クルマの設計開発に関するサービスを多角展開
恐らく殆どの人は、「自動車産業研究協会(モーター・インダストリー・リサーチ・アソシエーション)」のことをご存知ないだろう。MIRAという4文字も、広く知られたものではない。
【画像】開発「ワンストップ型」施設を目指すホリバMIRA ここを1度は走ったかも? 英ブランドの最新モデル 全138枚
AUTOCARの読者なら、自動車のテストコースを思い浮かべる人もいらっしゃるはず。1970年代のローバーが、石畳の道をガタガタと進んだり、フルブレーキを試しているような映像を、一度は目にしたことがおありかも。
ただしそんなイメージは、2024年のホリバMIRAの実態とはズレている。規模の大小を問わず、自動車産業へ関わる世界中の企業の設計開発を支援しようという、現在の姿勢とは合致しない。
MIRAは、戦後に急成長した自動車産業とともに歩んできた。今でも、多くのプロトタイプがテスト走行へ挑む場所で、英国では最も革新的な技術拠点の1つといえる。それ自体に変わりはない。
だが、日本の堀場製作所というオーナーのもとで、ビジネスは大胆に拡大を続けている。衝突試験や排気ガス試験へ、高度に対応するだけではない。クルマ作りに対する、様々なサービスを展開している。
駆動用バッテリーやサイバーセキュリティの試験施設に、運転支援や自律運転システムの実験コース、シミュレーターを軸とした車両開発施設などを、同社は次々に竣工させた。近日中には、独自の自動車製造工場も完成するとか。
そこで英国編集部は、ホリバMIRAへお邪魔させていただいた。場所は、グレートブリテン島中部、コベントリーの北だ。
英国初の自動車シミュレーター
高速道路のA5号線のそばに、いかにも工場といった外観の建物がある。ここでは、フルモーション・シミュレーターが稼働している。
建物内は広く、大型トラック数台は余裕で収まる。シミュレーター・リグ(躯体)には、水平方向の油圧アームが3本と、垂直方向のアームが斜めに9本。すべてが、BMW 1シリーズを半分に切ったようなボディシェルを支えている。
スライドするプラットフォームから、その車内へ乗り込む。システムが稼働すると、ボディは僅かに上昇。前方には、視界を取り囲むようにカーブした、巨大なスクリーンが広がる。
アームの動きによって、9軸という複雑な動きが再現される。加減速時のピッチや旋回時のロールとヨーのほか、ボディ自体の上下、横や縦方向など、走行中のクルマへ作用する物理的な力を、仮想的にすべて再現可能だという。
ボディに合わせて、スクリーンの映像も変化する。運転席へ座ると、工場の中にいることは忘れてしまう。高速道路やサーキットを、実際に走っているような感覚になる。
このシミュレーター自体は、専門メーカーのVIグレード社が提供する、DiM 250と呼ばれるシステム。導入実績としては、ここが英国初とのこと。2023年9月から稼働しており、車両開発における初期段階で貢献するそうだ。
多大なコストと時間を削減 驚くほどリアル
「各メーカーは、次期モデルの車両特性の根幹的な決定を下すために、実験用プロトタイプを製作してきました。それには、数1000万ポンド(数10億円)が費やされます」。ホリバMIRAの車両特性担当上級マネージャー、トム・リー氏が説明する。
「これを仮想現実で済ませることで、開発の多大なコストと時間を削減できます。プロジェクトにもよりますが、一般的に5・6年かかる開発スケジュールでは、最大2年間を削れると見積もられます。そこに関わるリソースとCO2排出量も、減らせるわけです」
筆者も少しシミュレーターを運転させていただいたが、横方向と縦方向の負荷を再現する動きには、一定の慣れが必要らしい。リグを調整することで、試験者の経験にも合わせることが可能だという。
乗り心地の再現は、感心するほどリアル。実際には存在しない、路面の凹凸や速度抑制用のスピードバンプは、本当に通過したかのよう。三角コーンが並んだスラロームや、高速道路での車線変更でも、ピッチやロールなどの動きは自然に感じられた。
このDiM 250は、スタビリティ・コントロールを完全に再現できるほど有能らしい。現場を知らない筆者は、実際のプロトタイプで試験したいと思ってしまうが、大幅なコストカットに繋がることは間違いなさそうだ。
広大なコースで自律運転システムの開発も支援
次にお邪魔したのは、インターネット通信技術を利用したコネクテッドカーや、自律運転車両の試験施設。運転支援システムなどの開発実験を想定したテストコースが、複数組み合わされている。
あえて車線のペイントが消された道や、起伏のある区間、複雑な交差点が、コース上に点在。レンガやモルタルなどで作られた可動壁もあり、レーダーを意図的に反射させることもできる。
歩行者や自転車、走行車両なども、リモートコントロールで路上を移動する。危険な設計の交差点もある。関係者の安全を保ちながら、衝突被害軽減ブレーキや車線維持支援、アダプティブ・クルーズコントロールなどの動作を検証できるという。
サッカー場20面ぶんという、広大なアスファルトが敷かれたエリアでは、高速域での衝突被害軽減ブレーキのテストも可能。高速道路のような車線が引かれた場所もあり、衝突回避や自律運転システムの精度も確認できる。
ここまで揃った試験施設は、欧州でも非常に珍しい。ホリバMIRAは、2025年のユーロNCAP、安全性試験を実施する施設の1つへ選出された。
自動車開発のワンストップ施設を目指す
最後に案内していただいたのは、サイバーセキュリティの試験施設。大学などの研究室に似た雰囲気だが、クルマのハッキング耐性や車載システムが作る磁場のシールド性を確認できる、最先端の技術を有するらしい。
デモでは、ノートパソコンとトランシーバーを携えた技術者が、様々な周波数の電波をクルマへ当ててみせた。コネクテッドカーの場合、車載システムは特定の電波を送受信している。ハッカーはその周波数を割り出し、個人情報へアクセスするそうだ。
多くの新モデルの場合、システムは安全性が高く、個人情報が盗み出されるケースは少ない。しかし、ダウンロードされたアプリは、必ずしも高度なセキュリティ対策がされているわけではない。
「弊社は、英国での自動車開発のワンストップ施設になりたいと考えています。100年の歴史を持つトランスミッション・メーカーやヘッドライト・メーカーでも、まったく新しい自動車ブランドでも、是非当社を頼っていただきたいですね」
ホリバMIRAの経営責任者、デクラン・アラン氏がビジョンを語る。AUTOCARでも、この場所は定期的に試乗テストで利用してきた。だが想像以上に、幅広い技術開発や機能試験に対応しているのだった。
革新的で多様的、未来志向の姿勢が、筆者の胸へ強く響いた。激変する自動車業界にあって、時代の流れを掴もうとしている。古い石畳のコースは、まだどこかに残っているのだろうか。
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