第二次大戦時にイギリスが開発した「デ・ハヴィランドDH.98モスキート」は、ロールスロイス社製の傑作エンジン、液冷V型12気筒の「マーリン」を2基搭載した双発機である。当初は爆撃機として開発されたが、その優れた高速性能が評価され、戦闘機型、夜間偵察機型など、複数のバリエーションが作られ重用された。
そして驚くべきはこの機体、実はなんと「ほぼ木製」。同機体は現在、世界で一機だけフライアブルな状態で保存されている。
今回は、筆者が2017年に米ヴァージニア州で取材した同機をご紹介したい。
文・写真/鈴木喜生 写真/藤森 篤
なんと木製! ロールスロイスを2基搭載した英国の戦闘爆撃機「デ・ハヴィランドDH.98モスキート」【名車の起源に名機あり】
世界に一機だけ現存する飛行可能なモスキート
写真の機体は世界で唯一現存する飛行可能なモスキート
東海岸随一の軍港であるノーフォーク。そこからクルマで1時間くらい南下したヴァージニア・ビーチに、私設の航空博物館「ミリタリー・アヴィエーション・ミュージアム」はある。
そこに並ぶ5つのハンガーには、コルセアやメッサーシュミット、B-25など、50機以上の世界の名機が保存されているが、そのコレクションの一機としてモスキートは保存されていた。
撮影のためにエプロンに出していただいた機体は、一見しただけでは木製とは気づかない。しかしその胴体に触れると、建築素材のいわゆるコンパネのような、柔らかな木材の感触がたしかに感じられる。
丸みを帯びた機首と、マーリンを収納するエンジンナセルの曲線が特に美しい。これだけハイパワーな重量物を木製構造の機体が抱えているということに、やはり違和感を覚える。
胴体横にあるメンテナンスハッチから胴体内部を覗くと、塗装されてはいるが、さらに木造であることの実感が沸く。驚くことに、胴体内には縦通材がない。胴枠さえほとんどない。つまりこの機体は、昨今のカーボン製の機体のごとく、木造によるコンポジット構造になっているのだ。
主翼ももちろん木製である。左右の翼を一体で製造して、それを胴体に結合している。胴体、主翼とも表面に羽布を張り、それに下地ドープ、保護塗料、仕上げ塗料を重ね塗りして仕上げられている。ラジコン飛行機で言えば、昔懐かしいバルサキットとまったく同じ製作方法である。
ヴァージニアにあるこの機体、実は戦後に民間へ払い下げられた機体なのだが、長期間に渡って放置されていたため、そのままでは飛ばすことができなかった。そこで、木造製の機体に詳しいニュージーランドの工房に持ち込まれ、あらゆる部材を新造しつつレストアすることで、製造から80年経った今、フライアブルな状態に再生されたのだ。
原型機は燃料タンクまでが木製だったというが、この新造機では金属製のタンクに交換されている。また、エンジンとその後部を仕切るバルクヘッド(防火壁)も金属製になっているが、同行した航空機ジャーナリストである藤森篤氏によると、元は木製だったという。
全金属製が主流の時代、なぜ英国は木製の機体を作ったのか?
モスキートのコクピット。乗員は2名。決して広くはない
モスキートがデビューした1940年頃は、全金属製の機体が次々に開発され、その高速性や運動性を各メーカーが競っていた。そんな時代にデ・ハヴィランド社は、なぜ木製の機体を開発したのか?
そもそも同社は、木製構造の機体の開発製造に長けたメーカーであり、競速機や郵便飛行機などを製造していたという。
1930年代末になると、欧州戦線は激しさを増し、機体が足りず、その製造が間に合わず、おまけに原材料であるアルミニウムも足りないという状況だった。そうした状況下で、同社が英空軍に提案したのがモスキートだったのだ。
いざその初号機が完成してテストフライトに臨むと、同じくロールスロイス・マーリンを搭載した英国の主力戦闘機「スピットファイア」よりも、はるかに高い高速性能(時速640km)を記録した。
これに驚愕した英空軍は、爆撃機として開発されたこの機体を、戦闘爆撃機型としてアレンジすることを即座に決定。その後、戦闘機型、夜間偵察機、写真偵察機型、艦上機型、VIP輸送機型など、多種多様なバリエーションが開発製造されることとなり、英国軍において大いに重用される機体となったのだ。結果、モスキートは大戦中を通し、トータル7785機が製造されている。
ユニークな逸話としては、その製造ラインが挙げられる。戦時下においては、あらゆる工場が兵器の生産場所として接収されているが、このモスキートの場合、なんと家具工場がその生産場所として充てられたのだ。イギリスには木材は豊富にある。それを素材として、腕の立つ家具職人がこの滑らかな機体を製作し、仕上げたのだ。
また、木造構造のモスキートは、当時使用されはじめたレーダーに対しても有利だったという。金属パーツが少ないためレーダーに感知されにくいのだ。いわば超アンティークなアナログ・ステルス機でもあるのだ。
デ・ハヴィランド社とロールスロイス社
原型機はロールスロイス・マーリンを搭載。取材機には米国でライセンス生産されたパッカード社製のマーリン・エンジンが搭載されていた
1920年に英国で創設された「デ・ハヴィランド社」は、木造製の機体製造に長けた航空機メーカーである。1928年には、良質な木材が豊富なカナダに、子会社として「デ・ハヴィランド・カナダ」を設立している。
同社は戦後、世界初のターボジェット旅客機「DH.106 コメット」を就航させたが、その度重なる事故によって経営が悪化した結果、1959年にホーカー・シドレーに買収された。ただし、その生産設備などは後日、ホーカー社からデ・ハヴィランド・カナダへ移管されている。
デ・ハヴィランド・カナダ社は、カナダ政府によって国有化された後にボーイング社に売却され、さらにボンバルディア社へと売却され、現在に至っている。
一方、1906年に自動車メーカーとして設立されたロールスロイス社は、1914年から航空機用エンジンの開発に着手している。マーリン・エンジンの開発で名声を得てからは、航空機用エンジンメーカーとして不動の地位を確立した。
しかし、1960年には経営難に陥り、1971年にはイギリス政府によって国有化されている。1973年に社名を「ロールスロイス・ホールディングス」社に変えて再生を図り、今日に至るまで航空機エンジンや船舶などを開発し続けている。旅客機が搭載するジェットエンジンにおいては世界第3位を誇る。
ちなみに、1973年に国有化から脱する際、同社は自動車製造部門を「ロールスロイス・モータース」として分社化している。それを買ったのは世界有数の重工業・軍需メーカーであるヴィッカース社である。
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偵察、対艦攻撃にも重用された本機は第二次世界大戦を代表する名機である事は疑いない>