認識だろう。そんなボルボデザインの歴史に一大革新をもたらしたのがトーマス・インゲンラート氏だった。
もともとフォルクスワーゲングループでデザイナーを務めていたインゲンラート氏は、2012年にボルボのチーフデザイナーに迎え入れられると、翌年のフランクフルトショーでボルボ移籍後初の作品となるコンセプトクーペを発表。ボルボデザインが進むべき新たな道筋を提示したのである。
このコンセプトクーペには、現在のボルボが備える美しさの源がすべて凝縮されているといっても過言ではない。
エクステリアデザインでまず目につくのは、そのシンプルでありながら洗練された面構成である。ドイツのプレミアムブランドがこぞってキャラクターラインで個性を競い合っていた当時、ボディパネルの微妙な曲面でボルボらしい美しさを表現しようとしたのだから、その発想は革新的といえた。
このボディパネルの美しさを下支えしていたのが、コンセプトクーペの見事なプロポーションである。基本となるのは圧倒的なロングホイールベースで、おかげでタイヤはボディの四隅に追いやられる格好となった。結果、ボディ前後のオーバーハングが減少。大地に力強く踏ん張る逞しさと、俊敏なコーナリングを予感させる軽快さを手に入れたのである。
ここまでデザインを根本から見つめ直してもなお、インゲンラート氏は手を緩めることなく、エクステリアのディテールにさまざまなアイデアを盛り込んでいった。
よく練られた形状のフロントグリルにはボルボ伝統のアイアンマークをあしらい、歴史と革新性を表現。ボルボにしては天地を薄くしたヘッドライトには、スウェーデン神話に登場するトールハンマー型のデイタイムランニングライトを組み合わせ、ここでも先進性と伝統の両面を打ち出している。
リアフェンダーの筋肉質な盛り上がりは往年のP1800を彷彿とさせるもので、その意味では伝統に忠実ともいえるが、Cピラーを強く内側に引き込むことで相対的にリアフェンダーの張り出しを強調し、新世代ボルボのダイナミックな走りを暗示した点はいかにも斬新である。
そして最新のS90とS60には、コンセプトクーペで提示されたデザイン言語のすべてが見事に反映されている。それもそのはず、ボルボブランドのなかでコンセプトクーペの美しさをもっとも忠実に製品化しているのがS90とS60なのである。
とはいえ、S90は2017年、S60は2019年のデビューだから、どちらもそろそろ古くさく見えてきても不思議ではないのだが、私の目には、いずれも実にフレッシュで、生き生きとしているように映る。その秘密は、インゲンラート氏が小手先のデザイン性に頼るのではなく、本質的な美しさにこだわったからというのが私の見たてである。
複雑なキャラクターラインでデザインをこねくり回すのは、あくまでも表面的な演出に過ぎない。そうではなく、まずはボディパネルの彫刻的な美しさにこだわり、続いてプロポーションを完璧に整えようとした。
自動車デザインの本質にかかわる部分で美しさを追究したことが、デビューから数年を経ても魅力が衰えない理由のひとつではないだろうか。おそらくS90とS60は、これから10年、20年と経っても変わらず美しいと評価されることだろう。
ゆったりとした室内空間を持つ最上級サルーンのS90
前述のとおりS90は2017年のデビュー。そのボディは全長5メートルに迫る立派なもので、ボルボの最上級サルーンに相応しい風格を体現している。デビューした時点では、いずれも2L 4気筒エンジンを搭載し、チューニングレベルによりT5とT6の2グレードを用意していたが、当初より500台の限定販売との位置づけで、日本での販売はとうに終了していた。それが、市場からの熱烈な期待に応える格好で、今回、再発売されることになった。
発売から5年を経て、S90のスペックは微妙に変化した。エンジンは2L 4気筒で基本的に変わらないものの、新たに48Vマイルドハイブリッドシステムを搭載。グレード名はS90 B6 AWDインスクリプションとされた。
運転席に乗り込んでまず印象に残るのは、そのキャビンが実に広々としていること。とくに幅方向の広さが印象的で、幅広なセンターコンソールを採用してもなおドアとの間に余裕あるスペースが確保されており、ゆったりと寛ぐことができる。
水平方向に長く伸びるダッシュボードのデザインも、視覚面からキャビンの広さを強調しているかのようだ。また、ダッシュボード中央に取り付けられたセンターディスプレイの表示は、新たにグーグル系のインフォテインメントシステムが搭載され、UIが変更された。
クーペライクなデザインでも余裕のある後席スペース
