厳かな雰囲気の建物が出迎えてくれる
北陸の地、石川県南部にある日本自動車博物館。博物館の外観は、明治時代に建てられた旧日本銀行の関連施設と見間違えるような、まるで国の文化財のような厳かな雰囲気だ。一歩中に入ると、大きな吹き抜け構造の3フロアにところ狭しと日本車を中心とした世界各国の「あのクルマたち」が出迎えてくれる。
「今も昔も”いつかはクラウン”」(初代から8代目)。
「昭和を駆け抜けたスカイラインたち」(初代から10代目)。
戦前のダットサンにも会えるかも!? レアなクルマ揃いのクラシックカーイベントがいま熱いワケ。「昭和レトロカー万博」12/20に開催!
そこに、それぞれの時代を生きた人々の息吹を肌で感じることができる。筆者の横浜の実家にあった歴代車たちにこうして再会すると、あのころの風景がフワッと目の前に蘇る。
いま、世はまさに「100年に一度の自動車産業大改革期」。技術面、製造面、人材開発面、販売面など、大きな時代の変わり目を感じながら、これから先の流れを考える上で、過去の時世を振り返ることは、至極自然な行為であり、とても心が落ち着く。
さて、この日本自動車博物館を運営しているのは、石黒産業株式会社(本社:富山県小矢部市)という企業だ。
と言われても、多くの人にとって初めて聞く名前だと思う。おもな事業は住宅などの外壁材であるブロック、レンガ、石材、舗装材を組み合わせたエクステリア建材事業だ。そのほか、住宅設備機器の販売や、小矢部市内でガソリンスタンド3店舗を手掛けている。
自動車の博物館といえば、トヨタ、日産、ホンダなど自動車メーカーが所蔵する車両を展示する大型施設があり、また数台から数十台程度を展示する個人経営の自動車展示スペースが全国各地にある。
そうした中にあって、日本自動車博物館は特異な存在に思える。その実態について、副館長の高川秀昭氏に聞いた。
展示車は、どうやって集めたのか?
Q:展示車がかなり多い印象があります。実際、何台あるのですか?
A:展示車は500台ほど。この他、小矢部市などに300台ほど保管しています。
Q:そもそもどうやって始まったでしょうか?
A:1950年代から60年代、石黒産業の事業としての製造品を全国各地にトラック輸送した際、各地に使用済みで朽ち果てていく数多くの三輪トラックがもったいないと感じて…。引き取るために、一升瓶2~3本を置いて、帰路のトラックに富山の持ち帰ってきたのが所蔵の始まりです。
Q:そうしたクルマが徐々に増えていった、ということですか?
A:はい。最初のころは協力業者のエンジニアがいて、いつでも動くような動体保存のためのメンテナンスをしていました。
Q:その後、一気に所蔵車のバリエーションが増えていった?
A:周囲の人たちが使わなくなり捨てられてしまうような大衆車も含めてクルマを集めました。そうした話を聞いて、全国各地で趣味でクルマを所蔵していた方々からも、保管が継続できないので引き取ってもらえないかという話が増えていきました。
Q:では、購入はしていない?
A:現在は購入したり、自社での買付けはしていません。寄贈していただくことが基本です。たまに(有償を前提とした)売り込みがありますが、すべてお断りしています。常設展示車はほとんど変わりませんが、寄贈されたクルマで展示車より保存状態がいい場合に入れ替えることもあります。
Q:現在でも展示車すべてが動体保存なのでしょうか?
A:そうした体制ではありません。ただし、整備経験があるボランティアの方々が24名登録されており、日曜日やご自身の空いた時間に手弁当で修繕をしていただいております。
Q:では、数あるクルマの中で来場者に人気があるのはどのモデルですか?
A:若い人含めて、トヨタ2000GTです。こちらでは後期モデルを所蔵していますが、現在はトヨタ博物館から前期型もお借りしており、ここでは両方をご覧いただけます。その他では、スカイラインシリーズ。また最近はネオクラシックカー(ここではニュークラシックカー)も人気です。希少車としては、小型四輪駆動車「くろがね起」や、1938年式トヨダ「フェートンABR型」でしょう。
Q:博物館の場所ですが、昭和53年に富山県小矢部市で始まり、平成7年にいまの石川県小松市に移転していましたが、その理由は?
