ホンダは2040年までに世界での新車販売をすべてEV(電気自動車)&FCV(燃料電池車)に転換する目標を掲げた。あと20年でハイブリッド車などを含めたエンジン搭載車の新車販売をすべて無くす、というのだからから衝撃的な発表だ。
経営や雇用など、さまざまな問題があると思われるホンダの全車EV&FCV化だが、「2040年にガソリン車全廃」は本当に可能なのか? モータージャーナリストの鈴木直也氏は次のように考察する。
ベンツ本気のEV! 「EQS」を発表したメルセデスはEV戦略でも世界をリードするのか?
文/鈴木直也 写真/HONDA
【画像ギャラリー】衝撃の発表の真意は!? 20年後にエンジン車全廃の目標を掲げたホンダの決断
■F1のホンダが内燃機関をやめてしまうとは大ショック!
ホンダ第一期F1(1964年イタリアGP)でのRA271。稀代のエンジン屋たる時代のホンダを知る世代には今回の発表はただただショック以外の何者でもなかった
4月23日のホンダ三部社長就任会見で飛び出した「2040年までに内燃機関を全廃」という方針にビックリした人は少なくない。
ぼくもそのひとり。最初にそのニュースを耳にした時には、ありがちな「HEV、PHEVを電動車にカウントして内燃機関廃止」かと思ったが、リリースをよく読んでみると「2040年にはEV、FCVを100%」とハッキリ書いてあるではないか!
若い人にはあまりピンとこないかもしれないけれど、子どもの頃から2輪GP制覇や第1期F1活動を見てきたクルマ好きおじさんにとって、ホンダが内燃機関をやめちゃうというのは大ショック。
CO2削減を錦の御旗としたクルマの電動化シフトは、欧州勢を中心に内燃機関離れを加速してきたが、ついにホンダもその大波に巻き込まれてしまったか……。おじさんはガックリきてしまったわけです。
■ホンダ創業以来最大のチャレンジ
4月23日の社長就任会見で三部新社長がブチ上げた2040年での100%電動化
まぁ、そんなセンチメンタルな思いとは関係なく、自動車会社として企業の存続を考える時、いまが100年に一度の大変革機であるのは間違いない。
日本政府は2050年にカーボンニュートラルという方針を掲げているし、欧米はそれをもっと前倒ししてくるかもしれない。そうなると、この劇的なパラダイムシフトに対応するために残された時間はそう多くない。短ければあと10年、長くても15年で体質を劇的に変えないと、もはや手遅れという可能性すらある。
ホンダが発表した電動化ロードマップは、2030年にEV/FCV比率20%、2035年に80%、2040年に100%というアグレッシヴなものだが、この目標を達成するには一刻も早く「脱内燃機関宣言」をするしかない、今回の発表の背景には、そんな危機感が感じられる。
そういえば、ホンダは今年いっぱいのF1撤退もすでに決定済みだったし、たぶん一年以上前にはある種の「覚悟」はできていたのだろう。
つまり、この発表はきわめて真剣な長期経営計画の発表であり、ホンダにとって創業以来最大のチャレンジとなるのは間違いないところ。それを託されたのが、新社長の三部敏宏社長ということになる。
■ホンダの発表への3つの疑問
4月23日の社長就任会見で壇上に立つ三部敏宏社長
ホンダのこの決定は、自動車関連メディアのみならず一般のマスコミにも大きな衝撃として受け止められたが、そこで言及された疑問点はだいたい以下の三つに集約できる。
(1)そもそも、本当に達成可能なのか?
(2)HEVやPHEVを活用したほうがいいのでは?
(3)エンジン技術者のモチベーションが落ちるのでは?