2940mmというロングホイールベースの恩恵により後席のスペースも余裕があり、身長171cmの私であれば軽々と足を組むことができる。頭と天井との間にも10cm近い空間が残されていたが、これはS90のようなクーペライクなセダンとしては異例の広さといっていい。
エンジンを始動して走り出すと、高負荷時には4気筒らしいビート感がかすかに認められたものの、決して騒がしいとか振動が大きいとは思わなかった。これで高回転時にもう少し色気が感じられればいうことはないだろう。
乗り心地は、全般的にはゆったりとした印象。路面のうねりに足まわりが素直に追従していく、大型セダンとしては王道ともいえる味付けである。ただし、路面の段差を乗り越えたときに、軽くコツコツというショックを伝えるのはやや惜しいところ。しかしこれもスポーティなハンドリングの代償と考えれば、受け入れ難いとは言い切れない。
最近のプレミアムサルーンらしく、タイヤの接地状態がステアリングフィールとして克明に伝えられることは少ないものの、しなやかな足まわりがコーナリング時、柔軟にストロークするので、タイヤにどの程度の負荷がかかっているかを想像するのは難しくない。しかも、基本的なスタビリティは高く、車速域や路面の状態にかかわらず安定したコーナリングを示してくれるので、その意味でも安心感は強いといえるだろう。
それにしても、S90のコーナリング性能は驚くほど高い。多少意気込んでコーナーに進入しても、何食わぬ顔でスッと走り抜けてしまうほどのポテンシャルを備えているのだ。
その理由の一端は、試乗車がミシュラン パイロットスポーツ4というスポーツ性能の優れたタイヤを履いていたことも関係しているが、これだけのタイヤを履きこなしてしまうS90のシャシも大したものである。ゆったりとした乗り心地と優れたコーナリング性能がもたらす二面性こそ、S90の特徴なのである。
ソリッドな乗り心地の「Rデザイン」のS60
そうした懐の深さを持つS90とは対照的に、潔いくらい明確なキャラクターに仕上げられていたのが、もう1台のS60 B5 Rデザインだった。
Rデザインの名が与えられたS60は専用のスポーツサスペンションを装備しているため、乗り心地はインスクリプションのS90より格段にソリッド。ただし、ボディ剛性がしっかりと確保されているうえに、タイヤとサスペンションのマッチングがいいので、このソリッドな感触が少しもイヤとは思えなかった。
この強靱な足まわりを生かしたワインディングロードでの走りは痛快そのもの。ブレーキングやハンドル操作に対するボディの動きが小さく、コーナーに進入する際に瞬時に姿勢が決まるうえ、コーナーに入ってからも安定したハンドリングを示し続けてくれるので、小気味のいいスポーツドライビングを満喫できるのだ。
絶対的なコーナリング性能は、おそらくS90と同等だろうが、同じミシュランでも1段階コンフォート寄りのプライマシー4というタイヤでこの性能を引き出しているところに、Rデザインの真骨頂が表れているような気がする。
このタイヤのおかげもあって、S60は一般道でもゴツゴツ感のいなし方がうまく、スポーティなハンドリングの割には快適性が高い。ただし、高速道路では路面の細かい上下動も正確に伝える傾向が強くなり、ボディの動きがややせわしなく感じられた。
ロードノイズの侵入も大きめだったが、いずれもワインディングロードでの走りを考えれば許容できる範囲。それ以上に、ボルボがここまで割り切ったスポーツセダンを作り上げたことが驚きでもあり、また新鮮にも感じられた。
試乗車のパワートレーンは、S90用と基本的に同じマイルドハイブリッド付きの2L 4気筒エンジンだが、B5と呼ばれるこちらのグレードはターボチャージャーのみでスーパーチャージャーを備えていない。このため、最高出力はマイナス50psの 250ps、 最大トルクはマイナス70Nmの350Nmとなるものの、絶対的な動力性能は十分以上というか、むしろS90より瞬発力は優れているように感じられた。
前席の居住性は、S90まで幅方向の余裕はないが、個人的にはほどよく身体にフィットする心地いい広さと感じた。後席のニールームも同様で、S90に比べればいくぶん狭いものの、こちらも十分なスペース。ただし、後席ヘッドルームは限定的で、身長180cm前後だと頭が天井にあたる恐れがあるだろう。その意味でいえば、後席に大切なゲストを迎える機会の多いユーザーはS90を選んだほうが無難かもしれない。
基本的に同じデザイン言語が用いられているS90とS60だが、実際に見比べた際の印象はずいぶんと異なる。たとえばリアウインドウ付近のラインは、S90の方が傾斜が緩やかで、ボディサイドから見るとさらに伸びやかに思える。
