キャディラックCT6は大都会の夜によく似合う。試乗車が単に「ステラーブラックメタリック」という12万9600円もする特別なボディ色をまとっていたからだけではない。異形としかいいようのないその風貌と巨体に、現代社会の不安と自信、テクノロジーとアンチ・テクノロジーといったような、いわく言いがたいものが表現されているように私は思えた。
フロントのLEDライトとクロームの装飾を見るにつけ、「呪術的」という言葉を私は思い浮かべる。いったいしかし、プラグラマティックなアメリカ人がそのような思いを工業製品に込めるなんてことがあるのだろうか。
ないとはいえない。スティーヴン・キングの小説とかホラー映画が大好きな国なのだから、という程度だけれど、私に言えるのは。
ともかく私はその日、『GQ JAPAN』の取材を終えて、担当編集のA氏からCT6を受け取った。それがたまたまどっぷり陽の暮れた夜のことだった。それからはるか東京郊外のわが家へと帰ろうとしていた。
自分がどこにいるのか、いまひとつわかりにくかったので、ナビゲーション・システムに頼ろうとした。あろうことか、キャディラックCT6にはカーナビがなかった!?
アップル・カープレイなりアンドロイド・オートなりを搭載しているからスマホとつなげばなんの問題もないはずなのに、そして私は自分のスマホをつないだのに、液晶画面に地図が出てきそうになかった。使い方が間違っているのかもしれない。とはいえ、これぐらい直感的に操作できるようになっていたってよいではないか。
いずれにしても車両本体価格999万円のクルマにカーナビがない。そのことが私には信じがたかった。
アメリカ合衆国はAIの本場であり、自動運転の先進国である。キャディラックCT6をあえて選ぶような人たちにとっては、おそらくじつにイージーなことであるに違いない。私にはできないけど。
私は致し方なく、適当に走り始めた。そうして目黒通りをしばらく走り、ずいぶん遠回りをしてウチに帰った。ドライブしながら、自分の機嫌が悪くなっていることがよくわかった。カーナビがないはずがない。CT6に私は拒絶されているのだ。
不愉快極まりない。全長5mを超える大型高級車なのに乗り心地が硬くて路面からの突き上げもあるし、なんだこのクルマは、と思った。世の中には自分と合わない自動車があるのだ。
翌朝、タイヤ&ホイールを確認してみると、グッドイヤー・イーグル・ツーリングという銘柄の245/40R20という超扁平超大径サイズが装着されていた。まるでコンセプトカーみたいなたたずまいに、この巨大なタイヤ&ホイールが大いに貢献している。
陽の明るい場所で見ると、キャディラックCT6の、とりわけ内装はまた別の顔を見せた。エクステリア同様、インテリアもまた、ひと目で現代のキャディラックであることをわからせようとするデザインになっていた。
極上のセミアリニンレザーにカスタム仕上げのウッド。キャディラックの開発陣は意図的に、ほかの何者にも似ていない、違うモノをつくりだそうとしている。あらかじめ選ばれしキャディラックCT6乗りに向けているのだ。
それから私は伊豆箱根方面に向けて走り始めた。高速道路をそれなりの速度で走らせると、乗り心地はそう悪いものでもなかった。硬い乗り心地に私の身体が慣れていったこともある。箱根ターンパイクからその先は、劇的に夢中でドライブした。
山道に入るや、全長5m超、ホイールベースは優に3mを超え、車重1920kgにも達するアメリカのフラッグシップだというのに、CT6は精緻なハンドリング・マシンだった。まるで遊園地のコーヒーカップのように自転運動が得意中の得意だったのだ。
足回りは前後マルチリンクで、可変ダンピングのマグネティックライドコントロールは従来からあるとして、アクティブ・オンデマンド4WDにアクティブ・リアステアまで備えている。「アクティブシャシーシステム」と称されるこれは、電子制御の4WDとリアステアを組み合わせたという意味では日産R32GT-Rと同様のシステムを実現していることになる。
つまり、キャディラック製R32GT−Rなのだ、この大型サルーンは。いやはや時代は変わる。
2016年に上陸した時点で、CT6のジマンのひとつは21もの特許をとったという軽量高剛性ボディにあった。「オメガ・アーキテクチャー」と呼ばれるこれは、アルミ合金を使ってフルサイズ・サルーンにしてひとクラス下の車重を実現したというふれこみだった。
