目的地まで最速で走れるクルマ
text:Richard Lane(リチャード・レーン)
translation:Kenji Nakajima(中嶋健治)
きっと前にあるのは、恐らく世界最速のクルマだ。
ポルシェ911ターボSの最高速度、330km/h以上を出せるスーパーカーは何台もある。より軽量でダウンフォースの多いマシンなら、より高速でコーナーを曲がれるはず。
だが一般道の環境で、目的地までの移動速度を考えた場合、ポルシェ911ターボSを超えるクルマはないだろう。この現実世界での性能は、ポルシェ911ターボの伝統ともいえる。
911ターボがフロントタイヤも駆動するようになったのは、1990年半ばから。高速走行時の安全性と、より刺激的な最高速度を叶えるために。
992型の911ターボは、これまでの系譜を進化させ、アクティブ・アンチロールバーを追加。先代から導入されたアクティブ・エアロと後輪操舵システムを磨き、前後異径のホイールを履く。
新しいターボSはボディ幅も広く、標準の992型カレラよりリアタイヤは48mmも外に出ている。それを包むように、ボディラインは美しい曲面を描き、グラマラスだ。
アダプティブ・ダンパーにトルクベクタリング、カーボンセラミック・ブレーキといった最新技術が、ターボSの走りを支える。今回の試乗車には、車高が10mm低くなるスポーツサスペンションも装備されていた。
リアの狭いエンジンルームに収まるのは、水平対向6気筒のツインターボ。2016年からは、標準の911カレラでもターボエンジンだが、あえてターボと呼ぶ違いは明らか。スペックシートの数字も段違いだし、アクセルペダルに触れた瞬間に、実感できる。
衝撃的なほど圧倒的に太いトルク
ドイツの技術者は、排気量をカレラの3.0Lから3.8Lへと拡大。大きなタービンを持つ、可変ジオメトリー・ターボを左右対称に取り付けた。吸気系統も新設計。リアウィングの根本付近にある、ラム・エアインテークからも盛大に空気を吸い込む。
より活発で激しいエンジンノイズとともに生み出されるのは、最高出力650psと、最大トルク81.4kg-m。先代の991型ターボSと比べると、0-200km/hの加速時間を1秒も縮めている。
暖かくなってきた英国の一般道で、最新の911ターボSを走らせる。想像以上に、恐ろしいほど速い。恐らく読者の想像を超える。
何より衝撃的なのは、圧倒的に太いトルク。静止状態のからのスタートダッシュでも、ステアリングを深く切り込んで、アクセルペダルを緩やかに踏み込んでいても、凄まじい。
クルマのテールヘビーなバランスを積極的に崩さない限り、トラクションもグリップ力も絶大。たとえ振り回そうとしても、天井知らずの運動性能を物語るような、落ち着きは薄れない。
911ターボSを運転するドライバーは、深淵なクルマの懐に抱かれる。雷鳴のようなサウンドがとどろく中で、ドライバーの小さなミスをすべて吸収してくれる。
非現実的なパフォーマンスにも関わらず、自信をかきたててくれる挙動。無数の、思慮深く仕上げられたメカニズムやシステムは、自然すぎて当然のようにすら感じてしまう。
フロント10ポッドの巨大なキャリパーを操るブレーキペダルは、常に完璧な入力を伝える。減速が遅れたり、過剰な制動力を生むことはない。短い直線でも、鋭く加速する気にさせる。
四輪操舵のお手本と呼べるステアリング
もちろん、制動力自体の強さも秀抜。特に意識せずとも、コーナーに最適な侵入速度へと導いてくれるようですらある。
最適なレシオが与えられたステアリングは正確で、ナーバスなところは一切ない。通常の992型カレラ以上にフィーリング豊かで、情報量も多い。
四輪操舵システムは、お手本といえる仕上がり。リアタイヤが、驚くほど深い角度で切られていることを想像できないほど、コーナリングは自然だ。
低いドライビングポジションを生んでいるのは、部分的に電動の、レトロなデザインを得たシート。ポルシェらしくほぼ完璧な体勢を取れるが、高身長のドライバーは、もう少しステアリングの位置を調整したいと感じるかもしれない。
上半身部分のサイドサポートは、もう少しあっても良い。とはいえ、ターボSの能力を引き出すのに不満のない環境ではある。
8速PDKのギア比は特にショートレシオではないが、強力な3.8Lエンジンを持ってすれば問題にはならない。1速から4速まで、フルスロットル時の変速は瞬間的に終わる。
