2021年4月1日付で、ホンダの新社長に三部敏宏氏が就任した。4月23日に行われた社長就任会見では、ホンダは2040年までに世界での新車販売をすべてEV(電気自動車)&FCV(燃料電池車)に転換する目標を掲げた。
”エンジン屋”のホンダが、いち早く電動化する方針を打ち出したので衝撃が走った。2020年10月には2021年シーズンをもってF1の参戦を終了する、と発表していたこともあり、ホンダファンならずとも「ホンダはこの先どうなってしまうのか?」と驚きを通り越して、戸惑いや不安を感じている人も多いことだろう。
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そこで、ホンダらしさとは何か? エンジンをやめて全車EV&FCV化でいいのか? 大切な忘れ物はないのかと、三部敏宏ホンダ社長に、国際自動車ジャーナリストの清水和夫氏がもの申す!
文/清水和夫
写真/ホンダ、ベストカー編集部
【画像ギャラリー】ホンダはこの先どうなってしまうのか? 清水和夫の今のホンダにもの申す!!! を写真でチェック!!
■ホンダは本当にクルマ好きを見捨てるのか?
2021年4月1日付でホンダ新社長に就任した三部敏宏氏。「F1エンジンの開発をやりたくてホンダに入社した」と語っている
長い間、クルマ好きを魅了してきたホンダから、最近になって「F1撤退、ガソリン車廃止」など、黙って聞いていられないニュースが飛び込んでくる。こうしたヘッドラインだけを聞くと「クルマ好きを見捨てるのか?」と言いたくなるが、冷徹にホンダの動向や考え方を分析することも必要ではないだろうか。これが本稿の狙いだ。
まずはF1の話しから始めよう。アイルトン・セナによるホンダのF1黄金期が記憶に残るファンにとって近年のF1の低迷ぶりは失望するばかり。とくに元ホンダの伊東孝紳社長が決断したF1は2015年から参戦したが、次世代型ハイブリット規則による新しい技術のチャレンジでもあった。
伊東社長の狙いはマーケティング的な意味もあったと思うが、当時の技術研究所は現ホンダの三部敏宏社長がエンジン部門を指揮していたので、熱回収もする新ハイブリット技術への挑戦と受け止めていた。
しかし、数年の空白期間があったため、名門マクラーレンとタッグを組むものの、宿敵メルセデスやフェラーリの足元にも及ばないほど低迷していた。なにせまともに完走もできないレースが続いていたのである。
この頃、三部さんは「F1を休止していた空白期間はなかなか取り戻せない」と心境を打ち明けていた。
2015年、2000年以降のホンダF1の低迷を見るにつけ、ファンは失望の念を禁じえなかった。しかし、ファンは単純な生き物なので、最近の5連勝という快進撃を見ると、昔のことはすっかりと忘れ、ホンダパワーに酔いしれている。なかには涙を流す人もいるくらいだ。ここまでファンを熱くさせるモータースポーツはF1以外に私は知らない。
F1第9戦オーストリアGPはRed Bull Racing Hondaのマックス・フェルスタッペンが圧倒的なペースで3連勝を果たし、ホンダとしては1988年以来の5連勝を飾った
■F1撤退の真相
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2020年10月2日、八郷社長は「2021年シーズンをもって、F1へのパワーユニットサプライヤーとしての参戦を終了することを決定しました」と発表した
F1低迷から脱出するために、伊東社長からバトンを引き継いだ八郷隆弘社長はF1のチーム体制を大幅に変更した。結果的に2チームに4台のマシンにエンジンが供給され、そのエースはレッドブルのステアリングを握るマックス・フェルスタッペン。
往年のセナを思い出させるほどのキレッキレの走りにホンダパワーは宿敵メルセデスを脅かした。2021年シーズンは、絶好調でシーズンの前半を消化し、最近は5連勝を成し遂げている。
しかし、2021年4月1日にホンダの社長が八郷さんから三部さんにバトンタッチされる前に八郷社長はF1参戦終了を表明した。一瞬、耳を疑ったが「休止ではなく参戦終了」だと広報は説明していた。
社長交代の過渡期だったので、ホンダ内部にクーデターが生じたのかと思ったが、当時、八郷社長と技術研究所の三部社長の間では、入念にこれからのF1の参戦について意思決定されていたのではないだろうかと私は睨んでいる。
ホンダの四輪事業の利益は1%にも満たないほど、事業は苦しい状況に置かれていた。経営的にはF1への投資を回避するという理由もあると思うが、最大の撤退理由は人的なリソースではないだろうか。栃木研究所に設置されたモータースポーツ開発ラボである「SAKURA」では、F1のバックヤードとして数百人規模の人的リソースが注がれている。