(1)については、ぼくの見た限りでは達成可能と書いたメディアは発見できなかった。
さまざまなシンクタンクがEVの需要予測を行なっているが、2040年にはまだ純エンジン車が50%前後、HEVやPHEVを加えると7~8割程度は内燃機関搭載車が残るというリポートが多い。
予測の2倍とか3倍でEVの需要が増えたとしても、世界市場全体で見ると2040年の段階では内燃機関を積んだクルマが半分以上は残るとみられている。
だから、ぼくが今回のホンダの発表でいちばん驚いたのは、2040年に「グローバルで内燃機関を全廃する」と言明した点。これはつまり、新興国市場を中心に世界の半分のマーケットを捨てるということで、誰もが「そんなことできるの?」と思うよね。
また、コロナの影響がなければ、ホンダのグローバル販売台数は年間520万台ほどだが、このうちの2割をEV/FCVにするには、2030年に年100万台以上のEV/FCVを売らなければならない。
この手の画期的新製品の売り上げは、伸びる時には指数関数的に伸びることが期待されるが、2021年に1万台、2022年には4万台、2023年には9万台……という風に伸ばしていかないと、2030年の100万台に届かない。どんな基準をもってしても空前絶後の野心的な計画と言わざるを得ない。
事業会社の売り上げは、実績を積み重ねた結果として目標に到達すれば健全だが、最初に目標を決めて現場の数字をそれに合わせようとするとロクなことにならない。ホンダ自身、つい数年前に「グローバル600万台」という大風呂敷を広げたことで現場が大混乱したのは記憶に新しい。
全世界で600万台以上の販売を目指すことを発表した2012年9月の伊東孝紳社長による会見
10年でEV/FCVの販売を100万台まで伸ばすという計画は、それ以上にチャレンジングなテーマだと思うのだが、はたして本当に成算があるのだろうか?
(2)についても批判的な意見が多い。
走行中にはCO2を排出しないEVも、電池を充電するための電力は発電所から供給される。そこで排出されるCO2を含めた「ウェル・トゥ・ホイール」でCO2排出量をカウントしなければフェアじゃない。これは、ようやく一般にも知られるようになってきた事実だ。
グローバルで見ると石炭火力発電のシェアが35%もある現状では、高効率なHEVやPHEVのCO2排出量はEVと遜色のないレベルにある。これを無為に捨て去るのは理屈に合わないし、世界に向けて「いい子ちゃん」ぶりたいだけではないか、という批判すらある。
(3)はぼくが個人的に大いに懸念している問題点だ。
自動車メーカーの資産はいろいろあるように見えるが、ぼくはつまるところ人間だと思っている。
本田宗一郎とF1試作車のRA270。親父さんの情熱に惹かれてエンジニアたちが集まったのがホンダの始まりだ
ホンダについていえば、初期には本田宗一郎というカリスマの魅力に惹かれて人が集まり、後には「F1がやりたいからホンダに入った」というようなクルマ好きがたくさん入社した。そして、それがホンダという自動車メーカーのユニークなキャラクターを創る原動力となった。
内燃機関をやめるという決断をしたのならそれはしょうがないが、それに代わる未来に向けたホンダのビジョンを示せないと、技術者のモチベーションが低下する恐れがある。これは長期的な問題ではなく、来年の新卒採用から即座に影響が出る喫緊の課題だと思う。
■まさかの「ちゃぶ台返し」もあり得る!?
社長就任会見での三部敏宏代表取締役社長。脱内燃機関宣言後の質疑応答にホンダの真意が見え隠れしていた
とまぁ、今回のホンダの「脱内燃機関宣言」にはさまざまな批判が多いのだが、ちょっと注目なのは質疑応答における三部社長の「ナマの声」が、格調高いこの宣言とだいぶトーンダウンしていることだ。
そこでは、バッテリーの供給をはじめ課題はまだたくさんあるとか、魅力的な商品が供給できるか否かで普及度がだいぶ変わるとか、E-Fuel(カーボンニュートラルな合成液体燃料)を使ったエンジンはあり得るとか、「あくまでも目標達成に向けて前向きに取り組んでいく覚悟を述べた」という本音があけすけに語られていて、そっちのほうがぜんぜん説得力があるのだ。
まぁ、われわれ外部のジャーナリストですら「ちょっと厳しいのでは?」と思うくらいだから、内部では侃侃諤諤の議論があったのは想像に難くないわけで、それでも「今はこの宣言をしておいたほうがいい」というのが、今回の社長就任会見における「脱内燃機関宣言」だったのではないだろうか。
だから、ぼくは個人的にはこの宣言がひっくり返る可能性もあると思っている。
「天下のホンダが世界に公約した以上、その約束を違えるなんてありえない」。そう思う人も多いだろう。でも、大きな変革にはわかりやすいスローガンが必要だが、達成した後、それがなかったことになった例は珍しくない。
「尊皇攘夷」を掲げて徳川幕府を倒したのに、明治政府が「攘夷」をなかったことにしてむしろ積極的に西洋社会にコミットしていったのなんかその典型。「尊皇」をCO2削減とすると、「攘夷」はさしずめ内燃機関廃止。「維新後」にどうなるか、まだまだ流動的のように思える。
いずれにせよ、地球温暖化防止が環境政策のキモと世界的に決まった以上、自動車業界はそれに対応する以外の選択肢はない。
まずは、2030年にEV/FCV比率20%としたホンダの公約の第一段階。その達成過程を見守りたいと思います。
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