F1シーズンも夏休みが終わり、ベルギーのスパ・フランコルシャンからシーズン後半戦が始まった。ここからはポーポシング・バウンシングが新規制になり、バウンシングに苦しんできたチームは何らかの対策を余儀なくされた。その結果スパではこれまでとは違ったレース展開となった。もちろんその理由の全てが新規制によるものではないだろうが、何らかの影響があったことは確かだ。さて、その影響とはどんなものだったのか、元F1メカニックの津川哲夫氏が解説する。
文/津川哲夫
写真/Redbull,Mercedes,Ferrari,Alpine
F1 ポーポシング・バウンシング新規制で損したチーム、得したチームとは?
トップ争いを続けてきたフェラーリに変化が……
またもや意味不明の戦略。ルクレールはファーステストラップを取れるはずが……
これまでフェラーリは比較的バウンシングの多いチームではあったが、大きな問題もなくF1-75のスピードを誇ってきた。
しかし新規制でスキッドブロックのフレキシビリティに対処するためにソリッド化への改修を余儀なくされた。このためフェラーリは、今までと同じようなライドハイト・セッティングをすることが難しくなってしまった。現実、レース中チームからは縁石やバンプの通過を慎重にするように何度も指示がでていた。縁石やバンプでフロアを擦る事を嫌っての指示だ。新規制をクリアできたものの、ライドハイトの上昇は逃れられなかったはず。ライドハイトはミリ単位の違いがそのまま床下ダウンフォースの発生に敏感に反応する……それは実に大きい。
おまけにスパはF1GPでの最速サーキットの一つだ。トップスピードがラップタイムに大きく関わってくる。フロアでのダウンフォースは抵抗が少ないが、そこで失った分のダウンフォースを前後のウイングで得るには実に大きな抵抗がついて回る。したがってダウンフォースは欲しいがトップスピードを確保するにはウイングを重くはできない……このジレンマの中で、フェラーリは妥協点をみつけなければならなかった。結果、トップスピードでも低速コーナーでもパフォーマンスを失い、タイヤの痛みもライバルのレッドブルをしのぐことはできなかった。
メルセデスも同じだったが、失うものはフェラーリよりも大きかった。バウンシング問題を声高に訴え、規則化をおしたのはメルセデスだったが、その規則にうまく対処できなかった。
金曜日の走り出しから大きく規制値を上回る状況が生じ、予選に向けて何とかこれに対処したが、パフォーマンス落ちは隠せなかった。
レッドブルのライバルチームは車高を上げたことで戦闘力が下がってしまった
予選でまさかの1.8秒差。はるか彼方に行ってしまったレッドブル
これはマクラーレンも同様で、ライドハイトの上昇で車高が高くなり、セッティングの変化に対応できなかったようで、それがレース時のパフォーマンスに如実に現れてしまった。
フランスグランプリあたりから騒がれ始めた新規制。そしてフレキシー・フロア問題の矢面に立たされたのはレッドブルだったが、レッドブルは当初から、なんの問題はなく必要なしと言い切っていた。
結果、声高に叫んだチームやフレキシー・フロアを使っていたチームがパフォーマンスを落とし、レッドブルそしてアルピーヌなど問題なしのチームはこのスパでポテンシャルを今まで通りに発揮したことで、ライバルとの差を広げ、あるいは前をゆくライバルとの差を縮めたということになる。
モノコックの軽量化でレッドブルはますます速くなる
レッドブル軍団は今回フェルスタッペンと角田が新しいPUを投入、使用台数超えのグリッドペナルティを払った。それでもホンダPUのパフォーマンスと信頼性の高さはピカイチで、その信頼性でフェラーリに大きく水をあけている。
レッドブルはPUに関わる問題は皆無で、車体とエアロを集中的に開発できて、極めて健康的な開発競争をしている、開幕時の初期トラブルを解消してからは車体開発に専念していて、決して大幅ではないエアロ開発が進められてきた。そして現在はモノコックの軽量化に焦点が置かれている。
これに関してフェラーリのビノット氏は「新モノコックを造る予算がバジェット・キャップ内で行えるのか疑問だ」とレッドブルのコスト問題を疑っているが、これはあくまでも政治的発言に違いない。なぜなら既にでき上がっているモノコックの設計を多少の改修で軽量化を進めるモディファイなら、モノコック一台分の価格はそれほど多額ではないはずだ。既にモックアップもモールドも存在していて、ラミネートの変更、サスペンション周りのバルクヘッドやサブフレームの改良パーツなどは、バジェット・キャップを揺るがすほどではないはずだし(たとえモノコックが億単位であっても)ポーポシング・バウンシング新規制対策にてこずることもなかったのだから、今レッドブルはまさに王道の開発ルートに乗っているといってよいだろう。
RB18の速さだけではなく、マシン以上にマックスも速くなってきた
パフォーマンスが落ちなかったアルピーヌ。アロンソは5位
スパでのフェルスタッペンの速さはRB18の速さだけではなく、彼自身が大きく起因しているといってよい。実際14番手のスタートからトップになるまでわずか16ラップというレース展開の危なげのなさ。無理や無駄や危ないバトルは上手くかわし、無駄のない追い越しは鋭利な刃物で空間を切り裂くようだ。チームとの意思の疎通、状況の判断力、タイヤとレースのマネージメント、落ち着いた自信と決して感情を高揚させないクールなレース。
フェルスタッペンの行く道はこのスパで大きく切り開かれ、マックスは今その王道を威風堂々と歩み始めたようだ。
津川哲夫
1949年生まれ、東京都出身。1976年に日本初開催となった富士スピードウェイでのF1を観戦。そして、F1メカニックを志し、単身渡英。
1978年にはサーティスのメカニックとなり、以後数々のチームを渡り歩いた。ベネトン在籍時代の1990年をもってF1メカニックを引退。日本人F1メカニックのパイオニアとして道を切り開いた。
F1メカニック引退後は、F1ジャーナリストに転身。各種メディアを通じてF1の魅力を発信している。ブログ「哲じいの車輪くらぶ」、 YouTubeチャンネル「津川哲夫のF1グランプリボーイズ」などがある。
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