YZ250FXは、エンデュランサーではない。クロスカントリーレーサーだ。KTMのEXCシリーズや、BetaのRRシリーズが公道も走ることを前提にしているエンデュランサーであるのと違い、JNCCやWEXなどのXCレースで活躍することを目的としている。JNCCのCOMP-Bクラスが、そのコアターゲットとなるだけあって、かなり「速い」。だけど、この20モデルはその牙をごっそり隠すこともできる。
電子制御の波が、いよいよアマチュアオフロードレーサーにやってきたF1や、Moto GPなどの最先端レースでは、とっくの昔に電子制御が大きな役割を担うようになっている。そのテクノロジーは、ロードのSSでも当たり前のもので、近年ではアドベンチャーバイクにもふんだんに採用。電子制御は、2010年代のオートバイを語る上での最重要項目だ。
ところが、オフロードバイクはフィーリングをとても大事にするところがあって電子制御の開発は困難を極め、そもそもフューエルインジェクション(FI)ですら、業界最後発だった。
時は経ち、2019年。新YZ250FXは、いよいよアマチュアオフロードレーサーに電子制御の素晴らしさを伝えてくれる。
池田は開口一番言う。「YZ250FXは、こんなに走るのか。特にピックアップがよすぎて、自分にはオーバースペックに感じる。これでJNCCのCOMP-Bクラスを想定してるんだって? 嘘だろ、おれは今はCOMP-B以下ってことかなぁ…」と。試乗会スタッフが出してくれた、【マイルドマップ】に入れ替えてみると「好みとしてはこっちだね。でも、よく走る。これで250だというのだから、十分だよ。自分としては、もう少しマイルドにしてもいいかなと思う。低回転域のピックアップをダルにしたいので、点火時期を少しいじってもいい。このマイルドマップだと体が少しおいていかれる感触があるからね。もちろん、体を先行して動かせば良いんだけど」と池田は言う。
だが、【全最弱のマップ】に入れ替えると状況は一変した。「ここまでパワーが落ちるのか…。これなら誰にでも乗れるね。でも、アフターファイヤもひどいし、エンジンに悪いのではないかな。心配になるね」と池田は言うのだが、スタッフは首を振る。「どんなにパワーチューナーでへんなセッティングをしても、壊れることはないですよ」と。
【全最弱のマップ】は、スタッフがその場でためしにつくった極端なマップ。あまりに極端すぎて、低速でぐぐっと落ち込んでしまうようなシーンもあった。そこで、【全最弱+αのマップ】を作って再度トライすると、まるでセローかのようなパワーフィーリング。ビギナーでもウッズで全開にできるくらいピックアップ、トルクともに抑えられている。「これをベースに、煮詰めていったら誰にでも乗れるYZ250FXが作れそうだ」と池田も言う。
「俺も、FIになったばかりの450ccモトクロッサーで戦っていたんだけど、その頃はセッティングツールをいかに極端にいじっても、こんな変わりかたはしなかった。シーズン前にしっかりテストして3つくらいマップを作り込んだのだけど、結局1つしか使わなかったね。正直、あまり変わらなかったという感想なんだ。
だから、YZ250FXのこの変貌具合にはすごく驚かされた。まったく性格が違うバイクに変貌する」と。これは、キャブレターではまったく無理な領域だ。アマチュアが、ここまで落とそうと思ったら、たぶんエンジンを壊してしまう。いや、その前にエンジンが始動しなかったり、発進できないほどボコついたり。
YZ250FXにはスタンダード状態でマップ1と、マップ2がインストールされていて、1がCOMP-Bレベル想定。2はマイルドタイプに設定されている。スマホアプリのパワーチューナーでは、この元々のセッティングをベースに、4×4の細やかさで、スロットル開度・エンジン回転数にあわせ、噴射量と点火タイミングをセットアップできるわけだ。
試しにマップ1で、最も鋭いセッティングをしてみると、それはそれでアグレッシブで楽しいバイクになる。YZ250Fにかなり近い感触で、これならモトクロスIAがJNCCに出ようと言うときにも、すぐに対応できるだろう。特に、中・高回転転域は旧YZ250FXとはくらべものにならないくらいパワフルで、さらに伸びもイイ。「4ストは、レブに当たると失速するからギヤチェンジしないといけないんだけど、このエンジンにはそれがない。まるで2ストみたいに、レブにあてっぱなしにできる」と池田も言う。とにかく、その振り幅がものすごく広い。もちろんYZにはならないし、セローそのものにはならないけど、かなり近いレベルまで上げ、下げが効く。だから、このYZ250FXに対してのインプレッションはとてもある意味難しい。
