新型コロナウイルスとF1
F1グランプリを新型コロナウイルスが直撃している。GQウエブで新しく連載を始めることになったが、その第1回目から得体の知れない怪物と格闘しなければならない原稿になって、いささか手子摺っている。しかし、現状逃げることは許されない状況だから、真面目に対峙してみようと思う。そこに何が見えるか? スポーツの弱点か、人間の弱さか?
今年のF1グランプリ開幕戦オーストラリアGPは、予定では今週末3日間(3月13~15日)にわたって行われることになっていたが、直前になって中止に追い込まれた。ご存じの通り新型コロナウイルス(COVID-19)の世界的な流行で、開催が危うい状況にあったのだが、オーストラリアGPの主催者は、自国の感染者が少ないことを理由に開催に踏み切ろうとした。しかし、世の中の状況を見ると、その決定が間違っていたことは明らかだ。
現在、全世界では115カ国、12万人を越える感染者、5000人近い死者が出ている最悪の状況だ(3月11日現在)。そして、このウイルス禍は収束の気配を見せないばかりか、感染地域はさらに拡がっている。そのせいで、スポーツイベントを始め、フェスティバル、コンサート、会議などの多くが中止になったり延期になっている。この新型コロナウイルスは飛沫感染が罹患の主要因といわれる。であれば不特定多数の人々の集まる場所ほど怖いものはない。F1は10万人近くの観客が集まる巨大イベントだけに、中止や延期は当然の選択肢だと考えられる。10万人全員がマスクをし、誰も無口で、咳もくしゃみもせず同じ方向を向いてレースを観戦する……なんてことは到底無理だからだ。
しかし、周囲の不安にもかかわらずオーストラリアGPの主催者はレース開催を強行しようとした。オーストラリアに多くの感染者が出ていない(3月9日時点で感染者91人・死者3人)という状況が理由だろうが、開催となると他国からのレース関係者、観客などの入国を考慮しなければならない。とくに1万2000人以上の感染者(死者827人)を数えるイタリアからは、フェラーリ、アルファタウリ、ピレリといったF1に不可欠なチームや企業の参加があり、フランス、ドイツ、スペインといったF1関係者の多い国々もいずれも2000人近い数の罹患者を抱える。
2019 Formula 1 Australian Grand Prix2019年にメルボルンで開催されたオーストラリアGPの様子Barcroft Mediaビジネスか生命か?
では、なぜそうした困難があるのをわかった上で、オーストラリアの主催者は開催を強行したかったのか? 最大の理由は経済的な問題だろう。F1グランプリを開催するには多額の開催料をF1開催の権利を持つリバティメディアに支払わなければならない。加えて会場の設営費、レースを支える関係者の人件費などが、100億円単位の支出になる。テレビ放映権、スポンサー等からの収入はあるが、全経費の約半分は観客の入場料。こうしたお金の動きをみれば、開催寸前での中止がいかにリスクの高いものであるかわかるはずだ。開催中止を保証する保険もあるが、それですべてを賄うことは出来ない。オーストラリアGP開催は、主催社の倒産を防ぐための窮余の策であったといえるだろう。
しかし、結局それは裏目に出た。多くの関係者がオーストラリアに渡った後もウイルスの感染者は減るばかりか、ついにはマクラーレン・チームのスタッフに感染者が出て、事態は急を告げた。メルセデスF1チームのドライバー、ルイス・ハミルトンは、「僕たちがここに来ていること、レースが行われようとしていることが信じられない」と、会見で語っている。なぜ開催されると思うのか、という質問には「金がすべてだろう」と、素っ気ない返事を帰している。そうした関係者の動向を反映し、無観客でレースを開催する方向に舵を切ったが、それだけでは収まらなかった。3月12日の夜にリバティメディア、FIA、主催者が協議し、最終的に中止を決めた。遅きに失した感がある。