また、ショルダー部を貫くラインは水平に伸びきっており、S90の風格を強調するのに役立っている。これがS60ではリアウインドウの下降する傾斜が強く、伸びやかなS90とは対照的に軽快感が漂う。ノーズ先端からボディの中ほどまで水平に伸ばされたショルダー部のラインが、リアドアの途中から跳ね上げるようにして上昇している点も、S60の軽快さを強調している。S90とS60の立ち位置の違いは、このようにして表現されているといえるだろう。
そうしたエクステリアの違いに比べると、インテリアのデザインはS90とS60でそれほど大きくないような気がする。
今回の試乗車は、S90がインスクリプションでS60がRデザインとトリムが異なっていたため、インテリアに用いられている素材やカラーも対照的で、そこから受ける印象もずいぶん異なるが、スイッチ類を極力減らしたダッシュボードまわりは見た目がいかにもシンプルで、北欧家具に通ずるデザイン性が感じられる。いずれも使われている素材の質感が高く、またひとつひとつのパーツがていねいに作り込まれている点も印象的で、このインテリア欲しさにボルボを選ぶファンがいても不思議ではないくらいだ。
S90を筆頭とする新世代の製品群が2017年に世に出て以降、ボルボはセールス面やブランドイメージの面で大きな成功を収めてきたが、その大きな理由が優れたデザイン性にあることはまず間違いのないところ。そして、その美しいデザインの出発点がショーカーのコンセプトクーペにあり、この思想をもっとも明確に受け継いでいるのがS90とS60の2台であることは、ここまで論じてきたとおりである。
なるほど、販売台数の面ではいまやSUVのXCシリーズがSシリーズを凌駕しているが、Sシリーズでデザインの美しさをしっかり磨き上げたからこそ、それをSUVに応用したXCシリーズが大きな成功を収めているとも考えられる。その意味でいえば、現在ボルボが手にしている成功は、すべてこのSシリーズのデザインが礎になっているといっても過言ではなかろう。(文:大谷達也/写真:井上雅行)
ハンズフリーでさまざまな機能操作が可能なGoogleアシスタントを搭載
試乗車のS90には、2021年秋から導入が始まったAndroidベースのインフォテインメントシステムが搭載されていたのでさっそく試してみた。音声認識の確度は高く、私が口にした言葉を誤認することは基本的になかった。話の意味を理解する柔軟性にも優れ、「OK Google、近くのガソリンスタンドは?」と問いかけると、写真のような候補が表示された。最新の施設を確実に検索できる点もオンラインシステムのメリット。対応する機能は基本的にセンターディスプレイで操作できるものとなる。空調のオンオフや温度設定も可能だ。
ボルボ S90 B6 AWDインスクリプション 主要諸元
●全長×全幅×全高:4970×1890×1445mm
●ホイールベース:2940mm
●車両重量:1920kg<エアサスペンション装着時1940kg>
●エンジン:直4 DOHCターボ+電動スーパーチャージャー+モーター
●総排気量:1968cc
●最高出力:220kW(300ps)/5400rpm
●最大トルク:420Nm/2100-4800rpm
●モーター最高出力:10kW/3000rpm
●モーター最大トルク:40Nm/2250rpm
●トランスミッション:8速AT
●駆動方式:4WD
●燃料・タンク容量:プレミアム・60L
●WLTCモード燃費:11.0km/L
●タイヤサイズ:255/40R19
●車両価格(税込):894万円
ボルボ S60 B5 Rデザイン 主要諸元
●全長×全幅×全高:4760×1850×1435mm
●ホイールベース:2870mm
●車両重量:1730kg
●エンジン:直4 DOHCターボ+モーター
●総排気量:1968cc
●最高出力:184kW(250ps)/5400-5700rpm
●最大トルク:350Nm/1800-4800rpm
●モーター最高出力:10kW/3000rpm
●モーター最大トルク:40Nm/2250rpm
●トランスミッション:8速AT
●駆動方式:FF
●燃料・タンク容量:プレミアム・60L
●WLTCモード燃費:13.7km/L
●タイヤサイズ:235/45R18
●車両価格(税込):624万円
[ アルバム : ボルボ S90&S60 はオリジナルサイトでご覧ください ]
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みんなのコメント
視認性が高いのはボルボならではだね。
特にサイドデザインは秀逸。