A:旧博物館前の国道8号線の拡幅工事です。移転先を探す中で、各方面と相談する中で、山代・山中・片山津など人気温泉地にも近いこの場所となりました。
Q:開業当時はかなりの来場者だった聞きました。
A:はい、ちょうどバブル期でしたし、年間30万人に達しました。その後は、団体旅行から個人旅行への旅のスタイルが変わるなどして来場者は減少しましたが、テレビ、新聞やSNSでの露出を積極的に行うなどの広報活動によって、近年は年間9万人ほどで推移しております。
Q:今年、コロナの影響は?
A:4月13日から5月31日まで閉館しました。7月は県による観光復興支援策などがあり、来場者数は前年同月比70%まで回復しており、8月以降は徐々に回復傾向にあります。
Q:つまり、現在の来場者は、温泉目当てではなく、自動車博物館を目当てにくるクルマ好きの方々なのですね。では、運営してうれしいと感じるのはどんな時でしょう?
A:来場者の中には、1日中いる方もいる。そういう方が、満足している顔を見るときでしょうか。自動車メーカーではない地方企業がこれだけ多くのクルマを維持管理していることに関心される方も多いです。
Q:今後についてのお考えを。
A:ここにあるクルマは文化遺産だと思います。国民の共通財産として今後もしっかりと保管し展示していくことが大事だと思います。
〈石黒産業とは?〉
博物館の運営会社は、資本金4890万円の石黒産業(本社:富山県小矢部市)。創業は、明治26年4月で富山県石動町(現在の小矢部市)の石黒商店だ。石黒平太郎氏が赤レンガ製造などを始めた。大正4年1月に、商号を合名会社石黒商店として、前田次三郎氏が経営を引き継いだ。高度経済成長期に事業を拡大し、昭和52年2月、前田彰三氏が3代目社長に就任。その翌年の昭和53年10月に最初の日本自動車博物館(小矢部市)を開設した。平成15年に前田智嗣氏が4代目社長に就任。
●レストア中の三菱「GTO」。博物館内の大型車展示スペースの一角でボランティアが作業
●「リトラクタブルライト」括りでの展示。「プレリュード」「RX-7」「スープラ」など
●博物館内には「世界のトイレ」を設置。石黒産業の本業である住宅用事業の影響か?
●ここでは、昭和50年代以降車を、ニュークラシックカーと呼び常時展示している
●戦後間もない高度成長期の前半、全国各地の商業を支えた小型・中型の3輪車が勢揃い
●昭和の庶民の暮らしを描く立体的な造形での展示。スバル360が庶民の暮らしを支えた
~特別企画展も実施~
「平成バブル時代を飾った車たち」(2020年4月4日~9月27日)を開催した。トヨタ「セルシオ」「セラ」、ニッサン「シーマ」「フィガロ」、マツダ「オートザムAZ-1」など。そのほか、次世代技術的な視点では「未来を拓く 水素燃料の世界」(2020年1月20日~3月20日)し、3月後半には博物館の屋外駐車場内でトヨタ「MIRAI」とホンダ「クラリティフューエルセル」の燃料電池2モデルを乗り比べ体験会も実施した。
大手メーカー博物館との違いとは?
トヨタ
石川県での取材後、日本自動車博物館と大手メーカー直系の博物館がどう違うのか、改めて確認しようと考え、まずはトヨタ博物館(愛知県長久手市)に行ってみた。
久しぶりの訪問だったが、トヨタ初の生産型乗用車「トヨダAA型」(1936年)から始まる同社の歴史と、世界の自動車産業史がうまく織り交ぜてあり、室内空間を広々使い、ゆったりと閲覧できる。また、クルマ文化資料館には、トヨタが独自に世界各地から収集した約20万点の文化資料から約4000点が、静かな空間にギュッと凝縮されている。
企画展「30年前の未来のクルマ」(2020年6月2日~10月11日)では、幻となったスーパーモデル「4500GT」(1989年)や、現在も人気車である「RAV4」のコンセプトモデル「RAV FOUR」など、在りし日の東京モーターショーで見たクルマたちに再開できた。2021年に着工する未来都市「ウーブンシティ」(静岡県裾野市)をきっかけに、過去を振り返ることで未来を考えようというのが、この企画の狙いだ。
一方、トヨタの自動車史に触れるなら、名古屋駅近くにあるトヨタ産業技術記念館がお勧めだ。トヨタの原点である織機の歴史を実物大の大型機器を見ながら体験できる。「トヨダAA型」生産ラインを再現した展示や、現在のトヨタ生産方式についても詳しく紹介されている大規模な博物館である。
このほか、トヨタ本社(愛知県豊田市)に隣接する、トヨタ会館では最新技術の紹介と稼働中の工場見学ができる。さらにいえば、東京お台場のメガウェブは新車が勢揃いした博物館にような存在である。
