1990年代に復活したブガッティが世に出したスーパーカー「EB110」。これをベースに開発された「EB112」についてはあまり知られていない。市販化目前だったEB112の数奇な運命とは?
ミドシップ&2シーターのプラットフォームを使う現代のブガッティに対し、開祖エットレ・ブガッティが指揮を執っていた1920年代には、けっこうな数の4ドアセダン型ボディが製作されていた。
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エットレの長子、ジャン・ブガッティのデザインによって、1930年代後半には「T57ガリビエール」や「T64」試作車など、昨今多くなった4ドア・クーペの先駆けともいうべき流麗なセダンも生み出された。
2桁ナンバー物語 Vol.1 春日部33のブガッティ EB110 前編
2桁ナンバー物語 Vol.1 春日部33のブガッティ EB110 後編
そして1990年代はじめ、ブガッティ文化の再興を目指したロマーノ・アルティオーリ時代の新生ブガッティも、1台の美しき4ドアモデルにチャレンジしようとしていた。
それが1993年のジュネーヴ・ショーにて初公開された「EB112」である。
東京都心を走ったEB112!
日本のブガッティ・エンスージアストの中には「1994年4月3日」という日付をご記憶の向きもあるかもしれない。これは新生ブガッティのオープニングセレモニーが、東京・六本木のアークヒルズを舞台に賑々しくおこなわれた日であるからだ。
アークヒルズの「カラヤン広場」には、数十台に及ぶヒストリック・ブガッティと、当時わが国に初上陸を果たしたばかりの4台のEB110にくわえて、3月のジュネーヴ・ショーで発表されたばかりのEB112が登場し、堂々のお披露目となった。しかも新生ブガッティの会長、ロマーノ・アルティオーリ夫妻を迎えて、皇居や国会議事堂周辺をはじめとする一般道を舞台に、パレード・ランまで敢行したのだ。
EB112は、この時期ようやく生産スタートにこぎつけたEB110とおなじく、開祖エットレ・ブガッティの生誕112周年(当時)にちなんだ名称のプレステージ・サルーン。そして、栄光のブランドネームに相応しい世界最高のクルマ創りを目指していたブガッティは、スーパーカーに匹敵する内容を盛り込もうとしていた。
量産セダンとしては、2020年現在に至っても依然として例を見ないカーボンファイバー製モノコックにアルミ合金+コンポジット製パネルを組み合わせたボディを持ち、そのスタイリングは、ブガッティ社とは当初から密接な関係を築いていたイタルデザイン‐ジウジアーロ社が手掛けたものだった。イタルデザインは、アルティオーリ氏によるブガッティ復活プロジェクトが立ち上がった直後の1990年に、「ID90」なるコンセプトスタディを自主製作している。
2桁ナンバー物語 Vol.1 春日部33のブガッティ EB110 前編
2桁ナンバー物語 Vol.1 春日部33のブガッティ EB110 後編
そしてジョルジェット・ジウジアーロ氏の手がけたクーペ調のスタイルは、1930年代のブガッティが遺した傑作たちのモチーフを色濃く受け継いでいた。
たとえば、ファストバックのプロポーションや、ルーフにはじまり、リアウィンドウを二分割して貫いてテールに至る一条の峰は、「T57Sクーペ・アトランティーク」を強く意識していたほか、おなじくT57に設定された「ガリビエール」や試作車「T64」など、往年のブガッティが創った4ドアサルーンのモチーフも存分に活かされた。
Brian Buchard ©2017 Courtesy of RM Sotheby'sBrian Buchard ©2017 Courtesy of RM Sotheby'sBrian Buchard ©2017 Courtesy of RM Sotheby'sBrian Buchard ©2017 Courtesy of RM Sotheby's一方、パワーユニットは、3.5リッターV12・60バルブのEB110用エンジンを、ボア×ストロークともに延ばし、総排気量を5994.7ccにまで拡大した。ただしEB110の特徴の一つである4基のターボを全廃した自然吸気とされ、当時公表されたスペックによると、最高出力460ps/最大トルク589Nmを発揮、その結果300km/hに及ぶ最高速と、0-100km/h加速タイム4.4秒という、現代のスーパーカーとしても充分に通用する素晴らしい高性能を得ていた。
駆動系は、EB110と同様にフルタイム4WD。トランスミッションは6速MTのみの設定と公表されていたが、実はポルシェの「ティプトロニック」のような、マニュアルシフトも可能なトルクコンバータ式オートマティックも追加設定されることが、ブガッティ社内でも公然の秘密のように語られていたのである。
生産プロジェクト半ばで
1993年のジュネーヴ・ショーや六本木アークヒルズにおけるお披露目ののち、EB112には生産化に向けたブラッシュアップが急ピッチで施された。