20モデルのヘッドは、吸気動弁系統を大幅に見なおしており、さらに効率がよくなった。バルブリフタが大型化し、排気はストレート化。19以前のオーナーであればそのポテンシャルの向上を明らかに感じ取れるだろう。
YZ由来のエンジンの軽さと、エンジンストール耐性の両立「それにしても、エンジンの回転が軽いね」と池田が言うとおり、YZ250FXのエンジンはモトクロッサーのYZ250F由来だから、ものすごく軽い回り方をする。フケがよく、低回転から、高回転まで一気に上り詰めるのだ。これも、パワーチューナーで抑えることができるのだけれど、本質的な軽さはぬぐえないものだ。
「どうしても、一昔前のバイクを想定してしまうクセが抜けないから、エンジンがパスっととまってしまう気配を感じてしまう。もう少し、エンジンのクランクの重さがあればそんなこともないと思う」と池田は言う。ただ、「乗り込んでみたけど、パスっととまってしまうことは無かった。ただ、こっちも身構えて乗っているから、本当にエンストしないのか、いまいち掴み切れていないんだよ」とのこと。
エンジンストール耐性に関しては、ヤマハは電子制御で解決をしている。点火時期を遅らせると粘りがでてくるのだが、犠牲にしてしまうものも多く、いたずらに点火時期をいじっているのではないそうだ。スロットルを開ける速度もECUが監視しており、このエンジンストール耐性に寄与しているという。
モトクロッサーをモディファイでエンデューロ仕立てにする場合、よくクランクウェイトを増やす手が使われる。単純にエンジンの慣性を増やしてくれるから、エンストしづらくなるし、ピックアップが鈍くなって扱いやすくなる。だが、ヤマハは近年この手法を使わずにクロスカントリーモデルに昇華させている。クランクウェイトを増やすことで、失うレスポンスも多いからだ。失われたレスポンスは、電子制御で取り戻すことはできない。
池田は「クランクウェイトは、俺の現役時代は必要だとおもっていた。帰って来れないようなひどいマディでは、やはりクランクに重さが必要だと思う。ただ、今はクランクウェイトを増やす必要性もないのかもしれない」と言う。
YZ250FXを評価する場合、時に欧州の250cc 4ストエンデュランサーを対象に考えがちだ。だが、実際にはYZ250FXは欧州のエンデューロに使われていない(欧州ではWR250Fが使用される)し、逆に欧州のエンデュランサーが北米のGNCCで活躍することもない。非常に複雑なことではあるのだけれど、エンデューロの細分化が進んだ現代においては、YZ250FXを明確に「クロスカントリーレーサー」として見る必要がある。たしかに公道を走るエンデュランサーとして開発された欧州車には、池田の思うようなある程度のクランクウェイトがあるのだ。だが、それと比べるべきではないという話だ。
ただ、日本だけを見る場合、ヤマハのエンデュランサーであるWR250Fの販売はないから、YZ250FXにはエンデュランサーとしての素質も問われることになる。池田は言う。「クランクウェイトの重さがなくとも、軽さのなかに粘りを出せるエンジンなのだろうとも思う。もう少し乗って、セッティングもいじって、その辺を見極めてみたい」と。
後輪が、前輪をトレースする性能ヤマハの車体設計は、YZ後方排気第二世代を開発するにあたって、コーナリングの入りやすさや、コーナリング中のスタビリティ(ワダチに潜む耐ギャップ性能など)を高めることをテーマに、様々な剛性バランスのアジャストを試みていた。そのフレームの最後発である20YZ250FXは、モトクロッサーのYZ250FXからエンジンハンガーを改善。YZに比べて補強材を入れることで、スタビリティを高めている。
クロスカントリーレーサーがモトクロスよりも固めの設定にされることは珍しい。だが、クロスカントリーの場合は様々な路面を走ることから、より速いギャップ(ガレなど)に影響をうけづらい特性を持つ必要がある。第二世代のフレームは、タンクレールの可動域が広いのでギャップの吸収性は十分に確保できていることも、一つ特筆すべき点だ。
池田はこの車体について「まったく、問題点を感じない100点のフレームだ」と表現する。「ヤマハ特有のハンドリングの立ちの強さは感じるけど、元々好きなキャラクターであることもあって、好感触だった。コーナリング時に、フロントをリアがしっかり追っていて、レールを外さない安心感が強い。それと、路面のインフォメーションをしっかり伝えてくれることも印象に強い。これは、YZ250Fよりも強く感じたね。YZ250Fの場合はある程度攻め込まないと情報が伝わってこないが、YZ250FXのほうは低速でもわかりやすい。今、どの程度グリップしているか、どんな深さで掘れているか、ギャップはどんな感触かが手に取るようにわかる」と言う。路面インフォメーションは、あえて伝えずに、ライダーの恐怖感をあおらないような設計思想もあるが、YZ250FXは積極的に伝えるほうだ。ただ、スピードを上げていったときの懐の深さも必要以上に備えている。「大器」と言うべきだろうか。