CASE時代に自動車メーカーはやるべきことが山積している。当面の課題は自動運転と電動化。前者はなんとか2020年11月に世界初レベル3の「トラフィック・ジャム・パイロット」をレジェンドに搭載し、技術研究所の面目を保ったが、最近になってレジェンドを生産する狭山工場を閉鎖する決定がなされた。つまり技術的には目的を達成したかもしれないが、事業としてはまだ道半ばだ。
F1撤退の真相は単純な理由ではなさそうだ。しかし、三部社長は、表向きはF1から距離を置くが、水面下では、しっかりと開発は続けるはずだ。過去を見てもやめ続けることはできないから。
今年になって発表された収益はトヨタがコロナ禍であっても8%という高収益を実現した。
一方、ホンダは二輪事業では収益が高いが、四輪事業は1%前後と明暗を分けている。「このままではいけない」と歴代の社長は考えていたが、巨大化した組織を変えるにはそう簡単ではない。
八郷社長は量産部門をもの作りセンターとして技研工業と技術研究所を一元化し、先進技術部門を量産部門と切り離した。また1990年代のホンダを救ったオデッセイも生産中止し、いよいよ四輪事業の抜本的な改革がスタートしたのである。
あるホンダの関係者は「パッチワーク的な改革では、この先、生きていけない」と危機感を漏らしていた。
2021年12月末をもって国内での生産を終了するオデッセイ。ビッグマイナーチェンジは2020年11月5日に発表、6日に発売したが翌2021年3月末にはディーラーに生産終了が伝えられていた。埼玉県狭山工場が閉鎖され、オデッセイのほか、レジェンド、クラリティも生産終了となる
■2040年、ホンダが販売するすべての新車をEV、FCVにするのは、可能なのか?
四輪電動化について日本でのEV、FCVの販売比率を2030年に20%、2035年に80%、2040年に100%を目指し、また2030年にはハイブリッドを含め100%電動車とすることを目指すと発表。2024年には軽自動車のEVを投入し、ハイブリッド、EVによる軽自動車の電動化も進めていくという
ホンダの新社長に就任した三部敏宏氏は4月23日の就任会見スピーチでは、電動化に積極的に取り組む意思を公表した。現場でスピーチを聞きながら、三部さんはホンダができることではなく、やるべきことをスピーチしていると感じた。
「2040年BEV・FCVにシフト」という衝撃的な考え方は、以前より「eMaaS」を打ち立てていたホンダの理念に準じている。直前のトヨタのカーボンニュートラルに対する考え方と異なっていたため、多くのメディアは狼狽したが、電動化シフトは正しい判断だと私は思っている。
しかし、このスピーチは波紋を広げた。電動化推進派は「よく言った」とホンダを褒め、ハイブリッド派は「ホンダは何を考えているのか」と批判した。
三部さんはもともとエンジン屋さんなので、内燃機関の基礎研究をやめるわけがないと思っているが、エンジンを極めること以上に、新しい電動駆動による新しい価値の創造が、今のホンダには必要なのかもしれない。「どうせ電動化をやるなら、誰よりも早く、誰よりも優れたBEVやFCV技術を磨きたい」というのが三部流儀ではないだろうか。
創業者が1970年代の有害排出ガスを低減するマスキー法をクリアしたCVCCエンジンでホンダの名声を築き、中小企業から世界のホンダに飛躍するきっかけとなった。21世紀の課題は温室効果ガスの一つの原因となる二酸化炭素を低減する(ゼロにする)ことがホンダのチャレンジの高みだとしたら、むしろホンダらしい。
ホンダとトヨタを理解するには、そのメーカーのビジネスの現場を知る必要があるだろう。トヨタ車はアフリカ奥地、シベリア大陸、中東から砂漠地帯まで、途上国の隅々で使われている。実際に電気も水素もない地域の生活を支えているのだ。そのような地域の生活の支えとなる安価で壊れなくて、修理しやすいクルマは地域社会にとって不可欠だ。
他方、ホンダは途上国にはオートバイを提供しているものの、四輪車は先進国の都市部で使われるケースが多い。トヨタもホンダも、カーボンニュートラル作戦では同じ山の頂上を目指しているが、その山登りの道は異なっている。このように電動化戦略では両メーカーの違いは明確だが、むしろこの違いこそが日本の自動車産業の多様性ではないかと筆者は考えている。
自由に移動できて、長く乗れる便利なクルマ。人々の生活を支え、時には人々の行動範囲を広げ、未知の世界に連れて行ってくれるクルマ。あるいは欧州車にも負けない高級車。さらに燃費技術では世界をリードし、自動運転も世界初。このように多様なニーズに応えてきた日本車を生み出している日本の自動車産業は戦後の発展の中で、大きな奇跡なのかもしれない。
■大切な忘れ物はないですか?