この時期、ブガッティ・グループへの就職を目指していた筆者が、エミリア・ロマーニャ州はモデナ近郊のカンポ・ガリアーノ本社内の開発センターを訪れたときには、ドアの内装材をすべて取り外した状態のEB112プロトタイプが置かれていた。
訊けばその前日、オーディオシステムの製作を委託された日本のナカミチ社の社長と、ボディのほかインテリアのデザインも担当していたジョルジェット・ジウジアーロ氏が、スピーカーの取り付け位置を巡って、喧々諤々の大議論を闘わせていたというのだ。
また、最大のマーケットになると見越していた北米の交通法規に対応して、テールランプの取り付け位置をリアバンパーからフェンダー側に上方移動することや、高速走行時のリフトを抑制するため、左右2枚のリアウインドウの下に小さなスポイラーを設けるなどの研究・開発もおこなわれていた。その成果としてあらわれたのが、翌1994年3月のジュネーヴ・ショーに、ブルーメタリックのボディカラーで参考出品された、第2次プロトタイプであった。
こうしてEB112の生産化プロジェクトは、1995年中盤の発売をめどに進行し、ブガッティ社内では日本国内での予想価格を3000万円±10%と設定していた。これは同時期のEB110GTに設定された販売価格(3980万円+パッケージ保証費1000万円)から見ても、明らかなバーゲンプライスと思われた。
しかも1台製作するごとに、実は大幅な赤字が出ていたというEB110に対し、EB112が量産に入った暁には、ブガッティ・アウトモービリ社に充分な利益をもたらしてくれることも社内では確約されていたのだ。
でも、そののちにEB112が辿った悲劇的ストーリーを、ご存知の方も多いだろう。
生産化スケジュールの大幅遅延によって1990年代初頭の好景気を逃したEB110のセールスが振るわなかったのにくわえて、過度に派手なPR活動や、アクティブサスペンション技術目当てに英国の名門・ロータスを買収したこと、さらにはアメリカ仕様EB110の生産/ホモロゲーション作業を担当させるため、北米「ベクター」社にまで食指を伸ばすという、企業規模からすれば明らかに不相応なM&Aを試みたことが、ブガッティ・グループの経営を大幅に困窮させる事態を招いていた。
さらに、ブガッティ起死回生の切り札になるはずだったEB112も、イタルデザインを筆頭とする各下請け会社にプロトタイプの製作費用を支払えなかったことから結局、生産化に入れないまま、ブガッティは破滅への道を突き進んでいったのである。
EB112の意思を継ぐものが誕生するか?
1995年春、モナコ在住の若き実業家で、ブガッティ・グループを創業当初から支援していたジルド・パランカ・パストール氏に、カンポ・ガリアーノ工場に残ったコンポーネンツのすべての権利が委譲された直後、ブガッティ・アウトモービリ社はイタリア政府の指名した管財人の管理下に入った。
このとき、パストール氏が引き受けたブガッティ車用コンポーネンツの中には2台のEB112の試作車、すなわち、1994年ジュネーヴ・ショーに出品されたブルーの第2次プロトタイプと、ブラックに塗られた同型の完成車が含まれていた。また、日本の路上を走った第1次プロトタイプは、イタルデザイン社が引き取ることになった。
2桁ナンバー物語 Vol.1 春日部33のブガッティ EB110 前編
2桁ナンバー物語 Vol.1 春日部33のブガッティ EB110 後編
かくして、ブガッティEB112の命運は完全に断たれたかに思われたが、この魅力溢れるスーパーサルーンが、そのまま埋もれてしまうことをよしとしない勢力は確実に存在したようだ。
ブガッティ社破綻の翌1996年には、パストール氏主導でポルシェ928用の5.4リッターV8ユニットを組み合わせるという、新たなEB112プロジェクトが発足されたとの報道が世界に伝えられたが、この計画が実行に移されることはなかった。
さらに1998年、フォルクスワーゲン・グループ傘下に収まったブガッティは、イタルデザイン社協力のもと、おなじ年のパリ・サロンにおいてEB112のデザインを明確に継承した2ドアコーチ(クーペ)「EB118」を初公開している。翌1999年にはさらにEB112に近い4ドアの「EB218」も発表されたものの、いずれも生産化には至らなかった。
そして、ブガッティ創業100周年の記念モデルとして、2009年には4ドアサルーンの「16Cガリビエール」も発表されたが、それから11年の月日を経た今となっても、ペンディング状態が続いている。
しかし、ステファン・ヴィンケルマン会長の指揮のもと、一品製作ないしは10台程度の少数製作を新しいビジネスとして推し進めようといているブガッティでは、数年前にフロントエンジンの2ドアクーペ型プロトタイプも製作していたという。もしそれが事実であれば、この試作車を4ドア化するかたちで、新ガリビエールへとアップデートする可能性も否めない。
かつてEB112に大いなる夢を抱いたひとりとして、その精神を引き継ぐブガッティの登場が待たれてならないのである。
文・武田公実
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