シリーズ“1.5”ってナニ? ジャガーEタイプの常識
近年のクラシックカーオークションといえば、「億越え」するような高額落札や超レアものの珍車に目が行きがち。だが、実際にプレビュー会場や競売の現場、あるいは公式カタログをのぞいてみると、出品車両で多数を占めるのはもう少し手が届きやすく、また重度のカーマニアならずとも欲しくなってしまうような人気のモデルたちである。今回は、そんなポピュラーなモデルの最たる一例として、2024年1月25日にRMサザビーズ北米本社がアリゾナ州フェニックス市内で開催したオークション「ARIZONA 2024」に出品されていたジャガー「Eタイプ」をピックアップ。そのモデル概要とオークションレビューについて、お話しさせていただこう。
エンツォ・フェラーリが「史上最も美しいクルマ」と絶賛! ジャガー「Eタイプ」とはどんなクルマ?
アメリカ市場のために変遷を繰り返した名車
自動車史上最高のスポーツカーのひとつとして、全世界のエンスージアストから敬愛を集めるジャガーEタイプ。1961年のデビューから1975年の生産終了に至る14年の歴史は、最大のマーケットである北米の法規や嗜好に合わせた進化の歴史といえなくもない。
正式デビュー以来7年間の生産期間を経て、伝説のEタイプは初の抜本的な改良を受けることになる。アメリカの排ガス規制と交通安全規制が迫る状況のもと、ジャガー・カーズ社は「シリーズ2」のEタイプを、1968年10月に発表した。
北米当局の新しい保安基準に適合させるため、外装ではヘッドライトの位置を上方に移動。テールランプも大型化し、リアバンパー下に配置される。
また、長大なボンネットカウル下に搭載される4.2Lの直列6気筒DOHC「XK」エンジンは、デビュー以来採用されてきたSUキャブレター三連装から、よりエミッションコントロールに適応した「ゼニス・ストロンバーグ」社製のツインへと変更された。
そのほかの変更点としては、ラジエーターの冷却ファンがツインとされたほか、爪を切り落としたノックオフ式ホイールナット、グローブボックス、ロック可能なテレスコピック伸縮式ステアリングコラム、オリジナルの金属製タンブラーの代わりに突起の小さなプラスチック製ロッカータイプに替えられた、ダッシュボードのスイッチなどが挙げられる。
しかし、シリーズ2として正式にマイナーチェンジを布告する以前にも、ジャガーはシリーズ1のEタイプにシリーズ2の装備を順次追加していた。シリーズ1とシリーズ2のディテール面における特徴を融合させたこれら過渡期的モデルは、のちに「シリーズ1.5(ワンハーフ)」として非公式に知られるようになり、生産されたEタイプの中でももっとも希少なモデルのひとつとなっている。
現在の国際クラシックカー・マーケットにおいて、圧倒的に人気の高いEタイプは6気筒のシリーズ1。次いで、とくに北米ではV12エンジンを搭載したシリーズ3も、かなり再評価されてきている。
でもそのかたわら、シリーズ2はいささか不人気ではあるのだが、Eタイプのなかで一番人気のシリーズ1との折衷型であるシリーズ1.5には、果たしてどんな評価が下されるのか……? 注目のオークション評価を見てみることにしよう。
約920万円の落札価格は、シリーズ1.5としてはリーズナブル
先ごろRMサザビーズ「ARIZONA 2024」オークションに出品されたEタイプ・シリーズ1.5OTS(“Open Two Seater”を略した、この時代のジャガーの正式名称)は、シャシーNo.#18180。記録によると、コヴェントリーの工場体制がシリーズ2に完全移行する直前、1968年6月19日にラインオフした最終期の生産分の1台とされる。また、カナダで正規に新車販売された数少ないEタイプのうちの1台であることも、この個体のストーリーをさらに高めている。
新車として作られた当時、このEタイプは「オパールセント・マルーン」のボディにベージュのインテリアの組み合わせで仕上げられていたが、現在はレッドのボディカラーにブラックのトリム&ソフトトップという、ハンサムなオールドスタイルのレストアが施されている。
また、このクルマがシリンダーヘッドを欧州仕様に交換し、同じくアメリカ仕様以外のSUキャブレター三連装に戻してありながらも、マッチングナンバーの4.2Lエンジンブロックを残していることは、ヒストリー上では重要なこととなろう。
今回の販売にあたっては、サービスを受けた際に発行されたインボイス、「ジャガー・ダイムラー・ヘリテージ・トラスト」から発行された証明書、純正のハンドブックにEタイプ・メンテナンス・チャートが添付されている。
RMサザビーズ北米本社は、出品者である現オーナーとの協議のうえ、8万ドル~10万ドルのエスティメートを設定。競売において最低落札価格を設定しない「Offered Without Reserve」とした。
この「リザーヴなし」という出品スタイルは、金額を問わず確実に落札されることからオークション会場の雰囲気が盛り上がり、ビッド(入札)が進むことも期待できる。ただしそのいっぽうで、たとえビッドが出品者の希望に達するまで伸びなくても、落札を止められないというリスクも持ち合わせる。
そして迎えた1月25日の競売では、エスティメート下限を大幅に割り込む6万1600ドル、日本円に換算すると約920万円という、出品者側にとっては不本意な価格で落札されることになった。
同じジャガーEタイプOTSでも、シリーズ1の極上車ならば15万~20万ドルも充分にあり得るいっぽう、シリーズ2では一部の例外を除けば5万ドル~7万ドルくらい。
たしかに、前後バンパーが少々繊細さに欠ける形状となり、大型化したテールランプをバンパー下にぶら下げるかたちとなったシリーズ2は、ルックス面でもシリーズ1および1.5までの魅力が色あせたことは否定できない。
しかも、クラシック・ジャガーのスペシャリストから伺った話によると、シリーズ2では生産コストダウンのため、防錆などについても少々問題ありとのこと。それゆえ、現在の市場相場が安価に推移することも理解できる。
だから、今回の「ARIZONA 2024」オークションにおけるシリーズ1.5 OTSがたたき出したシリーズ2並のプライスは、少なくとも落札者にとってはなかなかリーズナブルだったと思われるのだ。
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