1997年8月に登場したEK9型初代シビックタイプR。新車価格は199万8000円。現在中古車相場は約160万~798万円で程度のいいものは300万円オーバーから。このほかインテグラタイプRやS2000などホンダスポーツが軒並み高騰しているのは、ホンダの新車に手軽なスポーツカーがないからではないか
B16B型1.6L、VTECエンジンは185ps/16.3kgmを発生。リッターあたり116psの高出力。もうこのようなエンジンをホンダは作らない……
いままでのレポートでは変化するホンダの事情を説明したように受け取られるが、ここからがホンダに対して物を申したい部分となる。
今から20年くらい前のこと。トヨタはサイオン(SCION)というブランドをアメリカで立ち上げたことがあったが(2003~2016年)、その最大の理由はカリフォルニアの若者からそっぽを向かれていたことだった。
若い人が集まる大学のキャンパスにはホンダ車が多く、トヨタ車はほとんどいないことにトヨタは危機感を覚えたという。このころ、グローバル化によって新興国でもクルマが売れるようになったが、クルマ好きは退屈なトヨタ車を選ばなかった。
その一方で、ホンダは、シティ、シビック/インテグラのタイプR、ホンダS2000など、ボーイズレーサーの名を轟かせ、若い人から支持されていた。
あれから20年の年月が経った。トヨタは豊田章男社長のクルマ愛がこうじて、楽しいクルマがどんどんトヨタから送りだされている。
自前で設計生産できないモデルはスバルやBMWとコラボしてまで、クルマ好きの豊田章男社長が乗りたいと思うクルマを製品化している。GRというホットなブランドはヤリスからランクルまで品揃えし、KINTOではGRヤリス・モリゾウセレクションも用意する。
しかし、最近のホンダはどうだろうか。サーキットを3つも保有し(鈴鹿・茂木・熊本)、F1でも強さを誇るものの、そのイメージとは裏腹に、2005年頃からスポーツカーの撤退が続いているし、最近はコンパクトカーのホットハッチも存在しない。
若い人が手に入れることができる安価なホットハッチがないのは、これからのホンダの事業では致命的になるのではないだろうかと危惧する。
環境・安全への技術革新と事業の抜本的な見直しは不可欠である。素晴らしいEVが作れても、その時にユーザー不在であってはホンダの復活はあり得ない。ホンダがもっとも大切にするべきことは、みんなが買えて、楽しめるクルマなのだ。
スポーティグレードのRSは現行フィットには設定されていない。1.5Lエンジンを搭載し、エアロパーツなどの外観だけでなく足回りも専用セッティングが施されていた。写真は先代フィットRS
新型フィットが発表されたとき、八郷社長と面談した。タイプRほど過激でなくてもいいから、フィットに小気味よく回るエンジンを搭載したRSが欲しいと強くお願いした。たまたま大学の後輩なので、先輩の言うことを聞いてくれると思っていたが、そのまま去ってしまった。三部さんとも長いお付き合いなので、スズキスイフトスポーツのように200万円以下で買えるホットハッチが欲しいとお伝えしておきたい。
ということで、この場を借りて、ホンダの三部社長には「そのことを忘れないでほしい」と申し上げたいのである。
ホンダはこの先どうなっていくのか? ホンダファンは心配でたまらない……
清水和夫(Kazuo Shimizu)
自動車ジャーナリスト
神奈川工科大学 特別客員教授
内閣府SIP自動走行 構成委員
国際モータージャーナリスト清水和夫が主宰する自動車関連映像専門サイト「StartYourEngines」
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