日産
日産には、次期Z(Z35)のほぼ量産の姿と言われている、「フェアレディZプロトタイプ」の実車確認のため、「ニッサン パビリオン」(2020年8月1日~10月23日、Zプロト展示:9月16日~10月4日)に出かけた。同時期、日産本社ギャラリーの一角には、Zの歴史を振り返るため、初代S30やZ33の先行検討車の姿があった。
日産座間事業所(神奈川県座間市)には、ニッサンヘリテージコレクションとして約400台を所有し、そのうち約300台が常時展示されている。博物館というより、まるで実車を販売しているような独特の雰囲気がある。日米欧で活躍したレーシングカーの展示数が多いのが特徴。また、日産には、社員やOBがボランティアで修復するプロジェクトがあり、これまで電気自動車「たま」や横浜こどもの国で走行していた子ども向け車「ダットサン・ベビィ」などを手掛けた。
ホンダ
ホンダの場合、ツインリンクもてぎ(栃木県芳賀郡)の開業に合わせて設置した、ホンダコレクションホールに四輪、二輪、汎用器、そしてF1まで約300の展示がある。
青山本社1階のウェルカムプラザは、東京2020に対応して1月に新装オープン。落語の寄席を開催したり、筆者の参加した新型「フィット」の商品性を体感する「ここちよさ展」を行うなど、博物館的な発想とはひと味違うアプローチをしている。
その他、筆者は2019年に各メーカーの博物館を巡っている。
マツダ
マツダは、本社宇品工場内のツアーの中に博物館の見学が含まれている。一般来場者とは別に、マツダ関係者の案内で博物館内をじっくり巡ったが、展示パネルや展示品のひとつひとつにマツダとしての拘りを強く感じた。その上で、筆者は常々、マツダ役員らに広島駅周辺にマツダ博物館を新設するべきと提言している。
スズキ
スズキは浜松本社に隣接する、スズキ歴史館がある。トヨタと同じく織機産業を基盤としてた創業時からの歩みに加えて、商品企画から製造までの工程をパネルと大型模型化している。展示車も充実しており、とてもアットホームな雰囲気がするスズキらしい施設である。
こうして、日系自動車メーカー直系の博物館の実情を考えると、石川県の日本自動車博物館で、クラウン、マークII、Z、スカイラインなどのシリーズ全車や、ホンダ・マツダ・スズキの全般まで幅広く常設展示されている光景は、日本自動車産業界にとって貴重な存在であることが改めてわかった。
世界の自動車博物館探訪
メルセデスベンツ博物館
ドイツ自動車産業の中心地、シュトゥットガルト市の中心部から東に向かうメルセデスベンツの製造工場に隣接する地域。2006年に新規に開業した、近代美術館のような建物が目の前に出現する。正面入口を入ると、最初は長いエスカレーターで最上階に出てから、螺旋階段のような作りで古い年代から新しい年代までの各種メルセデスモデルが展示されている。他メーカーの展示はほぼない。
隔年開催されてきたフランクフルトモーターショーでは複数回に渡り、メルセデスベンツブースがこの博物館に類似した形状を採用した。メディア公開と一般公開で2週間弱の開催期間中の経費が数十億円とも言われていた。
今年3月以降は新型コロナウイルスの影響を鑑み、博物館内をオンラインで巡るバーチャルツアーも開催。そのほか、博物館の入場者向け立体駐車場を使い、Sクラスが車内が無人で移動する自動運転レベル4での自動パーキングの実証を行い、新型Sクラスで量産化した。
ヘンリーフォード博物館
米自動車産業の中心地、ミシガン州デトロイト市街とデトロイト国際空港との間に位置するディアボーン市。フォード本社屋や研究開発拠点などが広がる地域。周辺には60年代に建てられた平屋作りの住宅が多い。
その一角にあるヘンリーフォード博物館はフォード車に限定せず、デトロイトの通称モータウン(モータータウンの短縮系)におけるアメリカンカルチャーや、50~60年代に開拓されたカリフォルニア州で一気に広がったモータリゼーションを紹介する自動車文化博物館といった雰囲気がある。
JFケネディ大統領が使用した専用車や、ホットドックの形状を模したエクステリアが特長の移動販売車などの様々な特殊車両も随時展示されている。また企画展として、航空機や宇宙関連での科学技術についての出展もある。
もちろん、自動車の大量生産時代を先取りしたフォードT型の製造に関する資料なども豊富に取り揃えている。映画館も併設しており、巨大スクリーンのV-MAXが圧巻だ。
〈文と写真=桃田健史〉
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