日本仕様のメルセデス・ベンツSクラスの最軽量モデルであるS400が1970kg、BMW7シリーズの同モデル、740iが1900kgで、7はCFRP、いわゆるカーボンをボディの一部に使うことでこの軽さを実現している。
日本仕様のCT6は、前述のように4WDなのに、それらよりも軽いか、20kg重いだけ。キャディラックのエンジニアたちが「究極の(オメガ)アーキテクチャー」と誇らしげに呼ぶ理由もわかろうというものだ。後席エンターテインメントとして、前席の背もたれ内に液晶画面をふたつ装備したりしているのに。
でもって、車検証による前後重量配分は1000:920kg、すなわち52:48で、ハンドリングにとっての理想とされる50:50にかなり近い。
アクティブシャシーシステムは「ドライバーモードコントロール」によって3段階のモードを選ぶことができる。ツーリング、スポーツ、スノー/アイスの3つがそれで、ツーリングを選んでいても筆者の好みからすれば乗り心地は硬い。
スポーツ・モードを選ぶと、液晶画面にチェッカーフラッグが表示され、乗り心地が明瞭にいっそう硬くなる。硬くなる、というのはこの場合はよいことで、乗り心地がフラットになる。コーナリング中は、この巨体にしてほとんどロールしない。4WDらしく、路面に吸い付いたように曲がっていく。
自製の8段オートマチックは、スポーツを選んでいると、いまどきカットオフが働く。自動でシフトアップしない。なんたるドライバーズ・カー! 調子よく走っていたら、一瞬、エンジンが吹けなくなり、壊れた……と思ってしまった。
排気量3649cc、ボア×ストローク=95.0×85.8mmの60度V6エンジンは、7000rpmまできれいに回る。このクラスでは少数派の自然吸気で、しかも最高出力340psを6900rpmで発生する高回転ユニットである。リッター100馬力まで、あとちょっと。386Nmの最大トルクは5300rpmで生み出される。このV6はしかも、燃費を稼ぐために低負荷時には2気筒が休止する。
エンジン・サウンドにもうちょっと色気があれば……ということはあるけれど、咆哮の具合によってはV8 OHVに似ていないこともない。あるいは、少しの欠点に目を瞑れないようではこのクルマを愛する資格がない。
もうひとつ、CT6の魅力は車両価格がお値打ちなことにある。999万円は絶対的にはお高いけれど、ひとクラス下のBMW540i xDriveが1059万円、A6 3.0TFSI クワトロが897万円であることを思うと、十二分に説得力がある。
それでいて、BMWでもなければアウディでもない。もちろんメルセデス・ベンツでもなければレクサスでもない。この国において少数派ブランドを選ぶところに、あなたという人間の度量が現れる。
キャディラックは世界的に販売好調のようだけれど、年産は30万台といったところで、250万台のメルセデスやBMWとは較べるべくもない。世界的に見ても、いまや少数派であり、彼ら自身もそれを認めている。
しかしながら、キャディラックには110年以上の歴史と伝統があり、それこそ戦前はロールズ・ロイスやイスパノ・スイザと並ぶスーパー高級車だった。セルフスターターに始まり、パワー・ステアリングだとかエア・コンディショナーだとかの先進的な快適装備をいち早く採用した。
アメリカ大統領はもちろん、世界の王侯貴族、ベーブ・ルースからアル・カポネにまで愛用された。戦後はそれこそ、エルヴィス・プレスリーの黄金の1960年型(私はそれをナッシュヴィルの博物館で見たことがあって、エルヴィスがカスタム化したそれにはレコード・プレイヤーが備え付けられ、天井にゴールド・ディスクが6枚だったか飾られていた)からジャイアント馬場が親友のブルーノ・サンマルチノから贈られたの(実物は見たことがないです)まで、神話と伝説に彩られている。
最初は拒絶されている、と思ったキャディラックCT6だったけれど、孤高の男は最初から愛想がよくないものだ。フィリップ・マーロウは親切だけれど、地図も読めないようなヤツとはギムレットを飲んでくれないだろう。そんなわけで、21世紀のいま、オレはキャディラックで行くぜ、というのもアリではないかと思うに至ったのだった。
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