オーストラリアとは違って、新型コロナウイルス発生の源といわれる中国では、4月に予定されていた第4戦中国グランプリの中止を早々に決めている。この決定を私は英断だと考えていた。通常なら、スポーツイベントなどは統括団体が方向性を決めて主催者にその意向を伝えるのだが、今回FIA(国際自動車連盟)は主導的な立場にありながら意見を言うことなく、静観の構えを貫いた。F1広報は日々情報収集に当たっているというが、各々のレースの開催・未開催にまでは踏み込んでいない。リバティメディもFIA同様に、各国の主催者に対して開催か中止かの意見を伝えることはしていない。リバティメディアのロス・ブラウンがひとりメディアのインタビューに答えて、中止が妥当だろう、と答えていただけだ。もちろん各国の主催者には各々異なった事情があり、FIAやリバティメディアが各国の事情を無視して決められるものではない。しかし、彼らは指針を示すべきポジションにあることは明白だ。であれば、より効力のある告知をすべきではないか。とりわけ、感染者の多い国や地域に近い国のレース主催者は、決断をくだす時に助力になるFIAやリバティメディアの一言を待っていたのかもしれない。
無観客開催の決断
中国の中止発表に続き、第2戦バーレーンGPは観客を会場に入れず、チーム関係者とメディアのみのまえでレースを開催することを発表している。大勢の人の集まるスタンドは格好のウイルス伝搬の場になるので、観客は入れないでレースを開催するというものだ。ちょうど大相撲大阪場所が無観客で行われているが、観客のいない試合は寂寥感に包まれる。とくに相撲のように屋根のある会場では、試合よりも無人の観客席ばかりが目立ってしまう。口の悪い連中は、バーレーンはそもそも観客が少なかったから違和感はないだろうと言うが、そうは言っても巨大なサーキットのスタンドが無人であることを想像するのは難しい。
F1 Grand Prix of Bahrainバーレーン国際サーキットAnadolu Agencyしかし、このバーレーンの決断も、オーストラリアGP中止のいまとなっては説得力に欠ける。無観客にすることで大勢の観客の安全を保証するという大義名分は守れるが、マクラーレン・スタッフの罹患でレース関係者の安全は守れないことがわかったからだ。中国GPやバーレーンGPが中止や無観客開催の早期決断をできたのは政府・自治体から巨額の支援を得ているためとも言える。では、そうでない主催者はいずれもオーストラリアのように危機感を感じながらもギリギリまで決断が出来ないのだろうか?
いや、そうとばかりは言えない。なぜなら、6月以降に開催が予定されているフランスGP(6月28日)、イギリスGP(7月19日)、シンガポールGP(9月20日)、ロシアGP(9月27日)などはすでに新型コロナウイルスの影響を考慮して、最悪の場合は中止を考えている、とコメントしている。これらは、いずれも自国政府・自治体からの支援を受けないレースばかりだ。
人命かビジネスかという陳腐な議論にはしたくない。両者は天秤に掛けられるものではない。しかし、少なくとも中国とバーレーンは早期の対応を見せて、レース関係者だけでなく世界中のファン(観客)に安心という安らぎを与えた。もちろんその裏側には大きな落胆もあるだろうが、安全に勝るものはない。大勢の感染者を出してからでは後の祭りである。メルセデスF1チームの代表トト・ウルフは、「チーム関係者もその家族も、観客も主催者も安全であるべきだ。レースが開催されればわれわれは出向くけれど、その場合には安全を第一に考慮し、最善の方法で臨む。それがわれわれがやるべき事だ」と語る。
オーストラリアのレースの中止決定後、F1関係者の間では開幕から7戦が中止になり、7月のアゼルバイジャンが開幕戦になるのでは、という噂が飛び交い始めた。その噂が噂で終わるのかあるいは現実として降りかかってくるのか、現時点では誰にも分からない。
人間はウイルスに勝利できるだろうか?
PROFILE
赤井 邦彦(あかい・くにひこ)
1951年9月12日生まれ、自動車雑誌編集部勤務のあと渡英。ヨーロッパ中心に自動車文化、モータースポーツの取材を続ける。帰国後はフリーランスとして『週刊朝日』『週刊SPA!』の特約記者としてF1中心に取材、執筆活動。F1を初めとするモータースポーツ関連の書籍を多数出版。1990年に事務所設立、国内外の自動車メーカーのPR活動、広告コピーなどを手がける。現在、単行本を執筆中。お楽しみに。
文・赤井邦彦
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