サスペンションは「よくチューニングされていると思う。前後バランスや、口元のフィーリングもいい。俺の好みでいうと、奥のほうまでしっかり動いてくれて、最後の部分でしっかり支えてくれるものがいいんだけど、全域で動くような感触はない。つまり、速いスピードでサスペンションが奥まで入ってしまうような怖さがないんだ。しっかりプログレッシブ性があることを感じるものだ。奥までストロークさせるような走り方はできないから、極端に大きな入力まではテストできていないけど」とのことだ。
「19モデルは、お世辞にもスリムとは言いがたい。またがった瞬間に、ヒザへ向かって太さがぐっと増すのを感じる。乗っていても、かなり太い車体が股下にあるのを感じるね。ところが、20モデルはすごく細い」と池田は付言する。「この細さが、たぶんラインの自由度に大きく効いてると思う」と。実際には、シュラウドの幅が16mm、スタンディング時のモモのあたりで18mmスリムアップしているのだが、その差は数値以上に感じるものだ。
狙ったラインに、ギャップを気にせず入って行ける。だからこそ、レースで自由度があがり、頭を使えばタイムが上がる。そういう車体だ。
パフォーマンスダンパーの威力ヤマハが主宰する試乗会には、パフォーマンスダンパー付きのYZ250FXも試乗することができた。セロー250で好評を博したもので、微細なフレームの振動を抑制してくれるものだ。
上の動画は、音を出して見ていただきたい。パフォーマンスダンパーが、いかに振動をおさえているかが、わかると思う。
実際乗ってみると、「たしかに、あたりがまろやかになっているのは感じる。ただ、それ以上はもっといろんなところを走ってみないことにはわかってこないと思う」と池田は言う。開発陣は
「砂利道なんかで、パフォーマンスダンパーがついていると、まっすぐ走ってくれる」と話す。おそらく、連続する速いスピードでの硬いギャップには、効果があるだろう。これについても、長期でテストを試みたい。
ヤマハが向かう先YZ250FXは、とても特殊な立ち位置のマシンだ。
まずもって、世界でも類を見ない後方排気エンジン。その異形のユニットは、底なしのポテンシャルを持っているのだが、それをいわばアマチュアのレーサーに提供するため、日本のマーケットに照らし合わせた落とし込みをした。この10年以上、空前のクロスカントリーブームが日本で続いており、YZ250FXは競技専用車として異例のヒット作だと言える。かつて、世界を席巻した名車5バルブのWR250Fは、エンデューロのマーケットを作り替えた。そしてそのDNAを受け継いだYZ250FXはクロスカントリーのマーケットを創出したのだ。
セルボタンを押した瞬間に、攻撃的なノイズが聞こえる。股下すぐそばにある吸気口もその迫力に寄与している。エンジンのピックアップのよさも手伝って、おそらく多くのビギナーは「パワフルさ」を感じるだろう。
だが前述したとおり、このニュージェネレーションのエンジンは自由自在だ。オフロードマニアたちが、思う存分に土と戯れられるように、様々な要望に応えられる「素材」として純度がとても高い。おそらく、このマシンであれば、今までセローからレーサーに乗り換えたくともなかなか勇気がもてなかったライダーも、その乗り換えを決めることができるだろう。モトクロッサーのモアパワーが捨てがたく、YZ250FXを選べなかったライダーも、選べるようになると思う。
YAMAHA
2020MY YZ250FX935,000円 [消費税10%含む] (本体価格 850,000円)
[ 表が省略されました。オリジナルサイトでご覧ください ]
セルモーターの位置をより変更、よりマスを集中方向へ。この世代から、キック軸を廃したことでキックスターターは後付けもできない。エンジン前後長や、エンジン重量の軽量化に寄与する。
ウォーターポンプ、ラジエターホースも保護する新アンダーガード。泥も入りづらい形状になった。
シートのくびれ部分も、18mmスリム化。
サイドスタンドを新設計、より路面と干渉しづらい位置に格納されるように。形状の変更で100gの軽量化にもつながった。
旧モデルではモトクロッサーと同容量で7.5Lだったが、この世代でモトクロッサーは6.3Lに軽量化、YZ250FXは8.2Lに容量増加し、専用設計に進化。燃料ポンプも新型に。
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