32km/hで走行中、16km/h(10mph)毎に速度を増やそうとアクセルを踏む。だが、速度を読み上げる前に、気が付けば80km/hを超えていた。そして次の瞬間には、96km/hを表示している。
この加速感に慣れるには、しばらくの時間が必要だろう。乾燥した路面では、911ターボSは常に正確で、乱れることがないこともわかってくる。
特別な意味を持つ911のターボ
サスペンションには2モードが用意される。路面の隆起や波打ちを通過しても、印象的なほどに均してくれる。これに並ぶスポーツカーは、極めて少ない。だが、どちらを選んでも引き締まった設定に変わりない。
ターボSを高速で走らせる体験は、痛快でゾクゾクするものだ。一方で車重やボディサイズが影響してか、一体感や瑞々しさにはやや欠ける。
911ターボSの真価を味わうには、相当に速度を高める必要がある。ドライバーを含めると1700kg以上の車重を考えると、たじろぐほどの速度域だ。それでも、硬いサスペンションは我慢を強いる。
車重のかさむクルマを制御下に置く以上、滑らかな路面以外では、315という極太のリアタイヤからは大きなノイズが湧き立つ。硬められた足腰で、乗り心地は落ち着かないところがあり、不快さを感じる場面もある。
多くのシーンで911ターボSは、ロードレーサー感が強い。長距離ドライブも楽しめる、スーパー911ではない。本気のロードレーサーが欲しいなら、実は911 GT3が間もなく控えている。
世界を驚かせるスピードを実現しているだけあって、最近のターボSは価格も高い。それでも、強い人気を得るはず。
911ターボには、1975年まで遡る伝統がある。極端な性能を誇るクルマを欲するドライバーは、少なくない。特にポルシェ911の場合、ターボには特別な意味が含まれている。
俯瞰すると、最新の992型ポルシェ911ターボSには、2つの長所と1つの短所があるように思う。
300km/hが前提のポルシェ911
長所の1つ目は、地球上で目的地までの移動を最も高速にこなせる自動車だということ。
そして、どんなライバルより利便性も良く扱いやすい。視認性にも優れ、フロントには小さな荷室があり、ドライバーの後ろにも大きな荷物を積める空間がある。高速道路での燃費は12.4km/Lに届く。
インフォテインメント・システムも操作しやすい。ただし、これらは標準の911カレラでも得られる要素ではある。
2つ目は、ずば抜けたパフォーマンスへの近づきやすさ。この圧倒的な速さは、体験しなければわからない。
ドライバーは強い信頼感を抱け、圧倒的な充足感も得られる。痛快なハイスピードを味わえるが、ドライビング体験は一元的なものではない。もし湿った路面なら、ターボSはよりしなやかで、もっとドライビングを楽しめただろう。
一方で、乗り心地の質感には、納得できなかった。仮に他のハイパフォーマンス・モデルなら、過度に硬い乗り心地でも目をつぶれる。だが996型以来、911ターボは常に丸みを帯びた乗り味を強みとしていた。
日常的に使えるスーパーカーこそ、911ターボだ。新しいターボSは、ひたすら攻め立てない限り、とても過酷な乗り心地が迎えてくれる。80km/hよりも、240km/hの時の方が、ハンドリングも乗り心地も良い。
もちろん、80km/hでの走行時も我慢できないクルマではない。しかし992型911ターボSは、良くも悪くも、300km/h前提のクルマへと成長してしまったようだ。
ポルシェ911ターボS(英国仕様)のスペック
価格:15万5970ポンド(2058万円)
全長:4535mm
全幅:1900mm
全高:1303mm
最高速度:330km/h
0-100km/h加速:2.7秒
燃費:8.1-8.3km/L
CO2排出量:271g/km
乾燥重量:1640kg
パワートレイン:水平対向6気筒3745ccツインターボチャージャー
使用燃料:ガソリン
最高出力:650ps/6750rpm
最大トルク:81.4kg-m/2500-4000rpm
ギアボックス:8速デュアルクラッチ・オートマティック
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0-100km加速は2.7秒だとか