ロールスとベントレーの墓場
象の墓場、というのをご存知だろう。サバンナのどこかにあるとされ、あの偉大な動物が、死期を悟ると本能的に向かうといわれる場所だ。もっとも、その話はどうやら創作らしいのだが。
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しかし、クルマの世界にはそれに近い場所が存在する。英ウォリックシャーはヌニートン郊外の工業団地にある「フライングスペアーズ」は22年前から、ロールス・ロイスとベントレーの最期を看取る仕事を続けているショップだ。
かつて栄光をほしいままにした高級サルーンの残骸に囲まれながら迎える朝というのは、初めての経験だった。それらは錆の浮くにまかせたまま並べられているが、すぐに鉄屑にされないのは、まだ再生できる部品を抱えているからだ。
1台のシルバーシャドウはヘッドランプが外され、黒い眼窩だけをこちらに向けている。かつては大陸を200km/h以上で縦横無尽に駆け抜けたターボRも、今はダンパーの抜けた側へとその巨体を傾がせて、惰眠を貪るばかりだ。
ほとんどのクルマは1970年代や1980年代のものだが、中には比較的新しいモデルも見受けられた。コンチネンタルGTやフライングスパーの姿もある。それらは事故で全損となったものだ。
かつては羨望を集めたそれらも、使える部品はすっかり剥ぎ取られ、骨と皮だけの骸を晒している。
ただし、時にはまだ走行可能なものが陳列されることもないわけではない。
「見たことのある」個体を発見
われわれが訪れた際には5台ほどあったが、そのうちで目にとまったのが、2003年式の最初期型コンチネンタルGT。われわれとしては馴染み深い個体である。
というのも、これはもともと広報車両だった1台で、AUTOCARの表紙に登場したことのあるまさにそのもの。しかも、極めて良いコンディションを保っているように見えた。
フライングスペアーズのマーケティング担当であるピーター・ジョンソンは語る。「これは解体するにはもったいない、程度のいいクルマです。どう扱おうか検討しているところですが、おそらくベンの足グルマになるでしょうね」
ベンとは、妻のルーシーとともにフライングスペアーズを設立したベン・ハンドフォードそのひとである。
それ以前の彼らは、プレハブのオフィスと、ショップ代わりのトレーラーで、1回あたり1台のクルマを扱うだけの解体業を営んでいた。
今やそのビジネスは年商£1000万規模となり、1日あたり150を超える数のロールスとベントレーの中古部品を発送している。そして、取引先の70%ほどが国外だという。
それだけの数のパーツを廃車から取り外して販売するのは大変そうだが、実はそうではないのだとハンドフォードは言う。
「ここを見て回ったら、きっとウチはスクラップ置き場だと思われるでしょうね。でも、クルマの分解は、業務全体のおそらく1割にも満たないと思いますよ」
では彼らの本来のビジネスとは何なのだろうか?
解体ビジネスの「実のところ」
実際、フライングスペアーズの本来のビジネスは、ロールスとベントレーの新品パーツの販売なのである。
主な対象は、第二次大戦直後からほぼ最新モデルまで。取り扱うのは、正規ディーラー経由のものと、社外メーカー品がほぼ半々だ。
「その辺の案配は、何がどこから入手できるかと、お客様が何を求めているか次第です。たとえばオイルフィルターなら、純正品と同じサプライヤーから、寸分違わぬものを仕入れられます。違うのは、箱にロールスのロゴが入っていないことで、それだけで価格は安いんですよ。ただし、ロールスから仕入れたわけではないので、純正品とはいえないんですけれどね」
そうした新品パーツを扱う傍らで、リビルトパーツも手掛けているというのがこのショップの実情である。もちろん、クルマそのものはスクラップになる運命だが、単体で見ればまだまだ寿命が残っている部品ばかりだ。
今回はそのリビルト現場も見学した。
解体にはレストアの技術も必要?
そこで作業をしていたのは、驚くほど長きにわたりロールスとベントレーが使い続けた6.75ℓV8と、リアアクスルの専従リビルトチームだ。
面白いことに、ベースエンジンを仔細に観察すると、走行距離のかさんだものはごく少数だった。どうやらかつての持ち主たちは、特別な機会にしか使わなかったようで、ほとんどが16万kmを下回るクルマから摘出されたパワーユニットなのである。
付け加えるなら、それらは美しい造りのままで、信じがたいほど酷使されておらず、まだまだ長く使える余力が残っている。
そして、その現場を目にすれば、彼らがレストアに熟練している理由もわかるはずだ。
そこは実に魅惑的な場所だが、さらに広さもかなりのものだ。シルバークラウドの直6からシルバーセラフのV12に至るまで、数百基のエンジンが手入れの順番を待っている。
その周りにはパルテノングリルやフライングBをまとったラジエターカウル、憧れのスピリット・オブ・エクスタシーがゴロゴロしているのだ。しばし圧倒される空間である。
しかし、これだけの数の超高級車を、彼らはどうやって集めているのだろうか。
解体ビジネス、いや高級車の未来
その問いに、ジョンソンは「まちまちですよ」と答える。「オーナーがレストアを試みて成し遂げられなかったり、修復するには割に合わないと判断されたり、亡くなったオーナーのご遺族が処分したいと思ったり、そういったクルマたちです」
そうして捨てられたクルマたちから、レストアやリサイクルの対象になるものを、どうやって見極めるのか。
「長年この商売をしていると、直感みたいなものが身につくんですよ。1台1台を査定するのは現実的ではないですし、その必要もありません。クルマの問題点は似たり寄ったりですし、買い取るクルマの8割か9割方は、持ち込まれた際に初めて目にするものです。時にはどうにもならないものを掴まされることもありますが、その分、幸運に恵まれることもあるんですよ」
正直言って、フライングスペアーズを訪れた当初は、かつての気品あるクルマたちが老いさらばえた姿を前にして、平静を保つことができずにいた。
ところが、これらがドナーとなることで、多くのロールス・ロイスやベントレーが今も走り続けているのだと知り、違う見方をできるようになった。
ジョンソンによれば、ここに来たクルマの80~90%のパーツがリサイクルや再利用に回され、結果として、彼らが手掛けるほとんどの年式のロールスとベントレーに関しては、供給できない部品がほぼないのだという。入手が難しいのは、1950年代にコーチビルダーが手掛けたボディに使われる特注パーツくらいのものらしい。
フライングスペアーズでは、この工業団地内で可能な限りの土地をすでに手に入れているが、ハンドフォードはそれらを1ヶ所で賄える敷地を近場で探している。また、全ての在庫部品の情報をデジタル化する準備も進行中だ。
そこはロールス・ロイスとベントレーにとって、世界最大の墓場かもしれないが、同時に復活を支える場ともなるだろう。
寿命の尽きたクルマたちは、他のクルマに未来を与えるために、この安息の地へたどり着くのである。
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